33.裏工作
33.裏工作
送り主にも届け先にも木下の名前はなかった。
「そりゃそうか。正直に本名で送るわけはないか」
矢沢は黒木の言葉に頷きながら、もう一度伝票の束を手にした。そして、一瞬、ニヤッと白い歯を見せた。
シャワーを終えた雅代は森山を促した。
「迷惑をかけたみんなに謝らなくちゃ。あなたも一緒に行ってくれるかしら?」
「いいとも。そもそもの原因は私にあったのだから」
二人は部屋を出るとエレベーターホールに向かって歩いて行った。雅代はさりげなく森山の腕を取った。
「オホン」
森山は照れ臭そうに咳払いをした。けれど、同時に雅代の体を自分の方に引き寄せた。二人は顔を見合わせ、笑みを浮かべた。こんな穏やかな笑顔を見るのは初めてだとお互いにそう思った。
矢沢は伝票を店員に返すと、その場を離れた。黒木は脱力した感じで矢沢に話しかけた。
「これでお金の行方は判らないままですね。あとは木下に自供させるしかありません」
「木下がしゃべると思うか? 第一、森山社長が木下に金を渡したという証拠はないんだ」
「でも秘書が…」
「森山社長本人が否定すれば意味がない」
「どうして森山社長が否定すると思うんです?」
「取り敢えずホテルに戻ろう」
矢沢は黒木の問いかけには答えずに、待たせてあったタクシーに合図した。
「お帰りなさい」
運転手は機嫌よさそうに微笑みながら二人を迎えた。
その日は全員が長野に一泊することになった。迷惑をかけた償いとして森山がホテルを取って夕食をご馳走したいと申し出たからだ。そして、黒木も県警の事情聴取に協力するよう命令が出ていたため一泊することになった。
食事の席で秘書の真理恵が森山に礼の金のことを訪ねた。
「金? そんなもの持ち出すはずがないだろう」
「でも、私、社長が金庫からあのバッグにお金を詰めるのを確かに…」
「じゃあ、明日帰ったら金庫の中を確認してみればいい」
森山がそう言い放ったので秘書の真理恵はそれ以上食い下がるのを諦めた。その様子を見ていた黒木が矢沢につぶやいた。
「どうやら、秘書の勘違いだったようですね」
「さて、どうかな…」
矢沢は意味深に答えた。
その頃、ある男が全日食本社へ向かっていた。その男は全日食本社ビルの社屋に到着すると、セキュリティを容易に解除して社長室へ入った。その男とは森山から本社ビルの管理業務を委託されている小峰ビル管理の社長、小峰良蔵だった。そう、彼こそが森山と雅代を引き合わせた小峰だった。
「まったく、急に一千万を用意しろだなんて無茶苦茶なんだから。でもまあいい。これで大きな貸しが出来たのは違いない」
小峰はそう呟くと、金庫に金を入れてその場から立ち去った。




