31.愛の形
31.愛の形
森山は窓際に立ち、外の景色を眺めていた。雅代はベッドに腰かけてそんな森山を見ていた。すると、森山が前触れもなく話し始めた。
「愛し方がわからなかった。不自由のない生活と自由な時間を与えるのが男の甲斐性だと思っていた。実際、今まで私に近づいてくる女はみんなそうだった…」
雅代は立ち上がると森山の隣に立った。同じように外の景色を眺めながら答えた。
「それはそれで幸せなことよ。私も満足していたわ」
「だったら、どうして?」
「あなたは私に指一本触れなかった。お店に来ている時からずっとそうだった。私のことを大事に思ってくれているのが痛いほど解かったわ。でも、私とあなたとでは住む世界が違うの。だから、プロポーズをされた時にはお断りするつもりだった。あの事がなければ私は今でもお店に出ていたのだと思う」
「あのこと?」
「そう。木下が私を止めに来た夜…」
「止めに来た? 彼が? 彼は君に暴力をふるっていた」
「あなたが止めに入ってくれたのよね。でも、あれはたまたまはずみでそうなっただけ。私が彼の言うことを聞かなかったから」
「どういうことだ?」
「木下はとてもまじめで熱心に働いていたわ。数年もすればお店の一つや二つは任されたかもしれない。けれど、何を間違えたのか私なんかに夢中になっちゃって…」
「私なんかって言い方はやめなさい。私も男だから彼の気持ちは解からなくはない」
「彼とは年が離れすぎているもの。私がもっと若ければ…」
森山は雅代の方に顔を向けた。そして両手で雅代の顔を包み込むようにして自分の方に向けた。
矢沢はハッとしてホテルを飛び出した。エントランスに停まっていたタクシーに向かって手を挙げた。
「お帰りなさい」
運転席から声を掛けたのは先ほどの運転手だった。