26.手帳の効き目
26.手帳の効き目
タクシーの運転手が矢沢の方を振り向いて言った。
「会社の無線で足取りを追いましょうか? あれは系列会社の車ですから」
「バカ、そんなことをしたらヤツに気付かれるだろうが。見失ったもんはしょうがねえ。もういいからここで降ろしてくれ」
「重ね重ねすいません。お代は結構ですから」
「そうか? 悪いな」
タクシーを降りると矢沢は黒木に電話をかけて木下が乗ったタクシーのナンバーを告げた。そして、ホテルのロビーに戻った。
「待たせたな。カツ丼を頼む」
「かしこまりました」
「うん? カツ丼はないんじゃなかったのか?」
「はい。ですが、お客様の要望には出来るだけお応えするのが当ホテルのモットーですので、系列店から配達させますので」
そう言ったのは先ほどの若い男ではなく、ネームプレートに“支配人”と書かれた初老の男だった。
「いいホテルだな。また使わせてもらうよ」
「ありがとうございます。それではお客様、どうぞごゆっくりお寛ぎください」
支配人が下がると、矢沢はポケットから煙草を取り出し火をつけた。
森山は佐久インターチェンジで上信越自動車道を降りた。黒木たちも後を追った。森山は市街地へは向かわず、インターチェンジ近くのホームセンターの駐車場に車を止めた。
「先輩の言うとおり、森山社長は単独で木下と会うみたいだな」
「と、いうことは私たちがその現場を押さえるのね。なんだかワクワクしてきたわ」
「いや、早まったことはしないほうがいい。取り敢えず、先輩に連絡を入れて長野県警に応援を要請する」
「えー! もったいないよ。私たちで捕まえちゃいましょうよ。そしてら、警視総監賞とかもらえるんでしょう?」
「そんなに簡単なもんじゃないですから。それに木下は拳銃を持っているかもしれないし」
黒木から連絡を受けた矢沢はフロントへ向かい背広の内ポケットから手帳を取り出し、フロント係にチラッと見せた。
「聞きたいことがある」
若いフロント係は緊張した表情で矢沢に向き直った。
「どのようなご用件でしょう?」




