12.未遂
12.未遂
スポーツジムの休憩室では古市と美紀が今朝のニュースのことを話していた。
「社長さんが無事でよかったわ」
「ええ、たまたま工場でトラブルがあって、帰るのが遅くなったから助かったと言ってましたものね」
「そうそう!時間通りに工場を出ていたら、車もろともドカーンだったわけでしょう」
そんな話をしながら美紀は胸を撫で下ろした。
以前、美紀は古市から頼みごとをされたことがあった。その頼みごとというのは、リストラされた古市の夫を全日食の工場で雇ってくれるように頼んで欲しいというものだった。どうしたものか悩んでいたのだけれど、このどさくさで頼みごとの件はしばらく放っておいても大丈夫だろう。そう思い胸を撫で下ろしたのだった。決して、森山の無事を安堵したわけではなかった。
簡単な朝食を済ませた小山はフロントで料金を支払い、車へ向かった。既に助手席に乗っていた雅代は運転席に乗り込んだ小山から預けていた財布を受け取った。
「カードは使っていないわよね」
「もちろんさ。じゃあ、出発だ」
二人が向かっているのは小山の伯父が所有する別荘だった。もう何年も使っていないからと、小山に「自由に使え」と使用を許してくれたのだった。
所轄の刑事と現場を訪ねた黒木は防犯カメラの映像から、工場の従業員の一人が森山の車に近付いていたことを聞いた。そして、彼が犯人で間違いないだろうと。
「その映像を見せてもらっていいですか?」
映像を見た黒木は思わず呟いた。
「木下だ」
「どうしてヤツの名前を?」
黒木は木下が捕まった事件の経緯を所轄の刑事に話して聞かせた。
「こりゃあ、怨恨の線で決まりだな。ということは次もあるな…」
「それで、その木下は?」
「昨日は午前中で早退したそうだ。今日は無断欠勤している。ちなみに、住んでいたアパートももぬけの殻だ」
黒木は早速、矢沢にそのことを報告した。
『なんだか、ただの人探しがえらいことになって来たなあ…』
電話の向こうで矢沢は他人事のように言った。周囲でファンファーレの音が鳴り響いていた。