1.逃がした魚と新たな依頼
探偵 矢沢光一、再び。
1.逃がした魚と新たな依頼
これで何度目だろう…。確変リーチ。データによると信頼度80%。そろそろ来てもいい頃だ。既に2万をつぎ込んでいる。けれど、ここで連チャンすれば一気に取り戻せる。
「いいんですか? 先輩。こんなところで油売ってても」
声を掛けてきたのは黒木だった。その瞬間、当たりの数字がするりと滑り落ちて通り過ぎた。
「こら! お前のせいで外れたじゃないか」
「それはちょうどよかった。もう諦めてちょっと事務所に戻ってもらえませんか?」
「何がちょうどよかっただ! この疫病神が!」
「先輩、それはないですよ。せっかく仕事を持ってきてあげたのに…」
「どうせ、ろくな仕事じゃないんだろう…」
矢沢はくわえていたタバコをもみ消して吸い殻入れに投げ捨てた。
「まあ、いい。その代り、受けるかどうかは内容次第だぞ」
矢沢が席を立ち黒木と共に歩き出した途端、大当たりのファンファーレが鳴り響いた。矢沢が振り返ると、それはたった今、矢沢がやめたばかりの台だった。
「くそっ! この貸しは高くつくぞ」
矢沢は捨て台詞を吐いてパチンコ店を後にした。
事務所に戻ると、美紀が依頼人だと思われる男性にお茶を出しているところだった。
「あっ、所長、お帰りなさい。お待ちかねですよ」
「なんだ、男か」
「先輩、失礼ですよ。こちらはウチの署でもお世話になっている仕出し屋さんの社長で…」
「なんだよ。弁当屋か」
「先輩、ただの弁当屋じゃないですから…」
「いえいえ、ただの弁当屋ですよ」
依頼人の男をかばうように黒木が口を挟んだところで、その依頼人の男は矢沢の言葉を肯定して微笑んだ。そして矢沢に名刺を差し出した。
『株式会社 全日食 代表取締役社長 森山栄治』
それを見た矢沢は目の色を変えた。全日食と言えば国内最大手の食品メーカーだ。これは金になりそうだと内心ほくそ笑む。それを悟られないように、矢沢は表情を変えずに森山を見据えた。
「それで、依頼内容は?」
「実は妻が失踪しまして…」