異世界探求伝 第九十二話 訓練兵たちの帰還
ようやく終わりを告げたブートキャンプ、短いようで長かったこの練兵育成篇もここで終了を迎えます。
かづき達訓練兵一行は、ようやく砦村への帰途と相成った。 その中でもひときわ目立っているのが、白いフードを着ている一行だが、これらの者達の正体は長であるクリスタル・ローズを含む、サキュバス達である。 そのままでは、彼女たちは特異体質とも言える色香を振りまいてしまうので、封印の術を施したマスクとフードで、それらが漏れないように対処しているのである。
帰還の途に就いた彼らの行動は、手早く行われた。 境界の森での収穫された獲物や果物に木の実などを、手早く厨房に運び込むと、敷地内の広場へと向かうが、驚いた事にすでに豪華な建物が完成しており、そのきらびやかな豪邸はまるで王宮のようであった。
出迎えてくれたクラークを始めとする執務管たちは、皆一様に正装に身を包み、その建物の前に陣取っており、その真横には客席であろう砦村のほぼ全員が集合している。 またその反対側にも客席が設けられており、余り見慣れない顔ぶれが集合しているが、総勢でも二百名はゆうに超えているように見受けられた。
「お疲れさまでしたクロサワ様、これが式次第に御座います。 ご指示の通りに用意させております」
「あ、うん、こんなに見物客が多いと、なんか調子狂うな」
「ハハハ、こちらにいるほとんどの方は、新たな砦村の住人達でございます。 後は彼らの身内で、信用のおける者達だけにございます」
「そうなのか、えっと、その建物って何だ? 式次第に書いてある落成式って、こいつの事だよな」
「はい、領主のお屋敷に御座います。 1階は全てが大広間になっており、執務室と経理室が・・・」
「ああ、もういい! とりあえずセレモニーをチャッチャと終わらせるぞクラーク」
「畏まりました」
『それでは今から兵士訓練の課程修了のセレモニーを開始する事をここに宣言する!』
待機していた今回のブートキャンプ訓練生の、赤隊班、白隊班、黄隊班、緑隊班のメンバーたちが、脇から四列に並んで隊をなしてくる。 歩行訓練はかなり厳しく行っていた為に、足並みは全て綺麗に揃っており、少しの乱れも感じられない。 そして皆それぞれに訓練時の正装に身を整え、広場中央に綺麗に隊列を組み並んだが、総勢二四名はそれぞれが誇らしげな表情を浮かべている。
「では、どうぞよろしくお願いいたします。 クロサワ様」
「あ、うん、皆これまでよくやった。 ご苦労さん、これだけ多くの方が集まってくれたんだ。 ひとつ訓練の成果をここで披露しようじゃないか」
『サー!イエッサー!』
「では、双方向き合い、剣技の型一から七までを演武として連続して行う。」
『サ-!』
剣技の型は、小さな頃から習っていたかづきの黒沢流古武術が基本となっているもので、二人一組になりそれぞれが攻撃を行う側の打太刀、そして受けて反撃を行う仕太刀とに分かれて行われるものである。
壱の型:左炎の位 対 右炎の位
弐の型:水の位 対 水の位
参の型:土の位 対 土の位
四の型:陰の位 対 脇構
伍の型:炎の位 対 水の位
六の型:水の位 対 土の位
七の型:水の位 対 水の位
壱の型は面抜き面、弐の型は籠手抜き籠手、参の型は突き返し突き、四の型は突き返し面、伍の型は面擦り上げ面、六の型は籠手擦り上げ籠手、七の型は抜き胴となるが、演武で行う為に真剣が使われているので、勿論寸止めという事になる。
ちなみに炎の位は上段の構え、水の位は中段の構え、陰の位は八双の構え、陽の位は脇構え、土の位は下段構えとなる。 兵士は二手に分かれ、これらの演武を披露するが、ここにいるほとんどの者達は見た事が無いはずでぽかんとしているが、技を決めた瞬間に気合を入れた声を出し、ので、それに合わせて歓声を送っている。
剣の道では礼法は言うに及ばず、目付や構えと姿勢が大事だが、同時に呼吸と太刀筋、そして間合と気位や足さばきも重要度が高いものである。西洋武術には無い作法や特有の残心などがある為に、見ているものの中には戸惑いが見られるが、幾度となく方をこなす事で全ての技を習得し、同時に見切りも上手くなるものである。
『キェーイ!』
『オーッ! 凄い凄い』
『かっこよかったぜ、おめーら!』
大きな歓声と拍手と共に演武は終了し、これから訓練兵達の終了式に入る。 長いようで短かったこの訓練期間だったが、精神と心意気だけは受け取ってくれたはずだ。
「訓練生代表、白隊班ビームス前へ」
「はっ!」
「修了証書、貴殿は第一期兵士訓練課程を全て納め、基礎課程を無事終了した事をここに証する。 キャッスルフォート領主、カヅキ・クロサワ」
「あっ、ありがとうございます。 この名誉に恥じぬよう栄進努力致します」
「カヅキ、いえ領主様、これを」
「うん、ご苦労だったなジュリナ、ビームス、これを受け取れ」
「こっ、これをですか」
なぜか巫女姿のジュリナから、渡されたのは卒業記念とも言える三種の装備である。 キャンプ前から各々の職人たちに準備させていたものだが、彼らは言わば下士官とも呼べる存在である為、それなりの装備を用意しておきたかったのが本音である。 本当に間に合ってよかった。
用意されているものは、まず直刀の長剣が一振り、たたら製鉄では無いがかなりの強度と粘りを持つ構造で、勿論鋼が使われている。刃の部分だけが研磨されており、全体に黒光りしているカーボン仕上げの剣である為に錆びには強い。 鞘はダークアントの甲殻で作られた丈夫な鞘で、基本的な金具は真鍮製だが、鞘の部分には銀糸を象嵌で埋め込まれた龍のデザインが施されているものである。
二つ目は、リザードボアの表皮で作られた襟付きハッピマントだ。 通常の刃物は通さないほどの丈夫さで、身に付けておくだけで魔力を吸収し、火の耐性があるのは退魔法対策にはうってつけの素材である。 魔力を帯びた針でしか刺繍ができなかったが、灰茶色のマントの中央部には漢字の龍の崩し字がロゴとして施されている。
三つめはワークキャップとも呼ばれるミニタリーキャップだ。 通常のキャプ帽子型だが、頭部は緩やかな円柱状で角がある為に蒸れが比較的少ない。 素材は通気性のあるブルモス・ワームの糸に、溶かしたアイアンピートの甲殻のコーティングが施されているので色は深い緑色である。つばの部分には龍の刺繍が施されて見た目は簡素だが、その強度は金属兜にも匹敵し、とても軽く一番技術力と手間がかかった装備でもある。
ビームスがそれぞれの装備を身に付けると、一斉に広場から拍手が巻き起こった。 この装備を身に付けていれば、背後からの不意打ちや遠距離攻撃もしのげるはずだ。 兵士の装備としては十分すぎるものであろう。 彼は嬉しそうに壇上から降りると、誇らしげに胸を張り部隊の元の位置へと戻った。
続いて残りの二三名の授与式を滞りなく終わらせると、落成式が執り行われる事になった。 何故かジュリナに続いて、モモとミクも巫女服に着替えているが、ジュリナが木の枝のようなものを持ち、祭壇に供えると跪いて祈りを捧げるようだ。
『この世に顕現する精霊たちよ。 貴方がたが地上の全ての国の為に、あなたの平和の祝福を備えて下さるように、私たちは日々精進し精霊神にこれを誓い、真事の祈りを捧げると共に我々をお守りください。』
「領主カヅキ・クロサワ、これへ!」
「うぁ、あ、はい」
「ここに触れて魔力を込めなさい」
正面玄関には、龍の浮彫が彫り込まれており、その左の前足の部分には大きな水晶玉が埋め込まれているが、これは恐らく魔石なのであろうが、これだけの大きなものはかづきは見た事が無かったのだ。 ジュリナの言葉通りに、かづきはその魔石に手を触れ魔力をできるだけ注入して行った。
「カ、カヅキ、もういいわ。 手を放しなさい」
しかし、かづきはその手を放そうとはしなかったのだ。 いや、現実はそうではなく正確には魔石が彼を離そうとしてくれなかったようだ。 かづきは意識が朦朧となり、思わずその場で倒れ込んでしまった。
『カヅキ!』
かづきが目を開けると、心配そうなディアンヌの顔がすぐ傍にあった。 ディアンヌは、鬼人族ティターンの戦士ダルザ・グルモから貰い受けた『ゴブリンの滴』の管理者でもある。 彼女は素早くかづきの元へ駆け寄ると、ゴブリンの滴を口に含み、かづきに口移しで飲ませた事で事なきを得た様だ。
通常魔力切れは、本人に自覚があれば魔力を使う事を止める事で問題はないはずだが、強制的に魔力を奪われるような事は本人に意思に関わらず起こる為に、非常に危険だと言われている。 つまり、完全な魔力切れは、充電のできない電池のようなものである為に、命の危機に及ぶほどの非常に危険な事故につながるのだ。
「う、うーん」
「大丈夫ですか? カヅキ様、私がだれかお判りですか」
「ああ、ディアンヌ、もう大丈夫だ。 エリクサー飲ませてくれたのか」
「ええ、何とか間に合いました」
「何とかって・・・」
「さぁ、お立ちになって! 皆様ご心配のようですわ」
「ああ、皆もう大丈夫だ。 ただの魔力の枯渇だから心配ないぞ」
「も、申し訳ありませぬ、領主殿」
「心配いらないぞクラーク、さぁ続きをやってくれ」
「はっ、畏まりました」
クラークの合図で、風筒銃による花火が一斉に放たれた。 とは言えまだ日の明るいうちでもある為に、群で使われる狼煙用の色付きの発煙弾である。 色が幾つもある為に一斉に空へと放たれた発煙弾は、見た目にも華やかな雰囲気を醸し出している。 観客達のほとんどが、その光景を物珍しそうに眺めながらも拍手を送っていた。
「さて、それでは皆様、館の中へとお集まり下さい。 食事の用意が整っております」
『ウオー!』
「お前達、あんまし騒ぐと警備に追いやるぞ!」
「す、すいませんベルミ様」
「ガハハ、まぁ、ほどほどにな」
現在砦村の警備を行っていた者達も、その任を解かれてパーティーに参加している。 各工房の者達も今日は日曜という事もあり休日なのであるが、代わりに門番で警備を担当するのは、ゴーレムのアーロンとフォルスラ鳥のプディン、そして人狼族が警備を行っている。
この屋敷の二階のほとんどの全てが大広間になっており、壇上も設けられている。 壇上では班から選ばれた各隊班のメンバーたちが、交互に今回の旅の成果と訓練の様子を語るという趣向が行われるようだ。 こうした話は、誰もが興味深く耳を傾けるもので、現在はバーミヤン、人狼族ザジオ、コトトラの緑隊班の三名が、吊り橋で起こったワイバーン襲撃の様子を面白おかしく語っている。
連れてきたサキュバスは、クリスタル・ローズとトパーズを含めた七名が先乗りをしている。 食事は彼女達専用の特別料理が用意されているので、丸テーブル一つが彼女たちに割り当てられている。 勿論食事を行う為にマスクは外しているが、色気拡散防止の為にフードだけは身に付けているように、申し付けているわけだ。
かづきのテーブルには、当然の事ながらジュリナ、ミシェータ、ディアンヌ、モモとミクが座っているが、食事に出されている料理は、全てが貴族の晩さん会で出される様なメニュー構成である。 三階に厨房があり、そこで作られた料理が次々と運ばれてくる。 まずは腹ごしらえといった感じで、皆静かに話を聞きながら食事を楽しんでいるようである。
「少しいいかの?」
「あっ! じぃ、いやシュタインさんだったか」
「よいよい、領主殿」
「どうぞ、お座りください先生。 貴女もこちらへ、ディアンヌ」
「はい、ジュリナさん」
「すまんの、ジュリナデリカ嬢ちゃん」
「もう嬢ちゃんじゃありませんわ、先生」
「ホッホッホ、そうか、それはすまんじゃったジュリナデリカ殿」
「もう、呼び捨てで構いませんわ」
「そうかそうか、では領主カヅキ殿、改めましてお久しゅうございます」
「堅苦しいのは無しにしようや、シュタインじぃさん。 俺も呼び捨てで構わないぞ」
「ふむ、左様かならばカヅキ、まずはこの砦村、キャッスルフォートは見事なものじゃ」
「うん、名称も付けたばかりでまだまだ発展途上だが、ゆくゆくはそこそこ大きな街になって行くだろうな」
「ふむふむ、聞きたい事は山ほどあるんじゃがな」
「話せる事は教えよう」
そこへやって来たのは、クラークの婚約者となったカレン・ミルフォードである。 何やらいかつい感じの男を伴ってきたが、まさか前の男ではあるまい。 カレンと同族であるのは間違いのないところだが、推察すると恐らく冒険者ギルドの長である父親なのは間違いのないところだろうか。
「領主クロサワ様、お話のところ申し訳ありませんが、挨拶だけでもと・・・」
「ああ、ギルド長ロナード・ミルフォード氏ですね。 初めまして黒沢と申します」
次回からは躍動篇となります。お楽しみに




