異世界探求伝 第九十一話 クラークの経営手腕
これは境界の森出発前のクラークの話となります。
話は数日ほど遡り、ズナンにあるヴァレンチノ家の経営する酒場での出来事であった。
「よし決まったな、クラークは娼館の段取り終わらせたら、カレンと両親に結婚の承諾を貰ってこい」
「はっ、畏まりました」
とまぁ、かづきにカレン・ミルフォードとの婚約を簡単に決められてしまったのだが、勿論結婚に関して 異存がある訳では無い。 それどころか、ずっと伝えられなかった事がやけにあっさりと決まってしまった為に、クラークは拍子抜けしているほどなのだ。
しかしカレンがクラークに対して、憎からず想われている事は予想だにしなかった事で、カレンに聞くとクラークのポーカーフェイスに、これまで誘いの言葉も掛けられずにいたのだそうだ。 その為、クラブ・シラシメの館の経営の手伝いの話が舞い込んで来た時に、近づくチャンスが出来たと思ったそうなのだ。
元々冒険者ギルドの経理を担当していたのだが、当時冒険者であったクラークと接点を持つ為に、受付も行うようになっていた。 しかし、数年前に起きたヴァレンチノ家の件により、クラークは冒険者を辞めヴァレンチノ家の立て直しに躍起となった為に、すれ違いとなった経緯があった。
――――
ここはロナード・ミルフォードの館、つまりカレンの実家である。 現在クラーク・ヴァレンチノは、カレンの両親に結婚の承諾を得る為に、彼女の実家へと訪れている訳である。 クラークの付きそい人に、ヴァレンチノ家のメイド長であるサウリーネ・オズモンドが傍にいるのは、クラークにとって身内と同じ扱いなのであろう。
「ふむ、この背広で良かったのだろうか。 少し肩苦しさは無いであろうか」
「黒で素敵なお召し物です。 よくお似合いですわ、クラーク様。 しかし、メイド風情がこのような場に良いのでしょうか」
「貴女は、ヴァレンチノ家の教育係である。 然るに先代無き後は親代わりのようなものだ。 は、母の代理だ」
「あらまぁ、取って付けたように仰るのですわね。 そんな大きな生りをしていても、子供の頃とお変わりありませんのね。 不安なので御座いましょう」
「そ、そのような事は・・・ゴホン」
『コンコン、お茶をお持ちいたしました』
ロナード家の猫獣人のメイドが、お茶菓子と紅茶の入ったポットを手に取り、器用にカップへと注ぎ入れていく。 クラークは借りてきた猫のように、ドアを凝視してカレントの会話もあまりおぼつかない有り様を見る限り、よほど緊張しているのが誰の目にも明らかなようだ。
「こんにちは、ヴァレンチノ様」
「母のムレヌィムですわ」
カレンと一緒に入って来たのは、カレンの母で純粋なエルフ族であるムレヌィム・ミルフォードだ。 とても親子とは思えずまるで姉妹のように若々しい。
「こ、これはお美しい奥様だ」
「クラーク様、そのように仰ってはなりません。 仮にも相手方のお母さまに向かって!」
「あう、ど、どう褒めればよかったのだ、サウリーネ」
「まずは挨拶をなさい」
「あぅ、く、クラーク・ヴァレンチノです。 御母堂」
「ホホホ、ヴァレンチノ家のメイド風情が出しゃばって申し訳ありません奥様、私ヴァレンチノ家のメイド長を仰せつかっております、サウリーネ・オズモンドと申します。 何の因果化は存じませんが、本日は介添え人としての任でこちらにお邪魔した次第です」
「これはご丁寧にサウリーネ様、本日は肩ぐるしい挨拶抜きにご寛ぎ下さいまし」
「はい、本日は当家のクラークが、大事なお嬢様の将来のご相談として参った次第に御座います。 どうぞ、ご指導とご鞭撻のほど賜りますよう、何卒よろしくお願いいたします」
『ドンッ!』
「あらアナタ! 何て乱暴な」
「はん、クラーク久ぶりだな、冒険者は本当に止めちまったのか?」
「これはギルド長、お久しぶりです。 辞めたわけではありませんが、いえの事で手一杯で何とも」
「おめーにいくつか聞きたい事がある」
「アナタっ! いきなり失礼ですわよ」
「アッハハハ、堅苦しい話はそちらのご婦人とでもやるんだな。 なあクラークよ」
「はっ、本日はお嬢様を・・・」
「うーん、その話か、確かジョーゼボルト・ヴァレンチノの一人娘が居たよな」
「はっ、義理妹のジュリナデリカです」
「おめー、その娘と婚儀を挙げて、ヴァレンチノ家を継ぐんじゃ無かったのか?」
「はぁ、有体に申せばその道もありましたが、ジュリナデリカはヴァレンチノ家から離れる事になろうかと」
「何っ! おめー先代の娘を放り出すってのか」
「いえいえ、実はわたくし主を持ちましてでございます」
「何っ! そんな情報知らねぇな、どこの貴族だい。 まさか王族か?」
「ハハハ、いえ。 とある地の領主にございますが、その主とジュリナデリカは結ばれる予定にございます。 従ってわたくしめが、ヴァレンチノ家の当主となっております」
「おめえ、が認めるなんざ、どのくれい強え男なのか知りてぇな。 それとも権力があんのか?」
「ふむ、強さは厚手の布の如きものですな。 表面は穏やかで柔らかみがありますが、何事も吸収しそれを己のものに致します。 頭脳は明晰で、およそ人の考えうる境地を遥かに超えてございます」
「ほう、冒険者ランクAほどのお前さんが言うほどだが、そんな人物に心当たりはないな」
「名前はカヅキ・クロサワでございます」
「知らねぇな・・・、カレンは見知ってるのか?」
「はい、実はズナンの冒険者ギルドでの登録デビューですわ、お父様」
「そんな奴居たっけ」
「少し前に、いきなり飛び級した冒険者ですわ」
「ああ、話は聞いたな、確かうちの職員をぶっ飛ばして壁を破壊したとか」
「ええ、ホホホその方ですわ」
「そりゃ剛毅だな。 しかしその話はランクCだろ」
「我が家にクロサワ殿は滞在しておられましたが、当初はその程度の腕前でしかありませんでしたが、現在はわたくしでも危ういかと」
「えっ? うちのギルドにもAランク以上のもんは五人と居やしねぇぞ。 そんな短時間で化けられるもんなのか、一体どの種族だい?」
「ヒューマンです」
「ハハハ、馬鹿を言っちゃいけねぇ、ヒト族でもおめーみたいに何か掛かってんだろ」
「話を聞く限りは、純粋なヒューマンだと思われます。 特に人族特有の知恵が秀でております故」
「ふむ、一度会いてえもんだな。 まさか魔法も使えるって奴か?」
「はい、余り細かく話すことは出来かねますが、我々の知らないブジュツというものを使います」
「ほう、ますます会いたいねぇ」
「そのうち、相見える事になりましょう」
「これが、クロサワ殿の作られたものです」
クラークが鉛筆を始め、ブルモスシルクの反物、銀食器を並べ始め、テーブルには所狭しと砦村のドラゴンブランドが並べられていた。 その中でギルド長ロナードの目に留まったものは、サバイバルナイフであった。
「見た事の無い形だな。 ふむ、中々の切れ味だし、使いやすそうだがこのギザギザは何だ」
「基本蔓などを切るものですが、そこら辺の牢獄の檻などの金属なら切る事が出来ます」
「ほう、どこで作ってる?」
「わが主の本拠地、砦村でございますが、秘密裡で行なっております」
「ふむ、おめー道路も作ってるよな」
「はっ、交通の利便性を高める為です」
ギルド長ロナードの目が厳しく光った。 武器を見せたのは少し早計とは思ったが、後で知られるよりもましだとクラークは思ったのである。
「何をおっぱじめるつもりだ」
「特に何も」
「ふん、じゃあ少し言葉を変えよう。 その領主は何を始めるつもりだ」
「領主クロサワ様は、この世から貧困を無くしたいようです。 その為技術のあるものだけではなく、お年寄りや身寄りのない子供たちを、無償で面倒を見るつもりの様で受け入れています」
「ふーん、解せねぇな。 カレン、お前の目から見てどうだ」
「お父様がお考えのような方ではありません。 まだ若者ですが、私たちを一緒になるよう勧めて下さったのも、クロサワ様でしたわ。 境界の森の依頼も快く引き受けてくれましたもの」
「何? するってーと、いま境界の森探索はその人物がやってんのか?」
「はい、ズナンの町の安全の確保の趣旨を存じていますわ」
「で、交換条件は?」
「何も、ただ素材は砦村で利用するから、ギルドには余り出せないと」
「それだけか?」
「はい」
「うーん、どうも腑に落ちん」
「ホホホ、あなたがそんなに娘とクラーク様の目をお疑いでしたら、一度お目見えしてみると良いのではないですか」
「一言申し上げますが、確かに不肖の輩のようには見えますが、クロサワ様はヴァレンチノ家の恩人で御座います。 サウリーネ・オズモンド、ヴァレンチノ家の血を受けてはおりますが、あの目は悪人の目と言うには些かほど遠いものでございますよ」
「ふむ、サウリーネ殿は先代からのお付き合いの長いお方、その方が言うのであれば問題無いんだろう」
「失礼ついでにもう一言言わせていただきますが、ロナード様、娘の晴れの日をどうお考えのつもりでしょうか」
「はっ! これはすまん、申し訳なかった。 クラーク頼んだぞ」
「えっと、クロサワ様のメモによりますと、ここは娘はお前なんぞに渡せん! 腕ずくで盗って見せろというところでしたが」
「馬鹿かお前、ランクAのお前とこの俺が戦ったら、この屋敷もただじゃ済まんぞ。 カレンの認めた相手だし、この俺も認める相手だ。 文句がある奴は俺が相手になってやる」
「ホホホ、さすがあなた」
「お父様、有難う」
「ギルマス、いえロナード殿、ありがとうございます。 カレンを一生大切にいたします」
「クラーク様・・・」
「よし、話は決まった。 祝いついでに飯でも食いに行こう。 クラークここを片付けてくれ」
テーブルには所狭しと、砦村特産の龍ブランド商品が並んでいる。 シルクの反物にネックレスや髪飾りは、女性の目に毒とロナードは見たのだろう。
「いえ、ロナード殿、これらは全て引き出物にて、ミルフォード家への贈り物です」
「何っ!」
「えっ」
「わが主クロサワ様の言いつけでもありますので、ここは何卒お受け下さいませ。 それから固執するならば、当家の娘にそれほどの価値は無いのかとも」
「アッハハハ、剛毅だな。 ますます会いたくなったぜ。 うむ、クラーク、クロサワ殿に是非会う機会を作ってくれ」
「はっ、ただし、なにぶん主は目立つのを嫌がりますので、宜しくお願いします」
「おうおう、わかった。 その砦村ってのは俺も見せてもらえるのか?」
「はい、もうお身内ですので問題無いかと存じます」
こうして、クラークの肩の荷が一つ下りたわけだが、まだまだ問題というかやらねばならない事は山積している。
――――
翌日クラークは、正式に婚約者となったカレンを連れて、ズナン周辺の領主であるグランダム伯爵の元を訪れていた。 以前、水路整備と道路建設の陳情に何度かやって来たのだが、銀の食器と馬車程度では微々たる資金しか投資して貰えなかった。 よって、道路の敷地と水路の買収を行えとの命が下されたのだ。
「グランダム伯爵におかれましては、ご機嫌麗しゅう御座います」
クラークは右足を引き、右手を体に添え、左手を横方向へ水平に差し出しながら、伯爵に挨拶を交わした。
「ふむ、大儀である、してそこのおなごは?」
「はっ、わたくしの妻となるカレンでございます」
カレンはカーテシーで、両手でスカートの裾をつまみ、軽くスカートを持ち上げて行う動作を行うが、伯爵の目を見ずに行わなくてはならないのが、上位者に対する決まりである。
「ロナード・ミルフォードの娘、可憐でございます。以後お見知りおきを」
「ふむ、これは冒険者ギルドマスターの愛嬢であったか、祝着である面を挙げよ」
「はっ」
「此度の赴きは何用であるか」
「追加注文の銀食器セット50セットが出来上がりましたので、これを納品に上がった次第です」
「おお、そうかそうか、まさに見事な食器よのう。 おかげで祭りの日の晩餐会に間に合わせる事が出来た」
グランダム伯爵は、テーブルに並べられた食器のワンセットを、一つ一つ手に取りゆっくりと吟味を行っている。 セットの内容は、ナイフと四本刃フォークにスープ用のスプーン、魚料理用のスプーンに2本刃のデザートフォーク、デザートスプーンがセットになり、どれもがグランダム家の紋章である馬とバラの花が、彫金によって意匠で施されている。 彫られた部分には金の象嵌を施してあり、どれもが逸品とも呼べる作品に仕上がっている。
「確かに良いできじゃが、1セット金貨五枚とはちと高いのではないか?」
「はっ、どれもがこの国に二つとない逸品ですれば、王家に納品すれば金貨五枚は頂くかと」
「ふむ、王家に納品の予定は?」
「はっ、これからにございます」
「左様か、残念じゃ」
「では、グランダム伯爵からの献上品として、百セットお贈り致しましょう」
「何っ! まことか」
「はっ、つきましては先日の・・・」
クラークの作戦通り、事は上手く運んだようだ。 道路は払い下げられ、水路の護岸工事と使用権は認められたのは祝着至極であった。 資金提供は無かったが、代わりに人手に三百人を回して貰えるようになった事は、カレンのお手柄である。
次回は訓練兵の帰還です。
いよいよ長い訓練期間を経ての、兵士として旅立ちとなります。




