異世界探求伝 第八十八話 ブートキャンプ後半ー迫りくる影
雨が降る仕切る中、雨に濡れないように土俵を作り、訓練に勤しむ兵士たちであったが、そこへ忍び寄る影が・・・
ズグロウはジュリナの母方の親せきであり、いとこであるが初めて会った時からそのようなそぶりも見せず、ジュリナの態度もそっけないものであった。
互いに赤の他人であるかのように振る舞い、その仲は冷淡にも見えるようだが、この二人の間には何らかの因縁めいたものでもあるのかもしれない。 しかし、かづきにはそのようなことはどうでもよく、ズグロウに対しては他の訓練生と同様に素で対応しているのである。
ズグロウは戦いに酷く執着している部分が多く、それは異常なまでであった。 訓練中には真っ先に相対稽古を挑み、体力のある限り戦いを挑んでくる。 決して器用ではないが、元々狼獣人の秀でた素質がある為に、普通の相手では尋常ではないほどの体力を削られる事であろう。
そのズグロウが意外な事に、魔物であるゴブリンを助けたという。 ある種、驚かされたか好きであったが、この世界の事はまだまだ初心者であるかづきにとっては、ある意味見守るしか術はないのである。 自分の価値観が、この世界で全て当てはまるなどといった考えは、始めから持ってはいなかった。
そのズグロウが稽古場を作り、雨で湿らないようにと土を盛り上げた形で、丁寧に作った様子を見ていた事もあって彼に、稽古を申し込まれても拒否する気力さえ起らなかったのは、彼の人柄から来るものなのだろうと思っていた。
その様子を一部始終見て、ズグロウの戦闘稽古をつけてやるはずだったかづきだったが、いざ稽古場に上がるとそれを見て母国への懐かしさもあったのだろうか、土俵に仕立てたついでに稽古も本格的に相撲なってしまったのだった。 ついでにふんどしまで作ってしまい、周囲を唖然とさせてしまったが、これはあくまでもお遊びの一環である。あくまでも、だ。 しかし稽古は以外にも白熱し、ジュリナまでがさらしを胸に巻いて参戦したおかげか、隊のほとんどが集まってしまっていた。
しかも、一通り稽古を付けていると、今度はフォルスラ鳥のプディンまでもが興奮してしまい、土俵で大暴れしてしまうという結果になり仕方がないのでかづきが再登場、プディンと戦う事になってしまった。 プディンは元々が鳥系の魔物という事もあり、手が翼になってしまっているが、その手の代わりになるものが鋭い口ばしというわけだ。
実は鳥族の首の関節は、ほとんど360度に近く回る為に、頭以外はどの部分にでも口ばしが届き、種類によっては神経もあり固い口ばしは武器となり、捕食対象を殺傷する事が可能だ。食事をする時にも使うが、グルーミングや物をつまんだり触れた感覚だけで食物を探す事もでき、求愛行為や雛に餌を与える事にも使用する。
つまり鳥類にとっては、人の手に等しい動きができる部位であり、口ばしそのものはそれだけでも厄介なものなのだが、それにもましてブディンには逞しい太腿があり、鋭い足のカギ爪が驚異の武器と早変わりする。 勿論プディンも殺傷目的では無い為に、鋭い口ばしやカギ爪で直接攻撃はしないだろうが、パワー自体がずば抜けている為に、突進されただけでも受け止める事すらできないであろう。
アロンの合図と共に、プディンの口ばしがかづきに襲い掛かる。 プディンはそれまでと同様に、口ばしで相手の頭にかぶりつき投げ飛ばしてしまおうという算段なのであろうが、かづきは素早く拳で横殴りにし口ばしが逸れた瞬間にプディンの胸ぐらへと突進する事に成功したのであった。
しかし、あまりの体重さか、プディンの勢いを止めるのがやっとで、投げるどころか持ち上がりもしないのだ。 成す術ががないかづきは、足腰と腕に身体強化を集中させ、プディンの体重を重力操作によって体重を半分ほどに減らすと、力を込めて遠心力利用しながら、土俵の外へと思いきり投げ飛ばしたのだった。
「きゃっ!」
「ひやっ!」
「ん? どしたディアンヌ、ジュリナ」
目線を追ってみると、やけに股間がスースーするかと思えば、ふんどしが外れてフリチンになってしまっていた。 いつも堂々としているかづきであったが、さすがにこの時は恥ずかしかったらしく、股間を抑えながら右往左往していたのだった。
「うおっ!?」
「ギュルピッピー!」
かづきの背中に大きな衝撃が走ると同時に、かづきは生まれたままの姿で土俵の外へとほうり出されてしまっていた。 意表を突かれて失態を演じてしまったが、ふんどしの犯人は勿論プディンだった。 プディンは羽をばたつかせ、飛び続けながらもかづき目がけて、両足でのキックを背中目がけて勢いよく蹴りはなったのだ。
不意打ちのお陰で、かづきは勢いよく地面に投げ出され、かわいそうに素っ裸のまま転がされてしまっていた。 頭を押さえながら土俵を振り返ると、そこには勝利に酔いしれたプディングが、ふんどしをくわえたまま喜びの舞を披露していた。
「キュルッ、キュルッ」
「くっ、不意打ちとはひきような」
「ギュルルぅ、ギュルッ! ギュルル」
「なにっ、アロン本当か」
「ンガー」
「ちっ」
「プディンは何て言ってるのですか? カズキ様」
「ああ、地面についていないから、負けてないってさ、ハハ」
「ほぉ、賢いのですわね。 しかも飛んでいましたわ」
プディンが飛べたのは、勿論かづきのおかげである。 カズキがプディンの体重を軽くした為に、自分の羽でも自力で飛空できたのだろう。 ジャパンでも田舎へ行くと、木の上に飛んでいる鶏も見かけるほどだ。 だがしかし、かづきがプディンを投げる際にクルクルと回った際に、まさかその間に口ばしでふんどしの結び目を外していたとは気づかずに、恥ずかしい目に合わされてしまった。
しかし、かづきはプディンを怒る気などは全くなく。優しく撫でてやると、プディンもそれに答えるかのように寄り添いながら気持ちよさげに喉を鳴らすのだった。 まったく、愛い奴め。
かづきは雨に打たれて泥だらけの体を綺麗にすると、恥ずかしそうに布を渡すデァンヌに礼を言い、そのまま着替えを行った。 土俵ではプディンを相手にいまだ稽古の真っ最中だったが、ジュリナが出て来るとプディンの様相が一変したように思えた。
『ビリビリッ』
「ひゃぃ!」
「ギュルルー・クピー」
どうしたかと思って土俵を見ると、プディンがジュリナのさらしを引きちぎって、彼女が胸を隠している間に、そのまま頭をくわえて場外へと投げ出したようだ。 ふむ、奴には反省が必要なようだ。
「プディン、これはルールを決めた戦いだから服を剥ぎ取るのは反則だぞ、服の剥ぎ取り自由ならお前の羽もむしられる事になるがいいのか?」
「ギュルッ、クピー!」
「よしよし理解が早いな、いい子だ」
その時、一瞬にしてプディンの気配が変わったのだ。
「ヴギュルルル」
「うん? どした」
プディンの低い警戒音に、かづきは辺りを見回すが、同時にラビへの判断を仰いだ。 雨音のノイズでかき消されている匂いは全くしないが、確かに何かがいるようである。
『外部侵入者多数発見シマシタ ソノ数五十ヲ超エル模様 形状カラシテ ヒト型ト思ワレマス』
『うわ、そんなにか』
『気配を極力消シテイタ為 認識レベルデノ低下ガ 起キテイタ模様デス』
『うん、確かにな、さてさて、敵の目的は何だろうな』
『赤外線モードデハ 体温ノ上昇ハ サホド見ラレズ コチラノ様子ヲ 伺ッテイル模様デス』
「ハーイ、皆さんちゅうもーく」
かづきは全員注目しているところで、手信号を素早く出して全員に警戒を促したのだった。 手信号は指信号とは違い、少し離れた場所でも見て取れる為に、全員がこれに気付いたと同時に会話を途切れさす事無く、自然な振る舞いでそれぞれが武器を即座に振るえるように準備し始めた。
ジュリナやミシェータ達、テントに潜っていたメンバーも、知らせを受けてさりげなく装備を整えて出てきて、俺の元へと集まり始めていた。 かづきも気配探知を使ったが、この気配はもだ到着していない黄緑隊のものではない。 かづきは全員が態勢を整えた事を確認すると、声を上げて相手に呼びかける事にした。
「えーっ、俺達に何か用があるのか? 敵意が無いのなら姿を見せてくれないか」
『敵全体ノ体温上昇中デス 警戒ヲ促シテクダサイ』
『ああ』
「全員警戒レベル四だ」
その時森の茂みから大男が現れた。 頭から蓑のようなものを身に付けており、武器を所持しているのかは定かでは無いが、そのガタイからはただものではなさそうだ。 身の丈はおよそ2mはゆうに超えているように思える男は、裸足でゆっくりとこちらへと歩み寄ってくる。
「誰か、おれん言葉のわかる者のおんしゃあか?」
「あ! やっぱり俺だけかな」
「おお、にしゃん言葉なら、しゃっきもわかったぞ」
「そうか、それなら良かった。 俺はかづき・くろさわと言うもんだが、こいつらを率いているものだ」
「そげんか、カヅキやな。 俺ん名はティターンの戦士ダルザ・グルモっちゆう」
「ダルザか、話ならあそこの小屋で話さないか?」
「そーやな、そいのよかろうもんたい」
「おい、お前達、この人はティターンの戦士ダルザ・グルモってもんだそうだ。 話があるようだから小屋で話を聞いて来るよ。 警戒レベル三を維持しておけ」
『サー!イエッサー』
かづきはジュリナとミシェータ、そして白赤隊のビームスとズグロウを引き連れ、一番大きな小屋である指令室へとティターンの戦士ダルザ・グルモを案内する事になった。 小屋の周囲はズグロウ達警備兵で固めてある。 ダルザ・グルモは入口へ向かうと、着ていた蓑を脱いだが、その様子を見て周囲は一斉に驚く事になる。
頭の両脇には、長さ十センチほどの角が生えている。 蓑は脱いだが、貫頭衣のような被服からはむき出しの筋肉が見て取れ、マッチョな体とそのニmを超えるガタイに、それぞれが圧倒される事になる。 肌は透き通るように白いが、首や腕には首飾りを身に付け、顔から肩そして腕にかけて呪文のような入れ墨が印象的で、また異様にも思える。
「さぁ、ダルザって呼んでいいか? 入ってくれ。 俺の事もかづきと呼んでかまわないぞ」
「んじゃ、そーしゃしてもらいましょーたい。 ばってん、あんだだけは俺ん姿ば見てたまがらんのやね」
「いやいや、驚いたさ、鬼族の人は初めて見たからな。 あんたはオーガか?」
「うんにゃ、オーガじゃなか、ティターン族やな。 ヒト族は鬼人族っちゆうばってんな」
「成程、ティターン族か、宜しくな。 もしかして、森を荒らしていると思って見に来たのか?」
「そーだな、そいもあっけんど、狩りば見とる限り、こまかもんはお目こぼしよるばいうやし問題無かや」
「周りにいるのはお前の手下なんだろ? 攻撃してこないよな」
「にしゃん達の手出ししてこん限り、問題なかよ」
「ならいいが、で、こんなに大勢連れて来て要件は何だ?」
「にしゃんらの仲間に、ピピば助けた者達のいるげなっちいうて、聞いて来よったったい」
「ぴぴ? ビームス、ピピって奴を誰かが助けたと言ってるが心当たりは無いか?」
「・・・もしかして、ズグロウではないでしょうか。 恐らくゴブリンの事ではないかと」
「ダルザ、ピピってゴブリンの事か?」
「そーだ、村んゴブリン達も助けられたっち聞いたけんが、礼ば言いに来よったったい」
「そうだったか、助けたのはこの者達の隊で、ピピを助けたのはビームスという者だな。 おい、ビームス居るか」
「はっ!」
「この、鬼人族のダルザ・グルモがお前に礼を言いたいそうだ。 こっちへ来てくれ」
「はっ、しかし鬼人族に礼を言われるいわれは無いですが」
「ズグロウ、俺達がゴブリンを助けたろ、あの時にワイバーンに連れ去られそうになっていたのが、どうもピピという者らしい」
「そうなのですか? ビームス隊長」
「まあ、入ってくれズグロウ」
「ダルザ、こいつがワイバーンに連れ去られそうになっていた折に、助けた者で名をズグロウと言う」
かづきが紹介すると、ティターンの戦士ダルザ・グルモがズグロウを見据えてスックと立ちあがり、思わず身構えてしまうズグロウであった。 ズグロウもガタイが良く、背も百八十五を超えるほどあるのだが、ダルザはそれよりも二回りほどでかい。
「にしが戦士ズグロウか、ゴブリン達ん窮地ば救っちくれた恩に感謝するばい」
「えっと、ズグロウ。 ティターン族の戦士ダルザ・グルモが、ゴブリン達を救ってくれた事を感謝したいんだそうだ」
「鬼人族ですよね!? なぜ鬼人族がゴブリンを助けた礼を言うのですか? それに、助けたのはこちらにいる隊長や副隊長のお陰でもあります」
「ダルザ、助けたのはこの者達隊の全員で成し遂げた事だから、隊全員でそのお礼の言葉を受け取ろう。 だが、何故ティターン族のお前がゴブリンを助けた礼を言うのか、不思議がっているんだ」
「そいはにしゃ達がゴブリンっち言うとる者らは、うちらっちと同じティターン族であっけんたい」
かづきがその言葉を訳して伝えると、皆驚きのあまり言葉を失ってしまったらしい。 その静寂を切り裂くかの如く、外がやけに騒がしくなってきたようだった。
ゴブリンは西洋では妖精とされる場合や、悪鬼とされる事もあり大概は悪役です。しかし、現実の世界でも人が猛獣に食われ、その猛獣を食用にするという事もよくあり、食人の風習も最近まで残っていました。実際、善と悪はいかようにもなるということでしょう。




