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異世界探求伝  作者: 勘乃覚
砦村編
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異世界探求伝 第五十三話 トースト

かづきは念願の白パン作りに成功。

作れると分かったら、次はこれですよね。

 かづきは、料理長のペンネと若いコックのムチン、それから「チーム龍」女性陣全員を集めての、「食パン作り」を行っていた。 念願の「トースト」まで、あとわずかだと、(はや)る気持ちを抑えて、次の作業へと入るかづきだった。


ボウルの中で大きく膨らんだ生地は、全員が見た事も無いほど美しく輝いていた。 ペンネは、うっとりとその生地を眺めては、恍惚の表情を浮かべているが、何か神聖視でもしているかのような光景に、かづきは面白おかしく、笑いを抑えるのに必死であった。


指で、生地の真ん中を押してみると、しばらくしても戻りは無い様だ。 これは、発酵が終わった証拠でもあり、次の作業に移れる印である。 ガスをゆっくり抜くと、ほのかにフルーティな香りが厨房に広がって行く。 ペンネは、更にうっとりとした表情を浮かべると、石板を人数分用意してくれたのだった。


木箱を用意して、水分を含ませた布を敷くと、ヘラを使って一つずつ生地を塊に分けていく。 皆はそれを軽くまとめて、木箱に入れて行くのだが、生地同士がくっつかないようにと注意しておいた。


この、食パンを焼く金型なのだが、パイを焼く為に使っている金型を用意して貰った。 その為に、形は台形になるのは仕方の無い事でもある。 後日、専用の金型を発注するそうなので、今日は形にはこだわらない事にする。 金型には、ラードを塗りつけておくのだが、バターは焦げるので使わない。


ベンチタイムを終えた生地を、更に切り分けて打ち粉をした石板の上へ乗せて、これから見本作りだ。 延し棒も軽く粉を馴染ませて、長く伸ばして行く。 これを一回目の折り巻きにするのだが、観音開きを閉じる様に両脇を巻き込んでいく。 


次に、長く巻き込まれたこの生地を、更に手前から巻いて行くと完了だ。 これを金型に並べて行くのだが、金型の半分ほどの高さになるように指示しておく。 俺は生地を切り分けながら、次々と一人づつの石板に投げて行く。 与えられた生地の塊を、楽しそうに巻いて行く姿は、まるでどこかのお料理教室のようであった。


楽しい時間はあっという間に過ぎ、金型に詰められた生地たちは、こうして最終段階の二次発酵に移る。 生地は適当に作ったが、全部で金型八個分になっていた。 試作としては、量が多い気がするが、ここまでは至極順調であるので良しとする。


俺は石窯の具合を確かめていた。 火の加減は幼い頃から、何度も鍛冶の作業場で、温度管理をさせられていたので特に問題は無いが、石窯と鍛冶屋の火床では全く加減が別物である。 特に一八〇度から二五〇度までの細かな加減は、プロ以外には出来ないはずなので、低めの温度で焼くようにペンネにお願いする事にした。


最終発酵も終わり、パンの生地は金型一杯に膨らんでいた。 これを、次々と大きな石窯に入れて行くと、ペンネは金属製の寸胴に水を張って、それも両脇に置いて行った。


「成程、スチームコンベクションか」

「クロカワ様、そのスチームなんたらとは?」

「ああ、料理長がやっている調理法だよ。 蒸気の力で均等に焼けて、中はジューシーに仕上がるんだろ」


「ほう、流石はクロサワ様、何でもご承知で」

「アハハ、ただの受け売りだよ。 簡単な料理しか作れないからな」

「ハハハ、何をおっしゃいますやら、クロカワ様が素人なら、私共も素人に御座いますよ」


周りを見ると、皆が口を揃えて納得しているが、俺は頭の中を?マークが(うごめ)くばかりだった。 まぁ、気にしないでおこう。   


部屋の中に、甘く香ばしいパンの香りが漂って来た。 全員この匂いは初めての経験なので、夕飯を済ませていない皆さんは、恥ずかしい音を出しては、頬を染めていた。


「もう我慢できない! カヅキ」

「まぁ、はしたないわよジュリナ。 クキュ~、あら嫌だ」

「ハハハッハ」「ハハハ、ミシェータ様ったら」「私もペコペコです。おにぃ様」


既に、テーブルの上は綺麗に片付いており、白いクロスが敷かれている。 俺はその真ん中に更に布を敷くと、この上に焼き上げたパンを乗せる様、ペンネにに指示した。


「お待たせしました皆さま」


ペンネコック長の言葉に、皆石窯へと向かおうとするので、俺は「お座り」と促しておいた。 両手に耐熱の手袋をしたペンネは、金型をテーブルへ斜めにすると、俺は軽く底を叩いて見せた。


ゴロンと転がり落ちた、食パンの焼き色はまさに理想的であった。 ペンネコック長は、窯のふたを木の棒で隙間を作る事により、その温度調整を自在に操っていた様だ。 次々と金型から出される光景に、ため息交じりの声が漏れて行く。


「さぁ、カヅキ、早く味見をして頂戴!」

「ジュリナ? お祈りは良いのか」

「何よ! これは味見よ。 早くして頂戴、死んでしまうわ」


あんまり大袈裟なので、意地悪をしたくなったが、可愛そうなので勘弁してやるとしよう。 一人だけならまだしも、この場の全員を相手にしては、分が悪すぎる。 俺は言われるままに、食パンに挑みかかった。


「あふっ、あふっ」

「ねぇ、どう? どうなのカヅキ」

「早くおっしゃいな、カヅキ!」

「おしぃちゃ~ん、おにぃ様~」

「んぐ、んぐ」


俺は、右手でOKサインを作りながら、深く(うなず)いた。 その合図を皮切りに、全員の手と口が一斉に反応し始めた。 俺は笑いながらコップに、オレンジジュースを入れて目の前に置いて行く。 全員、口も聞かずに黙々と食べているので、味を聞くまでも無かった。


こいつらは、手でちぎって食べているので、ほって置く事にして、ナイフで厚切りの食パンにすると、鉄板に入れて石窯の中へ放り込むと、念願のトーストを作る事にした。 それ程大げさではないのだが、旨さは倍増だ。 


直ぐに焼き目の付いたトーストに、たっぷりのバター塗って目を(つぶ)りながら、いざ(かぶ)り付こうとすると、その手にあったはずのトーストがもう無い。 女性陣は奪い取ったトーストを、素早く分け合って食べていたのだ。


「あぁ、もう、わーったよ。 全員分焼くから待ってな」

「モグモグ、ふんふん♪」

「ムシャムシャ、ふんふん」

「パクパク、ふんふん」「モシャモシャ、ふんふん」


こう、同じリアクションをされては、起こる事も出来ない。 ペンネコック長もこちらを見ていたので、勿論全員分焼くつもりだ。 ムチンに至っては、既に食パンを切り始めている。焼きあがるそばから、食われて行くのでどうしようもない。 


「お前達、味見だけじゃないのか」

「だって、美味しいんだもん」

「ええ、王都でもこのようなパンは御座いませんわ」


「そうよ、おにぃちゃん」「今食べておかないと、損ですわ、おにぃ様」

「大丈夫だぞ、もうレシピは渡してあるんだし、明日からでも食堂で食えるさ。 なぁペンネ」

「モグモグ、んぐんぐ」


ペンネコック長も念願のものを食べられたので、嬉しいのは解るが食い過ぎだ。 八斤焼いたものが、もう一斤しか残されていない。 残りは、クラークの元へ持って行くからと、皆に諦めさせたがやけに不満げだった。 


クラークの事務所には、三名の事務員もいるので、トーストだけでは可哀想かと思い、少しボリュームを付けてあげようと思い至ったのだ。 邪魔な女性陣には、食堂に行ってきちんと食事をするように言いつけて、残ったパンで一品作る事にした。


ムチンに材料を頼むと、早速始める事にする。 千切りキャベツに生卵、大麦粉、辛子と揚げ油にウスターソース、これにリザードボアの肩肉だ。 もう何かお解かりだろうが、カツサンドである。 かづきは人数分のパンを切り分けると、残った端切れをボウルで軽く粉状に粉砕すると、切り分けた肉に塩胡椒で味付けして揚げて行く。


この間にパンを焼き上げて行くが、ペンネコック長も手伝いをしてくれている。 こんがりと揚げ終ったリザードボアのカツはとても旨そうだ。 手順通りに、焼いたトーストに軽くバターを塗り、千切りキャベツ、カットしたボアカツ、濃厚ウスターに辛子を多めに乗せ、更にキャベツを置くと、もう片方のトーストで挟み込んだ。


出来たカツサンドの四方を切り取り、更に食べ易いように四つ切すると、更に乗せ収納に仕舞い込んだ。 味見をするまでも無く旨いはずだ。カツを大きめにしていたので、四方をカットした時に出た残りで、味見は出来るのだ。 


「えっと、クロサワ様?」

「うん、なんだ? 悪いが片付けは頼むぞ」

「ええ、それは容易い事、ですが、この切り残しは如何されますか」


「ああ、良かったら味見してくれ、 パクッ、サクサク、うんうん、うまい」

『ドドドドド~!』

「あっ! 何だお前達」


先程、食堂へ行けと命じていたはずの女どもが、引き返して様子見でもしていたのか、勢いよく駆け込んで来て、先程の端切れを奪い合うようにして貪っているのだ。


「ペンネコック長、すまないな。 レシピは解るだろうから――」

「ハハハ、ようございますとも、全て仰らずとも」

「おい、お前達、浅ましいぞ、ったく」


かづきは食堂へ全員引っ張って行くと、そこできちんと食事を取らせる事にした。 やはりというか、案の定ジュリナ以外は大した食欲も無く、デザートや果物を中心に食べていた様だ。 俺はしっかり魚のから揚げに、肉もしっかり食べて帰った。 但しパンは食べられなかった。


食事が終わったらお風呂だと言うので、俺はクラークの事務所へ行った後に寄るとする。 一緒に入りたがっていたが、クラークとの話もあったので、先に済ませる様に言い聞かしておいた。


クラークの元へと行くと、丁度良かったと品物を渡してくれた。 豪華な小箱を渡されたので、何かと思って開けてみると、そこには光り輝く黄金の指輪二対が入っていた。 


「これは?」

「この領主の証の、指輪に御座います」

「成程、印章の指輪だな。 大事な契約や大きな取引で使うと言う訳か」


「はっ、国家間の条約などには、必要なものに御座います」

「何故同じものが二つ?」

「同じでは御座いません。 一つの押韻(おういん)は主のもので、もう一つは(まつりごと)を補佐する者に与えるものに御座います」 


確かに、この二つを見比べてみると、違いがある。 中央部には黒川家の家紋があるが、デザインのせいで二つ引両が長めの楕円にされている。 この二つ引両の脇には「龍」の(へん)(つくり)がそれぞれ左右に分かれており、ドラゴンのデザインになっているし、片方の指輪のサイズもやけに大きいのだ。


但し、良く見ると片方の指輪だけに、宝玉のようなものが描かれているようだ。 こんなデザインが描けるのは、ゴルモスアゲイの奴だろう。 ちょっと鼻に着く喋り方だが、その才能は間違いのない所だ。 しかし、クラークもおかしなことをするものだ。 自分で使うものなのに、なぜ俺に両方? 


ははん、そういう事か。 俺は一旦席をはずして外へ出ると、ジュリナを呼び出し細かく説明すると、早速儀式の用意を行うように頼んだ。 


「ジュリナデリカお嬢様?」

「クラーク、儀式を始めるわ、いいわね」

「は、はい、勿論」


クラークはジュリナの用意した枢要(すうよう)誓約書に、自分の血の入ったサインをすると、俺の足元に(ひざまず)いた。 枢要契約は簡易契約などよりも更に重い、最上級の契約である。 ジュリナは巫女服に着替えており、周りにいた事務員達も、いつの間にか作業を止めて、床に跪いている。


「精霊王の名の元に、ヴァレンチノ家当主クラーク・ヴァレンチノは、この地を治める領主カヅキ・クロサワに対して、契約(誓約)に基づいた古の崇高な契約をここに誓うもの也」


『インポーテント』


詠唱が開始されると、幻想な光り輝く黄金の煌きに包まれ、その光が己の体内に収束していった。 まさに神々しい、感銘を受ける光の演出である。 これも想いの具現化なのであろうか。


「ジ、ジュリナデリカお嬢様」

「もう、お嬢様じゃないわ」

「ジュリナデリカ様」


「当主が妹に様付けなんておかしいわ、クラークお兄様」

「ジュリナデリカ・・・お、お」


クラークは感極まったのだろう。 膝を着いていた両足とも投げ出すと、左右の腕も地面に放り出してしまった。 これが、(ちまた)の噂に聞く五体投地なのかと、一しきり感動したがハッと気が付き、クラークの肩を持ち上げて立たせた。 そうして、クラークの中指に指輪を()めると、黙って肩を抱きしめた。


事務員の三名も、感涙にむせいで嗚咽だけが響いているので、一人づつ立たせてやると、無言の礼の仕草をして見せた。 俺は折角持って来たので、出来立てのカツサンドを出して並べて行くと。 クラークの大きな空腹音につい吹き出してしまった。


「ぷっ! アハハハ、腹が減っては戦が出来ぬと言うぞ」

「も、申し訳ありません、クロサワ様」

「さぁ、お前達もここに来て、食べるんだぞ」


俺は事務員にも声を掛けて、慌ただしく部屋を後にした。 本当は、ジュリナがカツサンドに手を出しそうな素振りだったので、慌てて手を引っ張って外に出たのだが、ジュリナはむくれている。 しかし、先程の雰囲気を台無しにするよりはましであろう。

ジュリナ:あぁぁ、あのカツって言うの? 美味しそうだったわ。

ミシェータ:カスキの事だから、そのうちにまた作ってくれるわよ。

ジュリナ:王都で食べた白パンって、あんなだっけ?

ミシェータ:いいえ、あれほどの柔らかくてほのかに甘いパンは、他には無いはずよ。

ジュリナ:カヅキって本当に何でも知ってるのね。

ミシェータ:そうねぇ、頭の中を一度見てみたいものね。

ジュリナ:アハハハ、言えてる。

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