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第一章 怪童

始めて書きました。

軽い感じで書きたかったので、至らない部分はご容赦ください。

立花 道雪という武将の生涯を、基本的には史実に忠実に、所々に自分の創作も入れてます。

一章あたり、3000文字前後でざっくり書いてみるつもりです。

よろしくお願いします。

∈(´_________________`)∋ビローン

 ーー 永正(えいしょう)十年三月十七日 ーー

《1513年、4月22日》


 豊後の国、大野郡(おおのぐん)鎧岳城(よろいだけじょう)

 この日、城主の戸次(べっき) 親家(ちかいえ)に、元気の良い嫡男(ちゃくなん)が生まれた。

 親家は名を『八幡丸(はちまんまる)』と名付けた。

 妻の光との間に二人の女の子を授かった後、中々子宝に恵まれなかった為、健やかな男子を……と願い、柞原八幡宮(ゆすはらはちまんぐう)に祈願した。

 その直後に授かった為、八幡宮にあやかって、 八幡丸と名付けた。

 喜びに包まれたのも(つか)の間、突然不幸が訪れた。

 八幡丸を産んだ翌年の八月の末、光が病気の為にこの世を去ってしまったのだ……。


 後妻(ごさい)に豊後、臼杵(うすき)を領する(みずが)(じょう)城主、臼杵 長景(ながかげ)の娘、愛姫が嫁いで八幡丸の養母となった。

 愛は八幡丸に愛情を注ぎ育て、戸次家の立派な跡取りとするべく心血を注いだ。

 家臣の中からも、教育係である傅役(もりやく)が、親家から指名された。

 海老名(えびな) 弾介(ただすけ)である。

 当時、武将の嫡男の傅役には、家臣の中でも特に信頼の厚い者が選ばれた。

 弾介は武芸の達人でもあり、戦に()いても百戦錬磨の強者であった。

 父、親家は生まれつき病弱で、床に伏す事が多かったが、愛や弾介、回りの人達からの愛情を受け、八幡丸はすくすくと順調に育っていった。

 八幡丸は、幼少の頃から文武両道に優れていて、特に体格も良く力が強かった為、怪童八幡丸と呼ばれる程であった。

 そんな怪童八幡丸も、十一歳の時に幼名を改め、孫次郎(まごじろう)と名を変えた。

 それから更に三年の月日が流れた。


 ーー 大野郡、大野原野 ーー


『若様〜、若様〜』

 勢い良く馬を走らせながら孫次郎を呼ぶ、若々しい声がする。

 名は佐助(さすけ)。弾介の孫である。

『若様〜、兄上〜』

 もう一人、遅れて馬を走らせて来たのは佐助の妹、(まゆ)

 佐助も繭も、孫次郎と共に、三人同じ訓練を幼少の頃から受けて育った幼馴染みだ。

 佐助も繭も、弾介から引き継ぐ才能の持ち主で、幼少からの英才教育もあり、若輩ながらに武芸に於いて、既に家臣の中でも群を抜く天才兄妹であった。

 二人の乗った馬が孫次郎に追いつくと、孫次郎はさっそく、

『順番に笠懸(かさがけ)をしようじゃないか』

 と、二人に提案した。

 笠懸は、馬を走らせながら遠くや近くの的を弓で射る、流鏑馬(やぶさめ)をより実戦的にした武芸である。

『若様、兄上、順番は私が最初でよろしいでしょうか?』

 と、繭は自信たっぷりに二人に尋ねた。

『ああ、勿論』

 孫次郎と佐助は声を(そろ)えた。

 この辺りは簡単な馬場になっていて、(あらかじ)め的が設置されてある。

 まず、馬を走らせながら、左側に遠笠懸(とおかさがけ)の的が三つ。

 木枠に紐で三点留(さんてんど)めされている、直径一尺八寸[約55cm]の的が三つあり、それぞれに矢を射る。

 的までの距離はおよそ8(じょう)。[約24m]

 その後、旋回地点で旋回して馬場を帰って来る。

 帰りは小笠懸(こかさがけ)と呼ばれる、小さな4寸[約12cm]の的が二つ。

 しかし、この的は馬の右側にある為、馬の頭を越えて弓を構え、右下の的を射抜く、馬手筋違(めてすがい)という難度の高い技が必要となり、これを当てるのは熟練者でも中々難しい。

 全部で五つの的を射る流れだ。

 繭は手早く準備を済ませると、開始地点に向かい、合図を待った。

『準備はいいか?』

 と、佐助が尋ねると繭は静かに(うなず)いた。

『始めっ』

 佐助が開始の声を上げると、繭は颯爽と馬を走らせる。

 呼吸を整えてゆっくり狙いを定めると、落ち着いて最初の矢を命中させた。

 一本目で感触を確かめたのか、二本目、三本目と精度を上げていき、三本目にはほぼ的の中心を射抜いていた。

 そして、旋回地点で素早く(きびす)を返すと、馬手筋違(めてすがい)小笠懸(こかさがけ)の的も命中させた。

 最後の的には素早く二本の矢を連射して、二本共に的を射抜いていた。

 小柄な繭は日頃から、自分専用の小型の弓を愛用しており、恐ろしい程の早さで矢を連射する事を得意としていた。

 背中の矢筒から矢を取り出し、発射するまでに、現在の時間で表すと一秒も掛からないのである。

 繭はこの連射を、矢筒の中の矢が無くなるまで連射出来、一分もあれば五、六十本は矢を射った。

 繭は歩いたり走ったり、移動しながら連射出来る様に日頃から練習していたが、走っている馬上で連射を成功させたのは、この日が初めてであった。

『あっぱれだ、繭』

『お前、また腕を上げたな〜』

 孫次郎も佐助も、帰って来た繭を笑顔で褒めた。

 そして、次は佐助が、

『若様、御先に失礼します』

 と、一礼して開始地点まで馬で駆けて行った。

 やがて準備が整うと、佐助が繭の方をちらりと見て頷いた。

『始めっ』

 今度は繭が開始の声を上げた。

 佐助の乗った馬が走り出し、徐々に速度を上げて行く。

 佐助の体制は既に安定した状態で、最初の的に狙いを定めている。

 先程までの佐助と違い、研ぎ澄まされた表情に変わっている。

 シュッ

 と、鋭く風を切って放たれた矢は、一本目から的のほぼ中心を捉えている。

 既に武芸の達人の域に達している様な、(りき)みの無い、滑らかな動作で二本目、三本目もほぼ的の中心を捉えている。

 走っている馬上からの、この精度は驚異的である。

 佐助は戦の際、兜武者(かぶとむしゃ)の急所である顔面を狙い、一矢で仕留める技を磨いていた。

 その昔、平将門公(たいらのまさかどこう)木曽義仲公(きそよしなかこう)新田義貞公(にったよしさだこう)が、いずれも顔面に矢を受けて戦死したと言われている。

 旋回地点を折り返し、小笠懸の的も命中した。

 そして、最後の的には二本の矢を同時に放つ、二本撃ちを 命中させた。

 佐助も繭も、孫次郎の前だからといって、孫次郎に花を持たせる為に加減をする、などという事は一切無い。

 三人は、そんな風には教育されていないのである。

『完璧だな、佐助』

 孫次郎はニヤッと笑って言った。

『二本撃ちなんていつ練習してたの?』

 繭は不思議そうに言った。

 満足そうな表情で帰って来る佐助を、二人は笑顔で出迎えた。


(連射か二本撃ち、自分も試してみるかな……)

 孫次郎は少し思案しながら、開始地点に向かい、準備が整うと合図を待った。

『……始めっ』

 佐助が開始の声を上げた。

 孫次郎の乗っている馬は『戸次黒(べっきぐろ)』、という家伝の名馬で、すこぶる足が速い。

 馬が速ければそれだけ、矢を射るのは難しくなるのだが、孫次郎は確実に、そして冷静に五つの的を射抜いて帰って来た。

 ……しかし、連射や二本撃ちは出来なかった。

 幼少の頃から怪童と呼ばれる程に力が強く、肩幅も広かった孫次郎の矢は、佐助も繭も舌を巻く程の威力で飛んで行き、全ての的を真っ二つに破壊していたからだ……


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