『不死』と僕
初めてその事実に気付いたのは小学生の時。気付いたと言ってもなんとなくだ。
集団下校時に信号を無視したバスが僕らが歩く信号に突っ込んできた時だ。その時歩いていた小学生は僕を含めて、十人を超えていて、バス内にも数人の人が乗車していた。
後から知ったことだが、バスは突然ブレーキが利かなくなり、ハンドルもまったく動かないという意味不明な状況になったため運転手はどうすることもできず突っ込んだらしい。
もちろん、下校を見守る親もいたが、当然巻き込まれた。その時の事故で生き残ったのは、僕ただ一人だった。
事故後、僕は信じられないがまったくの無傷で病院に運ばれた。そんなことはありえないのに。なぜなら、僕は確実にバスにぶつかったはずだから。その時の記憶もちゃんとある。医者は誰かが庇った可能性があり、その時のショックで記憶があいまいになっているのかもしれないと言っていた。
少しして、父親と母親がやってきた。母は顔を涙でぐしゃぐしゃにして化粧も落ち、酷い顔だった。
「幸い、傷も後遺症の心配も特にないようだし明日にでも退院できるでしょう」
「……あ、ありがとうございます」
病院に駆け付けた父親は医者に頭を深く下げ、僕の手を引き、首にかけられた赤い宝石をいじりながら検査室を聞こえるかどうかくらいの声ででてこういった。
「ひとまずは成功だ」
その時は何のことか分からなかった。そして、それから僕は自分の身体に起きている“わずかな”異変に気付いたのは中学に上がって家庭科の授業中に起きた事件で完全に気付いた。
「やめなさい! 危ないからその包丁を置きなさい!」
家庭科の授業中、一人の女の子が包丁を振り回し暴れだした。先生が落ち着かせようと優しく声をかけるがまったく耳に入っていないのか、逆に女の子は激しく暴れだした。最初に狙われたのは包丁を持つ女の子の隣にいた糸井さんだった。彼女は恐怖のあまり暴れまくって逃げようとしたのが包丁を持つ女の子の癇に障ったのだろう。心臓を狙い、一刺しで殺してしまった。
「うわぁぁぁぁぁ!」
「きゃぁぁぁぁぁ!」
「みんな! 落ち着いて! 一度外に……」
その瞬間先生が狙われた。勿論、先生も混乱していた。だから、逃げることも動くこともできなかったのだろう。だから、僕が動いた。先生の前に気付いたら、前に立ち、刺されていた。
「ぐ、ぐぅ! かはっ!」
血は逆流し、嗚咽と共に口へと流れ、口には鉄の味が広がった。だが、それも一瞬で刺された包丁を持ち、引き抜いた。
包丁を軽々と腹部から引き抜く姿を見て、彼女は驚いたのか一瞬止まった。その瞬間に外から生徒が呼んできた先生に抑え込まれ、彼女は警察に連れて行かれた。
問題はそれで終わりかと思ったが、周りの生徒、僕が助けた先生は僕を見て固まっていた。そして、先生から一言。
「化け物…… あなたは人間じゃないわ!」
それから僕はいつも通り学校へ行けるはずもなく、他の田舎の学校へ転向した。勿論、そんなことしても意味がない事はすでに理解できた。ぼくは……
化け物なのだからと。
正確には“ただの死なない人間”だというのを最近気付いた。腕を切り落とそうが、足を焼こうが、心臓に杭を打とうが、頭に銃弾をぶち込もうが、痛みはあれど…… 僕は死なない。
「父さん。父さんは何か知っているんじゃないの?」
「……何を?」
「僕が死なない理由を」
「なんのことだ? 詳しく教えてくれ。死なないとはどういうことだ?」
どんなに追及しても父親は答えてくれなかった。だが絶対にこの秘密を知っているという確証はあった。
なぜなら事件のたびに父は暗い顔の後は口元が笑っていたから。そして、いつもの癖の一つである赤い宝石をいじる癖がいつものように出ていたから。
母親は高校を上がる直前に病気で死んだ。癌だったらしい。勿論、悲しかった。だが、どうしても死というものを理解できなかった。分からないのだ、死ねないから。
それから僕は普通に高校に入り、父親に話を聞くこともできず、独自で調べることにした。しかし簡単には不死の秘密には近づけなかった。どんなに調べても伝説的なモノばかりで、確証を得るにはあまりに不確定すぎた。
僕は国立の図書館で不死を調べていると一人の女性に出会った。みた感じ、僕と同じくらいの年か少し年上のようだ。
「もしかして…… 藤本くん?」
「どちら様でしょうか?」
「あはは、分からないよね。そうだな、包丁女っていったら分かるかな?」
僕はきっととても驚いた顔をしているだろう。目の前に立つ女性は中学の時に暴れ、僕に包丁を突き刺した少女、宮地優以だった。
外見は中学の時からかなり変わっており気付かなかった。髪は腰まで伸び、病的なまでの白い肌に大人びた雰囲気。おの頃の彼女からは想像もできない。
「あっ、そのごめんなさい。私に声をかけられても困るわよね」
「……いや、むしろ好都合だ。君に出会えたことはある意味チャンスだ」
「? チャンスというのは? ……あっ、そういうこと。つまり復讐をしたいってことね。いいわ、私はあなたにも周りにもひどいことをした。藤本君にならナニをされても受け入れるわ」
とてつもなく勘違いしているようで、面倒だったので一度図書館を出て、近くの公園に行くことにした。宮地は少々、声がデカい。周りの人に変な目で見られた。
宮地はあの後、やはり少年院に入ったらしい。しかし、その時の記憶すら曖昧のため、検査を繰り返しかなり早く生活に戻る事が出来たらしい。勿論、監視がついたりいろいろと大変だったらしいが、彼女はどういうわけかそこまで暗くない。確かにもともと暗い人間ではなかったとは思うが。きっと、一生懸命立ち上がり前に進んでいたのだろう。強い女性だと本当に思った。
「ちょっと藤本君。こんな人がいっぱいいるところで殺したら、すぐ捕まるわよ。ヤるなら森とか、誰も来ないわ、私の家とかで殺して!」
「君はバカか。殺したいなんて一度も考えたことない。なぜそんな考えになる」
見た目の割に知能は低いらしい。いや、天然というべきかもしれんが。僕はなんだかおかしくって笑っていた。
「! 藤本君ってちゃんと笑えるんだね。昔からあんまり笑っているところ見たことなかったから」
「ああ、僕はあまり笑うのが得意じゃないんだ。そんなに好きってわけでもないし、笑うの」
そんなふざけた会話をしていたが宮地はまた暗い顔で、
「こんなに君と笑いあえる日が来るなんて。私はあなたを刺して…… そういえば! あの時藤本君は……」
「死んでいないし、傷もない。僕は――不死身だからね」
不死身。自分で言っていて嫌になる。
「不死身…… 本当に死なないの?」
「ああ、何度も試した。確実に死なない。もし殺せるのなら、誰か殺してほしいくらいだ」
「なんでそんなこというの? とても便利じゃ…… ごめんなさい。そういえば藤本君はあの時先生に……」
一応、そういうことを気遣うだけの心得は持ち合わしているらしい。人は簡単に傷つく。僕はヒトではないが。
「別に気にしないでいい。あの事件のお蔭で僕は自分のことを知ることができた。その点に関しては感謝している」
「感謝だなんて。わたしは感謝されるようなことは何もしていない。罰ならいくらでも受ける覚悟だけど」
「では、罰ではないがあの時のことを質問していいか?」
「ええ、もちろん。でも何を聞きたいの? 私の錯乱理由とかかしら?」
なんだ、分かっているじゃないか。宮地があの時なぜ錯乱状態になったのかは僕の不死に関係があると思ったのは、ただ一つの可能性があったからだ。
話の結果、錯乱理由は実はよく分からないが実際の回答だった。あの時、包丁を持ったら突然、暴れたいと思ってしまったらしい。勿論、そんなことを考えたことが今までにあったわけではない。その時、突然いきなりだったという。確かに宮地優以はあの頃、普段から挙動がおかしいとかといったことはなかった。むしろ周りと馴染み、多くの友人に囲まれていた普通の少女だった印象がある。むしろ危険なら先生が包丁を持たせるわけがない。
「じゃあもう一つ聞くが、あの日の授業前、通学時でもいい誰かにあったり喋ったりしなかったか?」
「うーん。いや、その日は何も…… あっ」
「なんだ?」
宮地は何かを思い出したらしく黙りこみ、考え出した。多分記憶を整理しているのだろう。そして、まとまったらしく喋りだした。
「少し曖昧なんだけどいい? しかもその日のことじゃないんだけど」
「ん? どういうことだ。あの日より前のことか?」
「うん。私ね、あの日の前日、男の人に写真を見せられたの。“この子を知っているか”って」
「写真?」
「うん。それがその写真、藤本君が映ってるやつで多分藤本君のお母さん? も写っていた気がする」
多分いや確実にそれは父親だろう。しかし、写真を見せただけとは考えられないし。
「それ以外になにかしてこなかったか?」
「実はそこからの記憶がとてもぼんやりしていてね。気付いたら家にいたって感じで、あっ、でもその日はなんだかとても頭がスーってスッキリしていたわ。“頭の中になにもないみたいに”」
「……なるほど。そういう事か」
分かったことはすべて仮説で、可能性でしかない。すべて間違っているかもしれないが、今まで調べてきた事の内容よりも真実に近い気がした。
「な、なにが分かったの?」
不安そうにこちらを宮地は見つめてくる。
「宮地さん。君は…… 僕の父に操られていた可能性がある。このあとついて来てくれないか。そこですべてを明らかにするよ」
僕と宮地さんは僕の家、父親にいる書斎に向かった。そこには悠然と席すわり、本を読んでいる。
「命か。その子はどちら様かな?」
「父さんは覚えていないかい、この人の顔を」
父はこちらを向き、宮地をみる。
「こ、こんにちわ! いや、この場合はこんばんわ、か」
いや、今はそんな挨拶いらないから。僕は彼女の口を手で塞いだ。
「こんな綺麗な女性は出会ったことはないな」
「彼女の名前は宮地優以。どう、知らない?」
「みやじ…… ああ、命の中学の…… なるほど、これは懐かしい子を連れてきたな。どうしたんだ急に?」
あくまで知らないふりか。だが、この人は気づいていない自分が嘘を、隠し事がうまくないことに。
「父さん、僕はずっと調べてきた。自分のことを。不死のことを。そして、一つの可能性にたどり着いた。これには魔術が関わっている!」
「魔術…… そんなものがあると? マンガの読みすぎはいかんな。現実を見なさい」
「いや、ある。それは父さんが一番知っているんじゃないか。“バスを操り、宮地さんを操り、僕を死なないか”を実験をしていたアンタなら!」
父親はいつものように赤い宝石をいじりだした。顔もかすかに笑っている。
「惜しいな。残念だが、ハズレだ。正確には“何回生き返るか”を実験していたのだ」
「……どういうことだ?」
「命、お前は決して不死ではない。限りある命が普通より多いだけだ。それはこの“賢者の石”により可能としている!」
父は胸にある賢者の石を示し、強く握りしめている。賢者の石。石を金属にしたり、不老不死を可能とするという伝説の代物。
「そんなものが存在するわけないです。そんなものが本当に……」
宮地もさすがに混乱している。僕だって頭が痛くなりそうな現実を突きつけられているのだ。そうなっても仕方がない。
「だがあるんだよ。この世界には。神の代物が、こうして! しかし、これを自分に使うには危険があった。百パーセントの成功率なんてやらないと分からない。だからまず、お前の母親で験した!」
「母さんで、だと。どういうことだ。癌だったんじゃ」
「ちがう、副作用に耐えれず死んだのだ。この力を受けるにはある程度の若さと強い精神力が必要だった。だから、お前も絶対の成功なんてありえなかった。若さはクリアできても精神は調べようがないからな。成長していく過程でしか調べることはできなかった。だが、今のお前なら完全なる不死になることも可能だ。母の死に、涙を流さず! 友人の死を理解出来ずにいるお前なら! 傷つかない貴様なら!」
確かに、今の僕はロボットと一緒だ。誰かの死を泣いて悲しんだりすることはできない。
「できます!」
突然、うしろから声がした。それは僕の背中を強くたたきつけるように強い声だった。
「できます。藤本君は誰かの死を理解して、涙を流すことも。嬉しくて、誰かと共に笑顔になったりできます。だってちゃんと笑っていたじゃないですか。だから藤本君はきっと、いえ絶対できます!」
宮地優以の言葉はあまりに適当で勝手な発言だったが僕にはとても、響いた。
「私の野望は自らを不死とすることだ。お前たちみたいな実験材料に邪魔をされてたまるかぁ! この石の力で貴様らを世界から消滅させてやろう! そして私はまた一歩不老不死へと近づくのだ!!」
父親だったモノは僕たちに隠していたピストルを向けてきた。
「藤本君、逃げて!」
「いや、逃げない。僕は今死なないんだから」
もちろん、あと何回死なないのかは分からない。だが、今回くらいこの力で大切な人を救いたいじゃないか。母の死の理由を今まで気付けなかった。小学生の時は何も理解できず、中学では一人の女の子を救えず、一人は父のクソみたいな野望に巻き込んでしまった。その時の彼女を今、守れなかったら僕は自分を永遠に恨むだろう。
銃弾は一発、腕に当たった。二発、太ももに直撃。再生がまだ追いつく。三発、脳天に直撃。一瞬意識が飛びかけた。こんなことは初めてだ。つまり残りの命が少ないという事か。
「くそぉぉぉぉぉぉ! しねぇぇぇぇ!」
僕はさすがに学び、縦に走るのをやめなるべく当たらないように進んだ。勿論、後ろの宮地に当たらないことを確認しながら。
四発、床に着弾。五発、腹部に直撃。再生が緩やか激痛が走る。コレが苦痛!
「僕は生きているんだ!」
最後の一発であろう銃弾は撃たせない。僕は勢いよく身体をぶつけ、壁に押し付けた。そして、何度も何度も殴り、宝石を奪った。
「こんなものがあるからいけないんだ! こんなモノ壊してやる!」
「ヤメロォォォォォォぉ!」
僕は銃も奪い、石に向かって放った。
「そんなことで賢者の石が壊れるわけ……! なぜ!」
石はあっけなく壊れ、砂のように粉砕された。
これで、コイツの野望は終わりだ。男は完全に戦意を失っていた。
――その後、父だった奴を警察に来てもらい、連行してもらった。賢者の石のことを言っても信じてもらえるわけがないのでとりあえず銃で襲われたと伝え、銃刀法違反で連行してもらった。
僕らも一度、警察で事情聴取をされたがすぐに帰ることができた。
「どうして私が操られてるって思ったの?」
宮地は僕にあの時の答えを聞いてきた。
「それは簡単だ。頭がスーッとしたってことは何も考えることができない状態。つまり空っぽの思考にされたからだと思ったんだ。君の思考を遮断しヤツの支配下に置くにはそうする必要があったのかもしれないという可能性にたどり着いた。それにきっとあの時君は錯乱状態にされたのではなく僕を殺すという命令で動いていたはず。それを隠すために適当に暴れるようにも命令した結果がああいう結果になってしまったんだと今なら思う」
「じゃあ、最後にあの人が石を使わなかったのは?」
「怖かったんだろ。自分が使って失敗するのが」
あの人はきっとずっと怖かったんだろう。死というモノが。そこであの魅力的な石の登場で狂ってしまった。どうやって手にいれたのかは謎のままだが。
「藤本君はこれからどうするの?」
「そうだね。ついに家族といえる人が完全にいなくなったわけだし、適当にバイトしながら生活できるようになんとか警察と話をすることにするよ」
宮地は黙り込んだ。聞いてきたくせに返事すらないのか。
「――あっ、そうだ。なら、私と一緒に暮らさない?」
「ハァ!? オマエ、なにを言っているか分かっているのか?」
「うん。分かってるよ。大丈夫。私、一人暮らしだし」
問題しかない。コイツ、本当に頭が見た目の割に悪いな。
「それにね。私、藤本君のこと知りたくなったの。もっともっと知って笑ってばかりの一日を過ごさせてあげたいの」
宮地は恥ずかしげもなくそんなことをシレッといった。
「こんないつ死ぬか分からない化け物と生活なんていいのか?」
「ええ。藤本君には私が死ぬまで生きてもらうわ。そしていい人生だったって言ってもらうわ」
それはいわゆる……
「ハァ―。分かった。じゃあ、住む場所が決まるまでってことでいいかな」
「ええ、よろしくね!」
まさかの展開に僕はもしかすると……
「あっ! いいよその顔!」
――笑ってしまっているかもしれない。
これは僕こと“不死”という特異な存在の不思議でもなんでもない化物と人間の生活の始まりの物語。