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老将軍の栄光

作者: 沼津幸茸

 昔々、ある強くて豊かな国に一人の年老いた将軍がいました。将軍は幼い頃に一兵卒として軍隊に入ってから戦場で地道に活躍を重ね、とても優秀で忠実なことを王様に認められて将軍に任命された人でした。

 しかし、優秀で忠実であるのは将軍だけではありませんでしたし、いつの時代も頼りにされ、持て囃されるのは若い人達です。それでも引き立ててくれた王様が生きていた頃は日常のことから国の大事まで何かと頼られていましたが、王様が亡くなって王子様が新しい王様になると、もう年老いてしまった将軍はお払い箱でした。新しい王様は若い将校を将軍に取り立てて頼り、年老いた将軍のことは敬いはしても頼りはしなくなりました。重要な役目からも外され、仕事と言えば一番年長の将軍として儀式の場で挨拶をしたり他の国を訪問したりするくらいで、もう軍人として頼りにされることはなくなってしまったのです。朝早くから執務室に入ったはよいもののすることもなく、副官を相手にチェスをしたり、お茶を飲んだりするだけで終わる日も珍しくありませんでした。

 将軍はそれが面白くありませんでした。自分もまた新しい将軍と同じように年長の将軍を押しのけて出世したことはわかっていても、そこは人情ですから、なかなか心穏やかに受け容れることはできません。将軍はなんとか新しい王様の信頼を得られないものかとがんばりましたが、却って皆から馬鹿にされ、年寄り扱いされて笑われるばかりでした。

 そうしてとうとう、見かねた新しい王様と新しい将軍から、引退を勧められてしまいました。

 まだまだ働けると自分に自信を持っていた将軍は誇りをとても深く傷つけられ、休暇を願い出て許されると、そのまま家に引き籠もってしまいました。人々は心配になって将軍を訪ねましたが、将軍は誰とも会いませんでした。さすがに気が引けたのか、新しい王様や新しい将軍も見舞いに訪れましたが、やはり将軍は会おうとしませんでした。家に閉じ籠もった将軍が再び公の場に姿を現したのは一ヶ月も経ってからでした。

 将軍は安心した様子の新しい王様に、塞ぎ込んだ気分を晴らすための外国旅行を許してくれるようお願いしました。新しい王様はそれで将軍の気が晴れるならばと快く許しました。

 将軍は早速隣の国に出かけました。隣の国も将軍の国と同じくらいの大国で、二国は昔から戦を繰り返してきた間柄です。国同士の交流はありますが、決して仲がよいとは言えません。そろそろ次の戦争が始まるのではないかという声もありました。そんな国に将軍の地位にあるような人が旅行するなど普通のことではありません。しかし、新しい王様も新しい将軍も、国の人々は将軍が忠誠心に篤いことを知っていて、将軍のことを疑うなど考えられもしなかったので、誰も気にしませんでした。

 将軍は誰にも疑われることなく隣の国に入り、そのまますぐに王様に謁見を申し込みました。隣の国の王様は仲の悪い国の将軍などに会いたくありませんでしたが、名高い将軍が訪ねてきたということで渋々謁見に応じました。

 その場で将軍は誰もが驚くような提案をしました。後で自分を高い身分に取り立てると約束してくれるならば、自分の国の弱点と作戦を教えるので、ぜひとも次の戦争のときに我々の軍隊を蹴散らして国を征服してください、と隣の国の王様に言ったのです。将軍は自分の国への愛情も忠誠心もすっかり失ってしまっていました。長年国のため、王様のために尽くしてきたのに要らないもの扱いをされて深く傷つき、すっかり臍を曲げてしまったのです。

 隣の国の王様は忠実で知られる将軍が国を裏切るはずがないと思っていたので、口では感謝して約束を交わしましたが、本心では自分達を騙すための策略だと疑っていました。

 そして将軍が国に帰ってから少しして、二国の間で戦争が始まりました。お互いの国の王様が出陣するとても大きな戦です。

 将軍は約束どおりに軍隊の作戦を残らず隣の国の王様に伝え、こう動けば勝てると助言までしてしまいました。

 しかし、隣の国の王様はそれを信用しませんでした。それどころか、伝えられた情報や助言のとおりに軍隊を動かすと騙されて逆に負けてしまうと考え、将軍の勧めと反対の作戦を立てました。

 軍隊が動き出して実際に戦いが始まると、将軍と隣の国の王様は、それぞれの陣地で揃って首を傾げました。将軍は隣の国の王様が助言どおりに動いていないことに気づき、隣の国の王様は敵の軍隊が将軍の言ったとおりに動いていることに気づいたのです。

 軍隊の指揮を執っていた新しい王様と新しい将軍も驚きました。敵の軍隊が、まるで自分から勝ちを譲るような動きをしていたからです。いち早く状況を察した将軍は、今こそ攻め時です、と新しい王様に助言しました。新しい王様は将軍の勧めに従って軍隊を動かして敵の軍隊を蹴散らし、新しい将軍は敵の王様を捕虜にしてしまいました。

 今までにないほどの大勝利でした。軍隊を蹴散らされ、王様を捕まえられた隣の国はすっかり怖がってたちまち降伏してしまいました。

 誰もが喜ぶ中で、将軍だけは一人浮かない顔をしていました。折角の宴も早々と抜け出し、また休暇を貰って家に籠もるようになりました。皆にさすがは英雄と褒められるうちに、将軍は自分がしてしまったことの罪の重さに気づき、すっかり気持ちが滅入ってしまったのです。

 少しして将軍の家に王宮から使者が来て、新しい王様からの呼び出しを告げられました。将軍は、とうとう自分のしたことが新しい王様に知られてしまったかと思い、首を斬られる覚悟をして王宮に足を運びました。

 ところが、新しい王様は機嫌のよさそうな笑顔で将軍を出迎えました。新しい将軍も、気難しい大臣も、皆にこにことした笑顔で将軍を見ていました。

 いったいどうしたことかと戸惑う将軍に新しい王様が、お前が隣の国の王に手紙で作戦を知らせたことは本当か、と訊ねました。将軍は正直に、はい、そのとおりです、陛下、と答えました。

 すると新しい王様を始めとする人々の笑顔が更に深まりました。将軍はやはり何かがおかしいと思い、いったいどうしたのですかと新しい王様に訊きました。

 新しい王様の答えを聞き、将軍は心の底からびっくりして心臓が停まってしまいそうになりました。

 新しい王様達は捕まえて牢屋に入れた隣の国の王様から全てを聞いていたのです。新しい王様達の話によれば、事の経緯は次のとおりでした。

 戦いの終わった後、新しい王様は役人に命じて、牢屋に入れた隣の国の王様を尋問させました。そのときに隣の国の王様が将軍のことを話したのです。隣の国の王様は、将軍は裏切り者だとも言って、手紙などの証拠も見せました。

 しかし、それを聞いた役人も、役人から報告を受けた新しい王様や新しい将軍も、それ以外にこのことを知った人も、誰も将軍が裏切り者だなどとは信じませんでした。人々はきっと将軍はとても念の入った計略を練っていたのだと考えました。新しい王様は、偉大な計略のことを直接報告させてはどうかという大臣の提案に従い、将軍を宮廷に呼び出すことにしたのです。

 将軍は本当のことを打ち明けようとしましたが、皆があまりにも嬉しそうにしているので、とうとう言い出せませんでした。そこでせめて勲章や褒美を辞退しようとしましたが、無欲な人だと言われ、ますます評価が高まってしまいました。それは将軍にとってますます重荷となりました。

 そうして将軍は英雄として国中から讃えられるようになりました。けれども将軍は日に日に表情を暗くして元気をなくし、ついにはあれほど嫌がっていた引退を新しい王様に申し出ました。新しい王様はびっくりして引き留めようとしましたが、将軍の意志が固いのを見て取って引退を許し、これまでの尽力を讃える盛大な宴を催して将軍を労いました。

 引退から一月ほど経った頃、ずっと家に籠もっていた将軍はとうとう体調を崩してしまいました。長く病床に伏す将軍を皆が心配して見舞いに訪れ、挙って良い医者を紹介しましたが、目立った効果はなく、ついに将軍は息を引き取ってしまいました。新しい王様も新しい将軍も気難しい大臣も、それ以外の人々も、誰もが将軍の死を嘆き、国中が悲しみに包まれました。

 そして将軍の死から数年後、新しい王様は隣の国を併合して帝国を作り、初代皇帝に即位しました。初代皇帝が皇帝として最初にしたことは、将軍を遡って帝国の初代元帥に任命し、その銅像を建てることでした。反対する者は誰もいませんでした。政治のことを後回しにされた気難しい大臣も、そのときに一番力のある軍人だった新しい将軍も、誰もが皆心の底から納得して、もう亡くなってしまった将軍の名誉を喜びました。

 こうしてずっと忠実に生きてきた将軍は、この世で最も偉大な帝国の長い長い歴史に、最も偉大な英雄として、最も輝かしい名誉とともにその名を刻み込むことになりました。

 誰も彼もが将軍を讃えました。

 誰も彼もが将軍を讃えます。

 いつまでも、いつまでも。

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