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《君の名は?》 ~煙草と清酒のある風景~

長い夜になりそう

作者: 白い黒猫

 山内 詠さんの「おうちでごはん」の企画に参加させて頂きました。

 コチラに出てくるカップルは『私はコレで煙草を辞めました?』という連載中の物語に出てくる登場人物です。本編しらなくても、まったく大丈夫な内容なので、お気楽に読んで頂けたら嬉しいです。

 なんでこんな事になったのか? チョット前まで楽しく部屋で一緒にご飯を食べていたというのに。グッタリと私の部屋の中で倒れている恋人を前に呆然としていた。

清酒(せいしゅ)さん! 清酒さん!! 大丈夫? 目を開けて!」

 顔は目の前で倒れている清酒さんの名を呼ぶけれど、呼びかけても返事はない。私は震える手で電話を手にとり119に電話をする。

「あ、あの、せ、清酒が倒れて起きないんです! どうしたらいいの!!」

 動揺して相手にとって意味不明な言葉を言う私に、消防局の指令課員は冷静に落ち着くように呼びかけてくる。

『いいですか? まず深呼吸して! 貴方の名前、今いるところを教えて下さい。そして落ち着いて今の状況を説明して下さい』

 私は言われた通り深呼吸して、横にいる清酒さんの頬をそっと撫でる。大丈夫呼吸している、まだ生きている。少し落ち着く。

「わ、私、煙草(たばこ)わかばと申します、芽吹町の六丁目にあるリーフというアパートの三零五号室です。恋人が突然倒れてしまって。恐らくは急性アルコール中毒だと……」

 私の所為でこんな事になったんだという後悔と、清酒さんに対する申し訳なさで涙が込み上げてくる。

『その恋人さんは、今どのような状態? 意識はある? 呼吸は乱れていない?』

 私は鼻が付きそうな距離まで顔を近づけ、清酒さんの様子を確認する。呼吸は……ちゃんとしているようだ。そっと頬をなでるとなんか熱い。

「意識はないです。でも呼吸はいつもより荒い感じがします。それに身体もなんか熱いです」

 私は清酒さんとその距離のまま、電話で報告をする。

『叩いたり、呼びかけにも反応はない?』

 私は清酒さんの頬を恐る恐るペチペチと叩いてみると、眉を不快そうに寄せるけれど起きることはない。

「叩いたら眉を寄せたりしますが、起きません」

 どうしようか? このまま目を覚ますことがなかったら。そう思うと身体が震えてくる。

『ところで、その方は、どのくらいお酒を飲んだの?』

 その質問に私は改めてテーブルの上に並んだ料理に視線をやってからフーと息を吐く。

「いえ、お酒は飲んでいません」

 私なりに伝えた正確な情報だったが、電話の会話に無言の間が出来る。

『は?』

 そんな声を上げる指令課員に状況を説明し始める。

 今日は、付き合ってから初めて恋人である清酒さんが私の部屋にやってきていた。新しいパソコンを私が購入した事もあり、そのセットアップを手伝ってもらうというのが理由。決してより踏み込んだ関係になりたいからと招いたわけではない。

 一緒にパソコンを買いに出かけて、一緒に部屋に戻ってからのセットアップという状況で、大した料理が作れたわけではなかった。そこまで料理の腕に自信があるわけではない私は、恋人がリビングにいる状態でチャチャっと気の利いたお洒落で手の込んだものを作る自信はない。まあ一人暮らしだから普通に料理は作れるけれど、恋人に初めての手料理というと緊張もあり、普段ならしないミスをしそうである。しかも清酒さんがデートで連れていってくれるお店は美味しい所ばかりである。そんな舌が肥えている人に何を手料理を食べさせるというのはプレッシャーである。かといってお洒落な新しいメニューを試すというのも危険なモノがある。そこで、今まで部屋に来た友人にも評判はよく、前の日から準備も出来る事から失敗する確率も低い料理を作ることにした。

 私が作ったものは以下のもの。

 煮豚(豚ロースを長ネギと生姜で煮て、そのブタを取り出してスライスしたモノをお皿に綺麗に並べて、みじん切りのトマトの入ったマヨネーズソースとオニオンソースを添えたもの)

 上記の豚ロースの煮汁で作った卵スープ。

 冬瓜と干し海老を一緒に煮たもののあんかけ

 アボガドとカニかまのサラダ

 ご飯

 出来映えは悪くはなかった。そんなに華やかな料理ではないけれど、並べてみても赤緑黄が配されていて彩りもまあまあ良い感じ。清酒さんも料理をみて喜び、食べて美味しいとも言って笑ってくれた。楽しい食事の時間が始まった筈だった。

 嬉しそうに食べてくれていた清酒さんが手を止め、突然首を傾げ口に手をやる。

「あのさ、このソース、もしかしてお酒か何か入ってる?」

 私はよくぞ気が付いてくれたと、ニッコリと笑い頷く。大人の味ではあるけれど、友達にも『コレは初めて食べた味だけど結構美味しい』と言って喜んでもらえるソースなのだ。

「コレ赤ワインに摺り下ろしたタマネギ混ぜて醤油で味を整えて仕上げたソースなの!」

 しかし、清酒さんは顔を顰め手で顔を覆う。

「ゴメン、少し酔ったみたい。チョット横にならせて」

 と言ってそのままグッタリと意識をなくてしまったのが今の状況なのである。清酒さんがお酒に弱いのは知っていたけれど、ソースの調味料として使用したワイン程度でこんな状態になるとは思わなかった。たしかにワインをアルコールを飛ばすこともなくそのまま使う料理ではあるが、我が家では子供時代から実家の食卓に並んでいた料理だった。


 私の必死の状況説明に、指令課員は『あ、あ~』という曖昧な反応を返してきた。しかし、外からの刺激に対する反応があり、呼吸にも問題はないので危ない事はないだろうという意見を述べ安心するようにと言ってくれた。急性アルコール中毒患者の応急処置の仕方を丁寧に指導してその電話は終了する。


 私は清酒さんを横向きに寝かし回復体位をとらせる。首もとのボタンはもう最初から外れていたけれど、念のため全部外しておき、楽になるようにベルトを抜き取りズボンもボタンを外しておく。そしてブランケットを取り出し清酒さんの身体にかける。する事も無くなり状況に何か変化があったら大変とジッと横で坐り込んで、ただ見守る。怖いからブランケットから出ていた手を握る。その手が暖かい。


 どこかの文章で、人間の手は人を癒す能力があるなんて事を聞いた事があるのを思い出す。私はもう片方の掌を清酒さんのおでこにあてておく。

 目を閉じたままの清酒さんを見守っていると、どんどん不安になってくる。本当に大丈夫なのだろうか? このまま目を覚まさなかったらどうしよう。私が一生かけて償う決意も固める。


 一時間くらい経ったときに、清酒さんは顔を顰め『ム、ンン』という言葉が口から漏れる。私は思わず清酒さんの名を呼ぶ。清酒さんの目がゆっくりと開いてくる。その目がボンヤリとしたものから意識をシッカリしたものに変わっていくのを確認して、私の中で安堵感が吹き上がっていき、涙が溢れてくる。


 清酒さんはそんな私にビックリしたように起き上がる。

「タ、タバさん。どうしたの? え、と、ゴメン寝てしまって。怒ってるの? あの、泣かないで」

 私は、彼が喋った事も嬉しくて私は泣きながら清酒さんに抱きつく。

「もう、このまま清酒さんが死んじゃうんじゃないかと思った」

 清酒さんは苦笑して、『イヤイヤイヤ』と言い、宥めるように背中を撫でてくれる。

「いや、大丈夫。俺、酒ウッカリ飲んでしまっても一時間くらい寝たらすぐ戻るタイプだから。それに急性アルコール中毒になる程にまでの量も飲めない体質だから」

 私はブルブルと顔を横にふる。

「そんなの、量ではないかもしれないじゃん。私の所為でこんな事になって」

 泣きじゃくっている私を清酒さんは撫でてくれる。

「いや、俺が格好悪すぎるだけだから。コレくらいで潰れるなんて。タバさんは何も悪くないから。もう大丈夫だし」

 私は涙を流したまま頷く。抱きついていた清酒さんの胸の暖かさにホッとしていた。

「もし、このまま目覚めなかったら一生私が面倒みるという覚悟までしてたんだよ。それくらい心配してたの」

 私は少し落ち着き、清酒さんに向き合う為に身体を離し、手で涙を拭う。視線を上げると『へえ~』と言いながらニヤ~と笑う清酒さんの顔がそこにあった。

「一生面倒みてくれるんだ」

 私はそこで、自分がかなり恥ずかしい発言をした事に気が付いた。

「で、でも、もう無効だから! ソレは、せ、清酒さんが生還したから!」

 必死で否定する私を、清酒さんは目を細め笑ったまま私を見つめている。

「生還って……でも、タバさん責任は感じて、悩んじゃってるよね?」

 私はその言葉にコクリと頷く。お酒に弱いというのを知っていながら、深く考えずにワインをそのまま使ったソースの料理を食べさせたのである。

「そんな必要ないのに……ならばさ、キスしてくれない? それで今回の件はもう終わり! もう気にしなくていいから。それでいいよね」

 私はその言葉に一瞬固まる。一応恋人同士という事になっているけれど、まだお互いお試し期間という状況で実は手を結ぶ以上の事はまだしていない。理由は私がひたすら逃げていたことにある。清酒さんの事は好きだけど、それ以上の関係に進んでしまう事が怖いからだ。清酒さんが怖いというよりも、私の気持ちが引き返すことが出来なくなりそうで怖いから。夢中になって、駄目になってしまったら? というネガティブな考えが心の隅っこにあり、それが私を足踏みさせていた。

 戸惑っているとニッコリ笑ったままの清酒さんが近付いてくる。

「え? あの、清酒さん?」

 思わず後ずさる私を、清酒さんの伸びてきた手が捕まえる。しかも背後がソファーだった為に、それ以上後ろに行く事も出来ない。ゆっくり近付いてくる清酒さんの顔に思わず目を閉じる。お詫びのキスって、ただチュっと触るだけのものと解釈していたが違ったようだ。思ったよりも深く長いキスに私は呆けてしまう。唇が離れたところで目を開けると前をはだけ、かなりあられもない格好の清酒さんの姿が見える。そんな格好にさせたのは私の筈だけど、改めてその姿に気が付き顔が真っ赤になるのを感じた。

「顔が真っ赤だね。タバさんがお酒に酔っぱらっているみたいに」

 清酒さんはそう言って笑い、再び顔を近づけてくる。お酒じゃなくて、清酒さんの存在に赤くなっているだけである。

 私はボウっと清酒さんを見つめていたために抵抗することも忘れて再びキスを受け入れてしまい、順番が逆だけど目を瞑る。


 なんか今夜は、私にさらに想定外の事故が起こりそうな予感というか、確信がするのは気のせいだろうか? 密着した清酒さんの身体から熱さが私にも移ってくる。私は清酒さんの背中に手を回しギュッと抱き締めた。


※注 残った手料理は、次の朝、二人(スタッフ)がちゃんと美味しく頂きました。(オニオンソース抜きで)

こちらのオニオンソース、赤ワインに摺り下ろしたタマネギを混ぜ醤油を少量いれたたけのもので、実際我が家に登場している料理です。ネギ好きには、溜まらない味になっています。もしお酒に弱くなければお試し下さい。


本編においても、同じ内容のイベントはおこりますが、作者がこれを書いていた当初の想定よりも煙草さんの清酒さんに対する想いが高まっていた為に、かなりニュアンスが変わった状態で表現されています。

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