問いと答え
「それで、お前さんの取り戻したいというその哀れな若者はいつ連れ去られたのじゃ?」
「ちょうど二日前の戦闘で、ここから西に一日ほどの場所です」
「距離や場所は関係ありゃせんよ。奴らはどこの戦場にも現れる。問題なのは日にちだけじゃ」
そういうと、老人はテーブルに積まれた本の間に挟まれた紙を慎重に抜き取り、テーブルに残されたわずかなスペースに広げて見せた。
「ヴァルキュリアは各地の戦場へ行っては戦死者の魂をその剣の柄に取り込み、蓄える。そして魂が充分に集まったところで、ヴァルホルの門をくぐり、死者をエインヘリャルとして酷使するのさ」
広げられた紙はどうやら地図らしかったが、書き込まれた奇妙な言葉や記号の意味は俺にはさっぱり分からなかった。
だがそれを指し示しながら、老人は話を続ける。
「さらわれた魂がエインヘリャルとなるにはヴァルホルの門をくぐる必要がある。そこが肝さね。ヴァルホルの門をくぐる前に奴から死者の魂を取り返せれば、お前さんのお仲間は晴れて自由の身だ」
一瞬言われた言葉の意味を理解しかねた俺の表情を見て、老人はとっさに察したか、付け加えて言った。
「つまりだ。奴らの手から逃れることが出来れば、少なくともまっとうな死を迎えられるってことじゃよ。死者の国へと旅立てる。分かるかね?」
俺が納得して相槌を打つと、老人も同様に相槌を打つ。
なるほど、つまり俺は死して死者の国でグラドと再会できる希望を得られるわけだ。
上等だ。なにより、先に死んでいったエダとグラドをあの世とはいえ、再会させたいという願いもある。
甲冑姿の悪たれ女にグラドを掠め取られたなぞとは、口が裂けてもあの世でエダに言えるわけが無い。
「さて、そこで問題だ。お前さんのお仲間をさらっていったヴァルキュリアは一体どいつなのか。なにせヴァルキュリアはけっこうな数がおるからな。それをまず特定せんことには話しにならん」
言うと、積み上げられた本の中から無造作に一冊の本を引き抜き、無数に挟まれたしおりを頼りにどうやら目的のページを開いたようで、しばらく目を細めて本に見入ったと思うと、顔を上げた老人はなにやら納得したような顔で俺を見つめた。
「お仲間がさらわれたのが二日前、つまり五月十二日の木曜。この日に活動していたヴァルキュリアは運のいいことにたった一人じゃ」
手に持った本の、たった今読んでいたらしき文字の列を俺に指し示す。
「スカルモールド。それがお前さんの目指すべき仇の名じゃよ」
「スカルモールド」
老人の言った名を無意識に繰り返した。
スカルモールド…。それが俺の今生きる張り合いというわけだ。
続いて、老人は先ほど広げた紙を再び指し示すと、今度は俺にも分かるように地図の内容を説明してくれた。
「この地図はヴァルキュリア達の言わば行程表じゃ。どのヴァルキュリアがどの道を辿ってヴァルホルの門をくぐるかというな」
「道を通って?」
「ああ、ヴァルキュリア達は死者の魂を集めてもそのままヴァルホルに行けるわけじゃない。特定の道を通って、ユグドラシルの根元に近づく必要があるんじゃよ」
ユグドラシル、天まで届くといわれる巨大な樹。世界樹。そんなものがあると話には聞いていたが、まさか実在するとは思ってもいなかった。
無論、ヴァルキュリアを実際戦場で目撃した今となっては、何があろうとちっとも不思議には思わなかったが。
「天に昇り、ヴァルホルに向かうにはそれなりの手間がかかる。言わばそれがお前さんに与えられる時間的猶予となるわけさね」
「猶予というのは…、具体的にはどれくらいですか?」
「スカルモールドの日程から計算して、ユグドラシルへ向かうのは約二週間後。そしてこちらが奴を追った上でルートにぶつかるタイミングをぎりぎりまで遅らせ、稼げる時間は大体…」
テーブルの表面を爪で掻きながら老人は少し考え込むと、
「今日を含めて十三日といったところじゃ。だが、相当急ぐ必要があるぞ」
言い終わると、老人は素早くまた一冊の本をどこかから引き抜くと、極めて険しい顔で俺に尋ねた。
「確認するまでも無いとは思うがお前さん、もちろん死ぬ覚悟は出来ておるんじゃろうな?」
何を今更という気持ちもあったが、そこは老人の気迫に合わせ、こちらも鹿爪らしい顔でゆっくりとうなずいて見せた。
老人もまた、満足そうにうなずいた。