真実
家の中は外観とたがわず、かなり大きな家だった。壁や床の所々が痛んでいる以外はひとまずまともな家だ。
間取りを考えると少々狭いと感じる玄関前の廊下をまっすぐ奥へと案内される。
途中、目に付いたドアの数からもその広さが伺えた。
「ここに客人を入れる日がくるとはなぁ」
老人はクスクスと愉快そうに笑いながら、突き当たった最奥のドアを撫でた。
ドアの左右にはこれまでのドアとは違い、古びた本や殴り書きしたような妙なメモが乱雑に積み上げられ、昼間とはいえ、明かりを取り入れる窓もほとんど無い家の構造のせいで、まるで地下室のような薄暗さも相俟って、そのドア前はなんとも異様な雰囲気が漂っていた
一瞬たじろいでしまった俺の動きを知ってか知らずか、老人は鍍金のほとんど剥がれた緑青色のドアノブを掴み、玄関の時と同様、豪快に開け放った。
押し開かれたドアの向こうは、広い部屋の壁一面を本の棚で覆われ、中央に置かれた古いが丈夫そうなテーブル、その上にこれまた乱雑に積み上げられた様々な本とメモの山。それらをテーブル中央に置かれたランタンがぼんやりと照らし出していた。
老人は部屋の隅からもはや本置きと化していた丸椅子を引っ張り出すと、テーブルの前に置かれていた老人用と思しき椅子の隣に無造作に置き、ぽんぽんと椅子を叩く。俺に座れというのだろう。
促されるまま、俺は椅子に腰掛けると、老人もまた自分の椅子に腰掛けた。老人との距離はまさに鼻を突き合わせる程度だ。
相変わらず、老人はたいそう機嫌がいい。
終止笑顔のまま、俺の顔を覗き込んでいる。
どうも老人から話を切り出す様子が感じられなかったためか、それとも俺自身が多少焦っていたせいか、もしくはこの場の沈黙が正直不快だったせいか、なんにせよ俺は話の口火を切ろうと口を開けた。
刹那、老人はただでさえ近い顔をさらに近づけ、いきなり怒涛のように語り始めた。
「お若いの、あんたはヴァルキュリアをどう思うね」
「え…?」
「ヴァルキュリアはな、戦場で散った者達の中から気に入りを見つけると、ヴァルホルへと引っ立てていって、神のために戦う戦士にさせる、言わば奴隷狩り女さ」
老人の目には歓喜と、なぜか憎悪が浮かんでいる。
「奴隷狩り…?エインヘリャルは奴隷ですか」
圧倒されつつも、老人の話の疑問点に問いを出す。
「ああ、ああ、ああ」
老人は髪を振り乱すようにうなずくと、テーブルを軽く拳で叩いた。
「奴隷さね。そう、神の奴隷だ。死んでなお永久に戦わされ続ける哀れな奴隷だ。
ヴァルキュリアはその調達係ってわけじゃよ」
正直、愕然とした。
実際には信じていなかったことを差し引いても、今までは少なくとも死してエインヘリャルとなることは戦士の名誉だと聞いていたし、俺もどこかでそういう考えを持っていた。
だが思い出す。
戦場で実際にヴァルキュリアを見た時のあの嫌な感覚はなんだったんだ?
グラドがヴァルキュリアの差し出す剣を掴もうとしているのを見て感じた恐怖心は?
死んでいくグラドがエインヘリャルとなれるなら、それはせめてもの慰めではなかったのか?
戦場では混乱していた俺の精神は、ことここに至ってようやく冷静に自分の感じていた数々の違和感にまっとうな疑問を抱き始めた。
「エインヘリャルとなったものは死後も安らぎを得ることは無い。ただ戦い続けるのさ。永久に、永久にな…」
老人の言葉が俺の疑問を確信に導く。
独り言のように呟かれる老人の言葉のひとつひとつが、俺の為すべきことを明確にしていくようだった。
そして、
「エインヘリャルを…死者を奴らから取り戻す方法をご存知ですか?」
俺の答えは固まった。
断言するような口調で老人に質問する。
すると、今までは心ここに在らずといった感さえあった老人の雰囲気が一変した。
老人は強い視線で俺を見つめると、しっかりとした声で言葉を発した。
「話は少々長くなるぞ。覚悟しなされ」
俺は無言でうなずいた。