縋るべき藁
老人の住いを探し出すのはそれほど難しくなかった。
なにせ町ではかなりの変人として有名らしく、その気になれば誰に聞いても老人に関する情報が手に入ったからだ。
町の裏手にある寂れた通りに、件の老人の住いがあるということで、俺は急ぎそこを目指した。
実際に家にたどり着いてみると、そこは想像しているよりもずいぶんしっかりとした家だったことに驚いた。
なにせ神に喧嘩を売ろうっていう変人の住いだ。人一人入るのがやっとの掘っ立て小屋でも驚かないつもりだったが、これは逆に予想を裏切られた。
「すみません」
ノブ以外何も無い木製の質素なドアを軽く数度ノックしながら、中に向かって声をかけた。
「どなたかおられますか?」
続けて呼ばわりながらドアを叩く力を少し強める。
すると、しばらくして中から床板の軋む音が近づくのが聞こえてきた。
ほどなくドアが薄く開けられ、その隙間からくせ毛の白髪を伸ばし放題にした小柄な老人がこちらを覗き込んだ。
「どちらさんだい?」
明らかに訝しげな顔をして老人が尋ねた。当然といえば当然のことだ。これだけ町中の人間に変人として認知されているものが、特に見ず知らずの男が尋ねてくれば不審がるのが自然だ。
とはいえ袖にされてはせっかく訪ねたものが、ふいになって困る。
なにせ今現在、俺の人生はこの老人にかかっているといっても決して大げさではないのだから。
「実はヴァルキュリアのことについてご相談したいことが…」
それはまるで先ほどの自分を鏡で見るような感覚だった。
老人はヴァルキュリアという言葉を聞くやいなや、今まで面倒そうに開けていた半眼をかっと見開き、次の瞬間には満面の笑みを湛え、勢いよくドアを全開にした。
「なんじゃ、そういうことならさっさと言いなされ。ささ、早う中に入られや」
促されるまま、俺は老人の家のドアをくぐった。