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ヴァルキュリア  作者: 花街ナズナ
4/15

絶望の始まり


その時、

俺は限界を超えた精神の中で奇妙な違和感を覚えた。

グラドがなぜか右手を虚空に差し伸べている。

断末魔の精神の混乱が成せる行為とも思えたが、不思議とその行動にははっきりとした意思を感じた。


まるでなにかを掴もうとしているように伸ばされる腕。


そして俺は確かに見た。

その手の先に、豪奢な剣の柄があるのを。


そしてその剣を持っている者。

それは確かに甲冑に身を包んだ女の姿をしていた。

兜から流れる長い巻き毛の銀髪が風に舞い、顔は判然としない。


ヴァルキュリアだ…。


戦場を駆る戦乙女。

女戦士に化生した死神。

戦死者の館、ヴァルホルへの導き手。


話には何度も聞いていた。

戦死者を選りすぐり、神々の軍隊、エインヘリャルに加えるそんな存在の話は。

だがまさか本当だとは考えてもいなかった。


しかし実際、今俺の目の前にはそれが実在し、そしてそいつにグラドは手を伸ばしている。

たまらなく不思議な気持ちだった。

なぜなのか、理由は全く分からないが、とてつもなく不吉な感覚が俺の精神を満たしていた。

もはや確実に死ぬ運命にあるグラドにこれ以上、どんな災難が有り得るのか?

そんな考えももちろんあった。

だがそんな理屈を撥ね付けるように、俺の心は言いようの無い不安感でいっぱいになっていた。

なおも手を伸ばすグラドに、ヴァルキュリアはさらに柄を差し出していく。


するとついに、俺の本能が叫び声を上げた。

(だめだ!)

(それを手にしたらだめだ!)


もはや声も出せなくなっていた俺は心の中でグラドに叫び続けた。


すると次の瞬間、状況が一変した。

グラドの胸を貫いた敵は、さらに抜き取ったその剣で伸びきったグラドの右腕を切り飛ばしたのだ。


とっくに限界を超えたはずの俺の心がまた叫び声を上げる。

純粋な狂気に自分という存在が全て塗り替えられていくような恐怖。

ああ、人ってやつはどこまで狂うことが出来るんだ?


完全に狂気に支配された俺の目に、だが一瞬の正気を戻らせる奇怪な光景が写りこんだのはまた次の瞬間だった。


切り落とされたグラドの右腕は血しぶきを上げながら、何故かなお落下することなく、空中を滑るように差し出された剣の柄へと向かってゆくと、それをしっかりと掴んだ。


一瞬、一瞬のうちに目まぐるしく変化してきた状況が、ついに最後の時を迎えた。


今までまるで間延びした時間の中にいるような錯覚を感じていた俺は、突然猛烈な時間の加速を感じた。

空を飛び、柄を握ったグラドの腕を最後に、俺の目はしばらくなにも捉えることができなくなった。


ただ感じたのは、凄まじい風とそれによって巻き上げられた砂、土、数多の戦士たちの血。

そして、煙る視界がようやく収まり始め、俺の目がその用を成すようになったときには、すでにそこにグラドの姿は無く、ただ、俺たちを取り囲んでいた敵兵達の無残に切り刻まれた姿があるだけだった。


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