エピローグ
正直、自分でも大したものだと思った。
これだけの傷を受けてまだ生きている。
そして歩いている。
今やちょっとした段差さえ登るのも困難になった状態で、バルタは酒場跡の中まで戻ってきていた。
すでに足がふらついているのか、意識自体がふらついているのか分からないまま、来た時と同じ椅子に腰掛けた。
座った瞬間、べちゃっと嫌な音が響いたが、それはズボンにまで染み入った血の音と気づき、少し笑った。
左手首の出血はほとんど止まっていたが、胸から腰辺りへの傷と左肩の傷からはなおも溢れるように鮮血が流れ出ていた。
特に左肩の傷は肺にまで達しているらしく、度々喉に血が込み上げる。
右手は出血こそ無かったが、傷はひどいものだった。
長時間、白炎にさらされていたために指先はほとんど炭化し、感覚も肘の少し下辺りからしか無い。
といっても、感覚すなわち痛覚であったりするわけで、出来ることならいっそ綺麗さっぱり無いほうが有難いとも思えた。
大分意識が遠のいてきた。
最期の時もそれほど先ではないだろう。
やるべきことをやった今、その訪れにいささかの文句も無い。
(グラドとエダも待ってることだしな…)
少なくとも大きな思い残しが無いことを確認し、安心すると同時に、ふと頭をよぎることがある。
果たしてスカルモールドはこの先どうなるのやらと。
腐っても神の使いたるヴァルキュリアが人間風情にこんな失態を演じたとあっては、一体どんな処遇が待っているのか?
他人事とはいえ、何とはなしに気になった。
とはいえ、少なくともそれは瀕死の男が心配するような問題ではないなと考え直し、口に溜まった血を吐きつつ、足元の床に目をやった。
乾いた床板が流れ出る自分の血を貪欲に吸うさまを見て、なぜかうつむいたまま笑ってしまった。
外は風が強くなってきていた。
主も無く立ち込める土煙。
突風が壁板を叩く。
そして、
やがて日が暮れようとしているこの町で、うつむいた男は静かに呼吸を止めた。