はじめての謁見
何だか穏やかじゃない会話が続いている。
「恐れながら、自身こそがこの魔界の王だと主張しております」
「……少し留守が長過ぎたか。これ以上図にのられて和を乱されるも厄介だ。……潰すか?」
ダーリンが魔王をやっています。
玉座の手摺に気だるげに膝を付き、見下ろすような横柄な態度のダーリン。跪き胸に手を添えながら謙虚な姿勢の元侍従長。
力関係が一目瞭然なこの図は、始めこそ驚いたが、まさしく王者の貫禄がでているダーリンをみて納得した。背中越しでもビリビリ感じる威圧感は上に立つ者特有のものだ。
そんなブラックなダーリンも素敵ぃー!
「にゃー!」
おっと、興奮の余り思わず鳴いてしまった。
今までの張りつめた、どこか好戦的な空気があっという間に消えてしまう。
あ、どうぞ。
あたしに気にせず続けて下さい。
今のあたしはただの猫。魔王陛下のにゃんこでございます。
だから物騒な話なんて、関係ない関係ない。
「おや、もしやそちらが噂に聞くレディ様ですかな。せっかくですので挨拶をお許し頂けますか?」
そうそう。
実は魔界でのあたしの名前は、『レディ』だったりする。
更に説明すると、付けたのはダーリンではなく宰相さんだったりする。
身体中余すところ無く傷だらけだったあたしは、ダーリンと再会して気が緩み、そのままぐっすりと寝てしまい、気が付いたらダーリンの寝室だった。
しばらくダーリンの寝室で怪我の養生をしていたのだが、どうやらその時に、ダーリンは寝室を入室禁止令を発足したらしく、疑問に思った宰相さんが乗り込んできたのだ。
「一体どんな淑女が貴方を虜にしたのかと思えば、これは……」
ボロ雑巾のようなあたしを見た、宰相さんの第一声がそれだったのだ。
まさかそのまま名前になるとは思わなかった。
……誰もが一度は子どもの頃に親に隠れて生き物を拾い、自分の部屋で匿ったりするけれど、まさか魔王陛下にまで当てはまるとは思ってもみなかった。
そんな子供っぽいダーリンも大好きですが、何か?
あたしが軽く現実逃避しているとダーリンはゆっくりと頷き、玉座を立った。
え、なんでそこでいきなり立つの?
天下の魔王陛下を差し置いて、ふかふかかつ、ゴージャスな玉座に一人だけ座るだなんて、何て恐れ多い。
だが、まさかの魔王陛下の起立にあたしは対処しきれず、いきなり消えた温もりに身体は丸まり、いつもピンっと立った耳は情けないくらいに頭にぺちょーんとなった。
謁見の間にいるのは、ダーリンとあたしと元侍従長だけではない。
実は護衛の人やら、侍従のひとやら沢山いてるのだ。彼等の視線が一斉にあたしに集まる。
しかも、そのほとんどが角が生えてたり鱗がついてたり、一番怖いのは爬虫類の顔で舌舐めずりした人だ。一度だけだったけど、しっかり見ましたよ。美味しそうなんですか、あたし。
「……ミィミィ」
緊張で口を何度かぱくぱくし、やっと出た鳴き声が、コレだった。
ぁぁぁあああ、恥ずかしくって穴に入りたい! あたしぃっっ
いちおう、これでも成猫なのにぃ!
甲高い子猫のような鳴き声が広間に響く。
助けを求めるようにダーリンに向かって鳴いたのに、肝心のダーリンはあたしを見てるだけで助けてくれない。
あの婚約時代に、あたしを見かける度に顔を綻ばせて寄ってきたダーリンは一体どこに行った?
実際に、今の魔界でのあたしの現状は放置に近い。
たまにダーリンが気が向いたときだけ、壊れ物を扱うようにそっとあたしを撫でてくれるだけだ。
今のダーリンはあたしを見かけても、寄ってくるどころか目を細めるだけ。それも愛情じゃない。例えるのなら観察のそれに近い。
あたしが“猫”だからではない。
例え、“人”のままだとしても、恐らくダーリンは同じく視線を寄越したことだろう。
ダーリンは、何故かあたしとの愛のメモリーだけ、綺麗さっぱりと忘れてしまっていたのだから。
チクリと胸が痛む。
「ほっほっほっ、そう固くならなくとも。私は魔神六柱の一角を担っておりますネメシスと申します。以後お見知り置き下さいませ、レディ様」
猫にまで丁寧に挨拶をしてくれるなんて、さすがダンディーかつ紳士だ。お陰で少し雲行きの怪しかった心中が晴れる。でも、子どもの名付け親の権利は譲りせんよ?
「レディ様のお陰で魔界は晴天続き。穏やかな日々が続いております。僭越ながら魔界の住民を代表して、この場でお礼申し上げます」
?
よくわからないけど、晴れ女、もとい晴れ猫ってこと?
「今回は急な場でしたゆえ、気が利かず申し訳ない。レディ様は最近地上から来られたとお聞きしましたが、魔界の魚……、ドン・グラなどはもうご賞味なさいましたかな?」
なにそれ、美味しいの?
「ほっほっ、どうやらレディ様は気になるようですな。それでは次回に持参致しましょう」
あたしへの謁見? も無事に終わり、再びダーリンが玉座へと戻る。
玉座とダーリンの隙間はやっぱり安心する。安心するが……
助けてくれなかった怨みを込めて、ダーリンに初めて猫キックを食らわした。
ちょっと痛そうに身動いたダーリンに少し溜飲を下げた。