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人の振り見て、我が振りを…



『にゅぎぎぎぎっ!』


只今あたし、すごく奮闘中。

口をがっちり封鎖する口輪は相変わらず外れはしないが、よくよく檻を観察して気付いた。どうやら仔虎ちゃん用にあつらえられたこの檻は、あたしには少し大きいようで上手くいけば鉄格子の隙間をすり抜ける事が出来るかも知れないのだ。

そして今現在、鉄格子の隙間に顔を突っ込み、何とか脱出を試みている真っ最中である。

あと少しで顔が通る、というところまで頑張っているのだが、案の定というべきか頭の耳の部分が引っ掛かって苦戦中。仔虎ちゃんも後ろから押してくれているので、引っ掛かっている部分に更に力が掛かり、顔中が引っ張られている状態だ。

猫目なのに、更につり上がっているであろう顔を想像しては悲観に暮れる。


こんな顔、ダーリンに見られたら間違いなく婚約破棄ものだわっ!

誰か知らないけど、もしも見られたら、絶ーっ対に許さない、泣かしてやる!


心の中で、知らぬ誰かに呪詛を吐いている最中に、ようやくスポッと頭が全部通った。

ここまで通れば、後はお手のもの。猫特有のよく伸びる柔らかい身体を駆使して、するりと檻から抜け出した。

それにしても、狭いところを通り抜ける、この感触。ちょっとクセになりそうな……。


「にゃんこ」


不意に嬉しそうな声が聞こえて、少し毛が逆立つ。


お、女の子?


見れば、咲き誇る大輪の花弁のような、沢山のフリルとレースが重なるドレスに身を包む、まだ幼さ残る女の子があたしを見つめていた。高く二つに結い上げられた茶髪は、少女が身を揺らす度に柔らかく流れる。

明らかに、薄暗い檻の部屋には似つかわしくない。愛らしい少女だ。ただ、瞳の色が薄暗い闇のなかでも目立つ、禍々しいまでに真っ赤だ。

少女は驚き固まるあたしに素早く詰め寄り、抱き上げた。


あたしとしたことがっ

許可なく抱っこしていいのは、ダーリンだけなのに!


可愛いものを見たら抱き締めたくなる気持ち、わかります。なにせ猫ボディのあたしは、かの魔王陛下をも虜にした身、そんじょそこらの猫と一緒にして貰っちゃ困ります。

それこそ山積みの金銀宝石以上の価値が……すみません、調子に乗りました。

今やおねだりも通じずに置いてきぼりにされた、さみしい一人寝の身です。

ぎゅうぎゅうと抱き締めてくれるのはいいが、あまりの力強さに満足に息が出来ない。

あたしの計画では、この撫でくり回される勢いのまま口輪を外してもらい、人型に戻って仔虎ちゃん達と脱出という算段だったのに。口輪をしたままだと、人型に戻った時に一体どんな影響を受けるかわからないからだ。猫と人の頭の大きさは当然違う訳なのだから、つくづく先ほど変身を止めてくれた仔虎ちゃんに感謝だ。

しかし、心の中で脱出計画を立てている内は、まだまだ余裕だったことを思い知る。少女の腕の力は更に強くなっていった。な、中身が出そうだ。

半分意識が飛びかけていたところ、「もぎょ、もぎょー!」と騒ぐ仔虎ちゃん達の声が聞こえてなんとか意識が戻ってくる。そんなあたしの事情も露知らず、無邪気に締め上げる女の子。こ、子供って恐ろしい……!


「こら。それはまだ駄目」


気だるげに入った制止の声に、怯んだように緩められた腕から、すかさず飛び出す。


あのままだと、間違いなくあたしは昇天していた、って……


よくよく見れば、少女の振り上げられていた右手には、―――斧!?


ななな、この子何を!?!


「どうして? 中身を抜いて、綿を入れて、ぬいぐるみにするの」


いやいや、綿なんて入れなくても、十分ぬいぐるみのような愛らしさです。じゃなくて、冗談じゃない!


「あ、膨らんだっ」


毛並みを逆立たせるあたしに、女の子は嬉しそうに無邪気にはしゃぎながら、斧を振り上げて迫ってくる。はっきり言って恐怖そのものだが、身体に合わない武器を振り上げるためか、どうも動作が鈍い。避けるのは簡単だ。が、ぴょんぴょん避けるあたしを凄く嬉しそうに追いかける。


「ぬいぐるみにするのは、まだ駄目。それにほら、その子は飼い猫だよ。ほら、リボンしてるじゃん」


恐怖の鬼ごっこを止めたのは、またもや先ほど少女を諌めた声だ。声の低さから男だとは推測できるが、今はこの恐怖の斧少女から目が離せない為、詳細を確認出来ない。


「じゃあ、外す。……あっ、また膨らんだ」


あたしからダーリンの愛の結晶を奪おうだなんて、そんなことをすれば、とても怒りますよ。大変な事になりますよっ。つ、強がりではありませんよ!


「それも、まだ駄目」


「ダメダメばっかり、とっても我慢してるのに!」


「あーもー五月蝿い! ……だぁーから子守りは嫌だっつたのに」


「子供じゃないもん。私の方がお姉さんなのに、生意気よっ!」


「あー、はいはい」


「そーゆーところが、更に生意気よ!」


「はい、お姉さん」


神妙に返事をしながらも何処か態度が飄々としている男をチラリと見れば、高い背丈に育ちの良さを窺わせるような金髪。糸のような細目に細面の顔、身体から伸びる四肢も細長い。

風が吹けば簡単にポキリと折れてしまいそうな印象の身体なのに、男の飄々とした態度が、たとえ強風に吹かれても生き残るだけの強かさがそこにあることを物語る。


どうみても、貴方がお兄さんです。


あべこべな姉弟だ。

弟の態度から察するに、絶対に姉とは思っていない。

それも仕方がない。たとえ道端で擦れ違っても、幼さ残るあどけない顔立ちの女の子と、明らかに成人してると思わしき青年が姉弟だなんて、逆立ちしたって予想出来ない。


……あれあれ、なんだかこの構図はどこかで、最近やったような……


……いや、あたしの方は本当の本当にお姉さんですから。


「じゃあ、不肖の弟からの提案だけど、あれならかまわないと思います、お姉さん。四つもあるんだから、お姉さん」


男が指を指した先には、小虎ちゃんがいた。


ちょっ、そんなことっ!


「もッ、もフォー!」


血相変えて檻の前に立ちはだかり、へっぴり腰で威嚇した。


「あれは、いや。……禿げてる」


……なかなか手厳しい。


ふうっと安堵の溜め息を付いていたら、いきなりあたしの手足ぶらりと宙に浮く。

あたしの首根っこを摘まんでは自分の目の高さまで、引き上げたのは弟の方だった。


「はあー、コレが、ねぇ」


無礼者ー! 離しなさいっ、あたしを誰だと思ってるの!


はぁ、と感慨深げにあたしを見詰める男の顔に、必死に爪を伸ばすが届かない。


「うーん、なんだか信じられないけど。ほらほら、お友達も大丈夫みたいだから、君はちゃんと逃げてくれないと。

……それとも本当にぬいぐるみに、なる?」


初めて開いた男の瞳は、淡い緑色の瞳だ。


……冗談じゃない!


酷薄に細められた瞳に、ぞわりとした悪寒が身体中を駆け巡る。


この人はヤバい。


今まで生き抜いた本能が、勘が激しく警鐘を鳴らす。

今までは冗談言える余裕があったが、そんなものは一気に吹き飛んだ。

こわい、こわい!


自分が非力な猫であったことを思い出す。

ぽいっとぞんざいに投げられたあたしは、華麗に着地したものの、足は情けないくらいにプルプルと震える。人ならば踏ん張りが効く足も、猫の足は簡単に地面を蹴ってしまっていた。




暗闇の中をとにかく走りまくる。

闇の中でも良く見える猫の目は、大きな障害物こそ避けるが、避けきれない草や枝などの小さな障害物はあたしの身体を何度も叩いた。


ううっ、こわいっこわいっ


コレがあたし?

まさしく、尻尾巻いて逃げる猫が今のあたし。情けない、情けなくて涙が出てきそうだ。

いや、そんなことを、考えている場合では無くて、優先すべき事は、ひとつ。


助けを呼ぶの、仔虎ちゃんに助けを呼ぶの!

どんな状況に置かれても、しなくちゃいけない事さえ見失わなければ、大丈夫って……、師匠も言ってたものっ


がむしゃらに走っていたあたしは、弾力性のある何かに頭から激突し、ぼよーんと弾かれる。

痛みに呻きながら丸まっていたら、背中をゆっくりと、何度も撫でられる感覚に恐る恐る顔を上げた。


『ああ良かった、無事で! 何度呼んでもちっとも気付いてくれないもの』


「きゅうきゅう」


いつもあたしを助けてくれるエネリママの登場に、思わず甘えるような声を出してしまった。

呼ばれていたなんて、ちっとも気づかなかった。

あたしは自分で自覚していた以上に気が動転していたらしい。

無事を喜び、アッチコッチをべろんべろんしてくれるエネリに、猫パンチを繰り出し注意を引く。


『こふぉりゃひゃんきゃ、ふひゃまっひぅるにょ!』


『まぁ、なんてこと!』


伝わった!


自分で言っていても分かりにくいモゴモゴ言葉を理解してくれるとは、さすがエネリママ!

心の中で、ジーンと感動していたら眼前に迫る鋭い牙。ぺたっと腰を抜かしたところでブチブチッと何かが千切れる音がした。


…………。


ようやく外れた口輪を見下ろしつつ、気を取り直してもう一度。


『仔虎ちゃんが、捕まってるの!』


『なんですって!』


よし、伝わった!


この調子で、あたしはどんどん説明をする。

大事な息子がそんな目にあっていることを聞いて、さぞかし怒り狂うかと思われたが、あたしの予想に反してエネリはコテンと首を傾げる。


『おかしいわねぇ、あの頃の私は檻の一つや二つ、簡単に壊してたんだけど』


『…………』


『そういえばガウディも、あれくらいの頃は鼻垂れの甘えん坊さんだったわねぇ。

でも、一番小柄でか弱いレディだって脱出できたのに、やっぱりヴェルガーは女の方が強いのかしら? 私も男共相手に負け無しだったし。それとも、やっぱりあの人のナヨナヨした血が強いのかしら?

……だったら大変っ、直ぐに助けに行かないと!』


まだまだ子どもの仔虎ちゃんに檻を壊せとか、ナヨナヨパパの血筋以前の問題なような……

うむ、そしてエネリママはヴェルガーの求婚者たちを、千切っては投げ千切っては投げと、コテンパンにしていた訳ですね。野生の掟!

それに、ナヨナヨパパはエネリにとって守る対象なんですね、わかりました。


なれそめを、なれそめを聞きたいっ、恋話は大好きです!


ニョキッと頭を出しかけた野次馬根性を必死に抑え込む。

仔虎ちゃんのもとまで案内したい、案内したいが、エネリに出会ってようやく人心地が着いたあたしは、足が痛くて力が入らない事に気が付いた。

そんなあたしの様子に気付いたエネリは、パクッとあたしをくわえては岩影にあたしを隠す。


『いい? もうすぐ助けがくるから、絶対に動いちゃ駄目よ? パッと行って、パッと帰ってくるからね』


颯爽とあたしが来た方向へ走り去るエネリ。


―――よかった。


あとはエネリが助けてくれる。

一安心だ。


…………。


カサッと何かが動く気配に身が強張る。あたしの遥か上空を「ギャァッ、ギャァッ!」と鳴きながら羽ばたく何か。

気がつけば、鬱蒼と草木生い茂る森の中に一人きり。


た、ダーリン、さみしいよーぅ……!




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