表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/38

夫婦喧嘩は猫もつつかない


なに、なに?

いったい何がどうなってるの!?


両手を使ってビシバシと何かに覆われた口元を叩くが、痛いだけで取れる気配は全くしない。後ろ足でもちょいちょいと弄りまくり、ようやく正体に思い当たった。


口輪、だわ……


犬や猫などの動物に嵌める、噛み止め。

あたしの顔を半分覆うそれは、頭の後ろでがっちりと止め金に固定されているようで、あたしのにくきゅうのついた手ではビクともしない。

更にはおまけとばかりに、目の前には鉄の格子。どうやら檻に入れられているようだった。


こんな、このあたしに、こんな……


とてつもない不快感が、身体の中で蠢く。

確かに、あたしは魔界に来てから、人の扱いを受けなかった。

袋に突っ込まれたり、食べ物を床に投げ与えられたり。……まあ、猫だから仕方がない。

それに、考えて見れば、それらはあたしの為にやられた事なのだ。憎からず思われ、やられたことだ。

袋詰めも食べ物に関しても、元人としての尊厳を守るためにメラメラと復讐心を燃やしていたあたしですが、はい。思いっきり猫と化していたと自覚していただけあって、ちょっぴり心がささくれていただけです、うん。

それ以外は、毎日ダーリンの側でにゃんにゃんして、好きなときに昼寝して、魔界の勉強をして、城壁の上からケロベロスをからかって、食うに困らず。更にはダーリンと一緒のベッドで寝るという快挙を果たしてからは、非常に大満足の状態だ。

一部の悪女の汚名を除けば、非常に厚待遇。それも、人のあたしで猫は関係無い。

猫となったあたしは、本当の意味で、辱しめられたことはなかったのである。


それなのに、この拘束具。


何か目的があってやられた事だろうか。

それとも、面白半分にやられた事か。

どちらにしても、あたしの意思をまるごと無視され装着された“それ”には、紛れもない悪意を感じる。


あたしが誰だか、知ってやってるのかしら……


あたしの怒気に呼応するかのように、辺りの空気が微量に振動する。

ゆ る さ な い


与えられた屈辱には、相応の…………あ、ちょっと待って。

にくきゅうじゃ無理でも、人の手なら外せるんじゃ?!


はたっと気付いたあたしは早速実行に移すために、魔力を練り始める。

あたしとしたことが、禁!人型!! を心の中で定着させて、すっかり戻るという選択肢を除外してしまっていた。

そう、非常事態の今こそ許される必殺技。


今こそ戻る時!


「もがー!」


気合いとともに魔力を安定させ、身体全体をすっぽりと包み込む。猫の身体は小さいから、ここまでは簡単だ。

その後は、術式を展開しつつ自分の身体が膨らんで、ぐにゃぐにゃと人の形になるようイメージす。る。猫から人へと大きくなるイメージとともに、身体を包み込む魔力も大きくするのが重要だ。

手、足が伸びて、自由に動く指先まで想像したところで……


「もぎょっ」


邪魔された。

頭からいきなり強い力で抑えられ、べちょっと床に崩れ落ちる。

不測の事態に、それまでの集中力が一気に無くなり、膨らんでいたあたしの魔力はあっという間に離散してしまった。

口輪のせいで牙は見せれないけれど、身体中の毛を逆立たせ「フーー!」と威嚇すれば、犯人はつぶらな瞳であたしを見返す。


こ、仔虎ちゃん!?


そうだ、思い出した。

あたしは、仔虎ちゃん達と探検の真っ最中だったのだ。




事の始まりは中庭で、仔虎ちゃんの両親、エネリと旦那さんの夫婦喧嘩から始まった。


きっかけはほんの些細な事だった。と思う。


「私たちは、ペットじゃないのよ!」


突如声を張り上げたエネリに、中庭にいた一家全員がピタリと止まった。


「人の貴方からしたら、確かに私たちは獣だわ、っ! でも、……っうぅ」


最後は言葉にはならず、俯くエネリ。

向こうで夫婦二人で和やかにしてると思っていたのに、一体なにが!? と驚いたあたしだが、“ペット”という単語には思い切り心当たりがあった。


―――あたしったら、ただのダーリンの“ペット”なのに


ま、まさか、エネリはあたしのあの一言を気にして……?!


『そ、そそそんなことないわ、エネリっ』


慌てて駆け寄りに行く。


なんてこったい! あたしの一言で夫婦の危機なんてっ!


擦り擦りと慰めに擦り寄るあたしを撫でながらも、エネリの視線の先にいるのは、ただの一人。


ああ、そうか


あたしは悟った。

エネリが一番に否定して欲しいのは、あたしでも誰でもない。

誰からの、きっとダーリンの言葉だってエネリは心底から安心できない。

できるのは、唯一。

ただの一人。

視線の先の、冴えない男の人だけで、


って、あ?


パクッと首根っこをくわえられるあたし。

そのままズルズルとエネリの側から引きずられていった。い、痛い。微妙に痛い!

犯人を見上げれば、なんと仔虎ちゃん。

喧嘩中の両親をほったらかしにして、さっさと距離を取っては子供たちだけで隅っこに集まっていた。


『さ、どこいこ?』


『にーに、会いたい、にーにー』


『ぱ、パパにいっつも、付いてるニオイ気になる』


『あっしは漢の中の漢になるんでぃ!』


『えー、お前こないだから、そればっかり! 探検いこーぜ、まおーじょの探検ー!』


あ、あの、みなさん?


『ぱ、パパとママはどうするのかなぁー、なんて……』


恐る恐る、あたしが声をかける。

くりっとつぶらな瞳が八つ、あたしの方へ向いた。


『今がチャンス』


『帰ったら元通り、以上にひっつく』


『ほっとくの、これがいちばん』


『ふーふ喧嘩と感電はヴェルガーの華でぃ』


あ、日常茶飯事でしたか

そうでしたか




結局探検に行く事になった。

やんちゃ坊主どもが四人も揃えば当然の結果だ。中庭では狭すぎる。

エネリも始めからそれは分かっていたのだろう、仔虎ちゃんにご丁寧にも『私の可愛い子供たち、独りで出歩いちゃだめよ。行くのなら必ず五人一緒で行動するのよ』と言い含めていたらしい。なんと、用意周到なことか。さすがママ!

トコトコと歩き出す仔虎たちを、あたしは迷子にならないようにしっかりと見張る。


いち、にい、さん、……って、よん! 四番目は!?


見当たらない四番目に、焦って辺りを見渡すと、飾ってあった調度品をしきりに匂っていた。


ちょ、迷子、迷子になる!


尻尾を引っ張って、先へと促すがこれまた全然動かない。

頭突きにタックルと、身体全体を使って仔虎ちゃんを行かそうと頑張るが、やっぱりビクともしない。

肝心の仔虎ちゃんは奮闘するあたしに何を思ったか、鼻先を寄せてはぺろりと頭を舐めてきた。


いやん、かーわいーい


エネリやガウディのべろんべろんと違ってなんと初々しいことか! ……じゃなくて!

再びニオイだして動かない仔虎ちゃんに、埒が空かないと判断したあたしは「にゃーん、にゃあああん!」と大声で呼び掛けて、ようやく先を行く先頭が振り向いた。

すぐさま、くりくりの瞳を吊り上げて、こちらにすっとんでくる。


『くこぉらっ、しんがりちゃんとマモレー!』


ムッとした様子で顔を上げた仔虎ちゃん。


『ちゃんと、してたもん』


匂って道草食いまくってた仔虎が何を言うかっ


『ちみちみぃ、かってに隊をみだされては、こまるねぇ』


どこでそんな言葉を覚えてきたのか気になる、ちょっと嫌らしい口調で責める子もいた。この際だから、もっと言ってやって欲しい。

もっと緊張感を持たなければならないのだ。

なんと言っても、一人迷子になったら、きっと嫌と言うほど侍女さん達になでくり、……少しじょりじょりの身体を恐る恐る指先で突つかれ、更には上から容赦無く乗られる羽目になるのだから!


『……怪しいのがないか確認してたら、レディがいきなり、甘えててきただけだもん』


この、裏切りものォォォ!!


それよりも、身体を張ったあたしの必死の訴えはそんな風にとられていたのか!?


衝撃を受けるあたしに、更なる追い討ちが掛けられる。


『しょうがないだろ! レディはまだ子どもなんだからな』


……ちょ、


『ちっちゃいんだからな!』


ま、まって


『妹だって、かかぁ言ってたぜい』


ま さ か の妹認定!

ああああたしったら、一番おねいさんですよ!?

人型になったの、見たでしょ!?

い、いや、それよりもさっき『おねーさんがお城を案内したげるわっ』と言ったあたしを皆してぺろんぺろん舐めてきたのは、ま、さか、『こいつ、また年上ぶってるよ〜、おませだなぁ〜』みたいな……


…………


容赦の無い攻撃に、内心嵐が吹き荒れつつも固まるあたしは、再びパクッとくわえられ、ズルズルと運ばれた。


そして、運命の別れ道へやってくる。

端から見ればかなり微笑ましい魔王城探検隊は、ここで思わぬ事態に遭遇した。


『しまってる?』


『しまってる』


あたしたちは顔を見合せる。

来たときには開いていた通路の扉が、今は何故か閉まっていた。

ここは、魔王城外壁の頂上先端部に位置する見晴らしの良い屋外で、本来の目的はきっと見張りの為のものだろう。

『みろよみろよっ、あれ、俺の巣穴だぜっ』と興奮しながらたっぷりと景色を堪能したのはいいが、いざ帰ろうと思いきや、肝心の出入口は今は固く閉じている。

そして仔虎ちゃんは、しょんぼりとしながら床をクンクンとしていた。


『にーにのニオイ、ここで終わってる……』


どいつもこいつも辺りをクンクンしまくりながらも、妙に足取りに迷いがないと思ったら、ガウディのニオイを辿っていたのか。


『飛んで外にでれるかも』


『そ、外は危ないのよ、ってさすがにこの高さから飛び下りたら怪我じゃすまないわよっ』


外側の壁は、当然出っ張りも何もない垂直に等しい壁だ。それに運良く飛び下りる事ができても、エネリママの教え、その二『いーい? お散歩していいのは、お城の中だけよ?』を破る事になってしまう。


『そんな事言っても、しょーねーじゃん』


『しかたあるめー、女こどもなんだ、むりはねぇ』


『おなかすいたー』


くっ、仔虎どもめっ、と思いつつも、必死に辺りを見渡せば運良く突破口を発見。


『あ、あそこ! あそこの窓が開いてる! 一度あの部屋に入って元の通路にもどりましょっ』


あたしが指したのは、丁度この真下の部屋だ。

内側に位置するこちらの壁ならば、足場は……少し危ないけれど、大丈夫。ここは猫、行っちゃいます。

仔虎ちゃんの意見を聞かずに、見事なバランス感覚と跳躍で壁の出っ張り目指して降りる。

意外と仲間意識が強くて面倒見が良い仔虎ちゃん達を動かすために、ここはこの際、妹認定を利用します。

仲間の、仔虎ちゃんから見たら、よ、弱っちいあたしが行けば、他に選択肢の無い仔虎ちゃんも来るしか無いのだ。あの場所であのまま、外壁飛び降りる! なんて実行されない内にさっさと行動するに限る。ボーっとしていたら、まさしく仔虎ちゃんの波に飲み込まれてしまうのだ。窓から入った部屋は、何ともいえない良いニオイが充満していた部屋だった。

漂うニオイにうっとりとしながら、ゴロゴロと咽を鳴らす。


いい、におい

ダーリンのニオイなような、

それともドン・グラのような、

むしろそれら混ぜたような、素敵なニオイ……


ダーリンから撫でてもらっているような、とんでもなく素敵な気分だ。


たちまち前後不覚に陥ったあたしは、あっさりと意識を手放してしまった。


……そして今に至る。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ