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尻尾、って?



隠れ家へ、とにかく隠れ家へ!


冗談じゃないわっ!

尻尾を、あたしの尻尾を食べられたら元に戻ったときに、


戻った時に?


……どうなるのかしら?


ぴたっと足を止めて後ろを振り向く。

相変わらずあたしのお尻にくっついて、ゆらゆらと揺れる細長い尻尾。

降ってみた。

立ててみた。

巻いてみた。


『…………自由に動くけど』


こ、これって人型のあたしのどの部分?


突如として湧き出る疑問。

あたしの意志で動かせるこの尻尾だが、大半は何か勝手に動く。

驚けば勝手に膨らむし、『どうしようかなぁ〜』と悩んでいるときは心の傾きを表すように、ゆらゆらと揺れる。

凄くお腹が空いている時に、ダーリンがなかなかご飯をくれず勿体ぶっているときは『はやくしてよっ』とばかりに尻尾が勝手に催促するように床を叩く。し、実際に思っている。


なにこれ、必要なの?


ヒゲはもちろんいる。

なんたってあたしの生命線だ。あんな事やこんな事までキャッチできるとんでもない優れものだ。

しかし、それに比べてこの尻尾は一体なんの役に立つというのか。

ただ、揺れたり立ったりするだけで、手のように何かを掴む事もできない。お尻の一番目立つ所にくっついときながら、未だにあたしの役に立った事なんて一度も無い。

いや、待てよ。

もしかしたら、髪の毛かも知れない。あたしの髪の毛は長かったのである。それに風にそよいで靡く髪はゆらゆら揺れる尻尾にも見えなくもない。

いやいや、はたまた、取り外し可能なアクセサリーとか?

じっと見詰めても当然尻尾は揺れるだけで、何も答えてはくれない。ためしに取れはしないものかと『えいっ、えいっ』と爪で引っ掻いてみた。


〜〜〜〜〜っ!!


想像以上の痛みに悶絶する。

……あたしだって、馬鹿じゃない。アクセサリーじゃないのは気付いている。うん。なんとなくだ。

もしかして、と少しくらいは希望を抱いてもいいじゃないか……。

尻尾は紛れもなく、肉と血が通ったあたしの尻尾だ。


「いた、いましたわっ」「レディ様っ」


向こうからパタパタと走ってくる侍女のお嬢さん方だ。


なに、なに、あたし何かやらかしたのかしら?


このままだと踏みつけられそうな侍女さん達の勢いにたじろぎながらも、通路の隅に配置された休憩所の椅子の上に飛び乗り難を逃れる。

そして、あっさりと囲まれてしまった。


「さあ、レディ様」「お食べになって」「ナッツ入りのクッキーですの」


包み紙から出てきたのは、宣言通りのナッツクッキーだ。ナッツの匂いと香ばしいクッキーの匂いがあたしの鼻を擽る。

「え、くれるの? いいの、いいの?」と期待に満ちた瞳で侍女さん達を見詰めれば、にっこりと満面の笑みが返ってきた。


いっただっきま〜す!


サクッとしたクッキーの歯応えに、噛み砕いたナッツの油分がじんわりと口の中に染み渡りたまらなく美味しい。美味しいけど、食べている最中に人(猫?)の頭とか身体とかを撫で撫でするのは、正直やめてほしい。けれど貢いでもらっている身としては、これくらいは甘んじて受けなければならない。

ナッツ入りクッキーと身体を撫でくり回されるのと、どっちがいいかと聞かれれば、クッキーです!


「うふふ、よく食べますわね」「たくさん食べてね、そして早く私を背中に乗らせてね」「あ、抜け駆けっ、レディ様、いま食べたクッキーは私のものですよー、だから先に私を乗せて下さいね」


ん、んんー?


まてまて、待ってほしい。

何だか凄いことを聞いた。

いまあたしの目の前にいるお嬢さんは、人型のあたしくらい、つまり一般的な人サイズだ。

それに対して今のあたしは、一般サイズの猫。彼女たちの膝下以下の大きさである。

そして、侍女さん方はあたしに乗りたいと、乗りたい……


ちょ、ちょちょ、ちょっとっ!

このお嬢さん方は、何をトチ狂ったのか、このあたしのプチボディの上に乗りたいというのか?!


ちらっと顔を上げれば、期待に満ちた侍女さん達の顔。

……本気だ。

いたいけな、か弱いニャンコの上に乗りたいだなんて、なんと残虐、無慈悲な悪魔の所業……!

お尻に轢かれて「ぐえっ」とカエルのような声を出しながら、昇天するあたしが見える。

魔界って言っても多少文化の違いがあるくらいで、地上とそんなに変わり無いわねぇ〜、なんてノンキに思っていた頃のあたしの頭をしばきたい。

ここは、本当の本当に魔の世界だった……!


『い、いやーっ、踏み殺されるぅー!』


飛ぶ矢どころか、風竜並みの新記録です。


あっちでは捕食の危機、こっちでは轢死の危機、向かうところ敵ばかりだ。

この分だとダーリンの庇護無しには、一日と生き延びるのさえ難しい。


ダーーリぃン、お願いだから早く帰ってきてーー!!


ここは大人しく初心にかえり、魔界に来た当初と同じく寝室とその近辺をうろつくしなかないのか。

ダーリン不在の時こそ、誰かの気が緩んでポロッと情報を漏らしたり、を狙っていたのに。


でも、命あっての物種。師匠も戦略的撤退も立派な作戦のウチっていってたものっ

逃げ帰るのは恥じゃないわ!


脳内会議は満場一致。なので尻尾巻いて逃げ帰る事にした。

今日は一日、ダーリンとあたしの愛の巣―――寝室で過ごす事にする。

足を速めたら、突如目の前に壁が現れた。

勢い良く壁に突っ込んでしまったあたしは、痛みに悶絶するかと思いきや、もふっとした柔らかい感触に思わず顔を擦り擦りさせる。


『レディ!』


『!』


顔を上げれば最近ずっと会っていなかった、あのヴェルガー。

思いがけない人物の登場に、あたしは「ごろにゃーん」と、そのまま懐かしい赤褐色の毛並みに顔を埋めた。


『エネリ〜』


『ああ、良かった、叫び声が二度も聞こえてくるんだもの』


叫び声? と疑問に思ったのもつかの間、確かに上げました。

セクシー捕食女神様から逃げるとき。

笑顔で恐ろしい事を迫る侍女さん達から逃げるとき。

二度。本日二度です。負け犬の遠吠えならぬ、負け猫の遠吠え。

『ふんぎゃーーーー!!』と二度も叫ぶあたしの声は、さぞかし魔王城へと響き渡ったことだろう。……は、恥ずかしいっ!

もふっと、腹下の一番柔らかい所に、顔をさらに埋めて羞恥に耐える。そんなあたしにエネリは『まあ、甘えんぼさんね』と言いながら背中をべろんべろんしてくれた。なんというか、凄く落ち着く。

これが、ママパワーというやつか。

もともと、国の辺境も辺境、名も無いような貧しい寒村で生まれたあたし。

母親は近くの森に住む狩人の家系だったらしいが、あたしを生んでしばらくして亡くなった為、師匠に見出されるまでは村長さんの家で育ったのだ。

お世辞にも家族という扱いでは無かったので、村長さん達にあたしも甘えたことがなかったのである。そんな事情もあってか、師匠に対しても「迷惑かけたら、捨てられるかも……」という不安があって、控えめにしか甘えられなかった。

それなのに、既に成人したあたしが、魔界に来て存分に甘えることが出来る日が来ようとは、まるで想像も出来なかった。

けれど、猫の姿というのは便利である。

本来なら、このように他人にゴロゴロ甘やかされ、甘えるなんて絶対に出来ないのに、そんなあたしの心を『まあ、猫だし』といとも簡単に納得させ、ダーリンにもゴロゴロ、エネリにもゴロゴロ、と甘えてしまうのである。


この姿だったら、師匠にだってゴロゴロしにいけるかもしれないわ。あたしだって知ったら、きっと驚いて腰を抜かすかもしれないわね!


一つ、胸に楽しみを抱きながら、地上へと想いを馳せる。


はぁ、あたしが猫になってるなんて、思いもしないんだろうなぁ。


姫様、殿下に、同僚侍女達。

そして、あたしの血を分けた“家族”たち。

みんな、あたしと違い、しっかりとした子達だ。心配は要らない。


『陛下がお留守にしてるから、もっとしょんぼりとしてるかと思ったわ。でも、心はここにあらずって感じね』


『確かに地上の事思い出してたし、しょんぼりしてたけど、エネリに会えてなんだか元気でてきた』


あたしにとってエネリの毛並みは最高の癒しだ。


『嬉しいこと言ってくれるわね。未来の魔王妃になるかもしれないもの、今からしっかりとしないといけないものね』


―――魔王妃。


エネリときたら、今、と、とんでもないこと言ってくれた。

ダーリンの隣に立って魔界を支えるというかなりの重大責務。ダーリンの隣には立ちたいけど、その荷はあたしにはあまりにも重過ぎる。ただでさえ、あちこち勝手気ままにふらふらするあたしには、既に守るべき子たちがいる。

その子達もあたしの力を余り必要としない優秀な子達だから、なんとか猫でも成り立っているのだ。

それに色々と障害が多すぎて無理無理。

愛猫の地位で満足します。今のところは。


『い、いやだなぁエネリ。あたしったら、ただのダーリンのペットなのに』


とうとう自ら愛玩動物発言をしてしまったあたし。


ちょっぴり落ち込む。


『ペットだなんて何を言ってるの! 誇り高いヴェルガーがそんな弱気でどうするの!?』


あたし、ヴェルガーじゃない。

とも反論できず、エネリの余りの剣幕に、あたしは身を竦ませてはピチャッと耳を頭につける。

怖い、怖すぎる。

『エネリまさかの教育ママ化!?』と、怯えるあたしに気付いたエネリは、すぐに我に返り慰めるようにべろんべろんあたしを舐めた。


『ああ、レディ、ごめんなさい。私ったらどうにかしてたわ』


エネリは何かを払うようにフルフルと頭を振っては目を閉じて、ため息を小さく吐いた。

強張るあたしの身体を再度舐めると、パクッと首根っこをくわえ、あたしはエネリに運ばれて行った。




凄まじい速度で廊下を駆けるエネリとぶらぶら揺れるあたし。

ぴょんぴょんと軽やかに障害物を避けたり、道なき道を行くエネリに、あたしは空を飛んでいるような錯覚に襲われる。久々の感覚にうっとりと瞳を細めながら風を感じていると、あっという間に目的地へと付いてしまった。

中庭だ。

そっと降ろされたあたしの足裏のにくきゅうに、チクチクとした芝生の感触が伝わる。

普段は絨毯や石造りの床などを歩いているあたしにとっては、くすぐったいような歩きづらい感触だ。

だが、不快ではない。

むしろ久々に踏む大地の感触に気分が高揚する。

冷めぬ興奮のまま、ふんふんと辺りのニオイを嗅いでいると、懐かしいニオイに顔を上げた。


『あ、レディだー』


『レディー、あーそぼー』


中庭に連れて来られたあたしは、久々にエネリの四ツ子、仔虎ちゃん達と再会したのだ。

そしてすぐに、愕然とした。


で、でかくなってる……


そう、仔虎ちゃん達は最後に見たときよりも軽く二回りほど大きくなっていた。

確かに、男の子だから最終的にはガウディサイズになると考えると、これからもっと大きくなるのだろう。


でも、なんというか、姉の威厳が……


もともと、あたしよりも少し大きかった位だったのに、更に差を付けられて軽く落ち込む。

そのうち向こうで遊んでいた仔虎ちゃんの一人が、ぽてぽてとこちらにやって来た。


やだ、可愛いー


なんか、こう、胸がきゅんっとくる。歩き方はまだまだ子供の仔虎ちゃん。

手足は大きいが、まだまだ胴体が追い付いていないアンバランスな身体なためか、どこかたどたどしい足の繰り出しが何とも微笑ましい。

足音を立てない、しやなかで隙の無いエネリの歩き方とは全然違う。


『おんめぇ、げんきだったか』


おお?


『すぐに来たかったけどよぉ、うちのかかぁときたら、いつまでたってもちんたらしやがって、いっこうに準備がはかどりゃしねー』


べしっとエネリが無言ではたく。


あ、教育的指導ですね。


これは、何があったか聞くべきなのか、仔虎ちゃんの一人が、なんだかすごく粋になってる。

しゃべり方が下町のおっちゃん風になったというか、なんというか。


『アンタが一番嫌がって逃げたからでしょっ』


『漢はひきぎわが肝心なんだぜぃ!』


よ、よく見れば仔虎ちゃん達の身体の一部が……は、禿げてる。


背中の一部。右足。尻尾。首。

普段はふさふさの毛で見えない皮膚が、つるんと刈り取られ丸見えになって、非常に哀れを誘う状態だ。

これが、噂に聞いた服作りの儀式。なんと、痛々しい姿……。

二つの姿の一族は、その名称通り人型と獣と二種類の姿を持っている。

異なる二つの姿に合う服を作るために、幼い頃に身体の毛を刈り取る儀式があると聞いた。

人型時に着るための服を、自らの体毛で組まれた布で作るのである。自分の体毛で作られた服のため、獣に戻った時は毛並みの一部になり、人型になった時は服となり、いつかのあたしのような真っ裸では無いという原理らしい。

幼い頃から大人になる時の為に、少しづつ刈っていくそうだ。

その際には、種族によってあっさり済ませたり、儀式をしたり、祝ったりなどなど色々とあるらしい。

ヴェルガーは他の一族より体毛が短いので、頻繁に刈り取るため、儀式や祝いは初めの一度のみ。そして布(毛?)の節約の為に、必然的に露出度の高い服になるそうだ。

以前あたしも下着ぐらいほしい! と相談したところ、身体の小さいあたしでは全刈りになると言われて断念。そして、あたしが考察するに、この儀式のポイントは“幼い頃に刈り取る”。中途半端だが、人型になれるあたしの毛を刈ったら、戻った時にどうなる事なのやら……。

まるっと刈られたら、さすがのあたしもダーリンの前に姿を晒す度胸はない!


エネリと仔虎ちゃんが、

来るのが遅かったのは、これのためだったのね。


再会を喜び仔虎ちゃん達はしきりにあたしに身体を寄せてくるが、体格差を考えずに遠慮なく向かってくるので、あたしときたら、さながら荒波に翻弄される小舟のように、毛並みの海に沈んでいく。


ちょ、女の子は丁寧に扱うものなのよっ!

しかも、じょりじょりする!


一見つるんと見える刈り取りされた場所も、順調に次の毛が生えてきているらしい。

その内の二人は、後ろから伸びた手にひょいっと拐われてしまった。

た、たすかった、旦那さんだ。

仔虎ちゃんはゴロゴロ甘えながら、旦那さんの手を甘噛みしたりじゃれついて身体を擦り擦りしたり服を引っ張ったりと忙しない。

こうして、見ると旦那さんはちゃんとお父さんだ。

無理して肩によじ登ろうとして、足を滑らせては襟巻きみたくなる仔虎ちゃんが微笑ましい。

そんな旦那さんをエネリは何か探るように、様子を伺っている。


『ねえねえ、エネリ』


仔虎ちゃんから半分解放されたあたしは、思い切って聞いてみた。


『尻尾って一体、何に使うの?』


『…………』


対してエネリは無言。

しかし、反して芝生をパタパタと叩くエネリの尻尾。


あああ、ムズムズするっ、身体がムズムズするわ!


気が付けば猫パンチを繰り出し、必死に追いかけ回すあたし。


『わー』『わー』『てやんでぃっ』『きゃー、そっちに行ったわ』『つかまえろぉ』


いつの間にか、仔虎ちゃんまで参戦。

エネリの尻尾、対、仔虎ちゃん、あたしの連合軍は圧倒的な持久力不足によってエネリの尻尾に惨敗した。

はぁ、はぁ、と寝転がって息を整える。


なにこれ、すんごく疲れた。


『尻尾はね、こう使うの』


身に染みて、よーく、わかりました。





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