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生存本能は標準装備です。




ダーリン、寂しいわーー!!


「にゃおぉぉぉん!」


猫の遠吠え、もといあたしの嘆きがダーリンとあたしの寝室に響き渡る。

ダーリンお出かけ発言の後、あたしは必死におねだりした。『一緒に行きたいなぁ〜』とアピールしまくった。足下に「にゃーにゃー」擦り寄ったり、ダーリンの行く先行く先に先回りしたり、鞄を机の上に引っ張り上げては中に入ってじっと見たり。

ダーリンはというと、ことごとく却下。

あげく、あたし入り鞄の蓋をそっと閉めて、宰相さんに渡してしまった。


いやーーん!?

甘やかすだけが、愛じゃない!?

でも、つれないダーリンもステキぃー!


結局、鞄の中でくねくねしている間に、あたしは置いてきぼりにされてしまいましたとさ。なんてことっ!


無駄にだだっ広いベッドに、ぽすっとあたしの身体が沈む。余計に寂しい。


浮気してやる。


ダーリン公認の浮気相手、ブランカと一緒にベッドに乗り上げる。

誘うように両手を広げて魅力的な胸をさらけ出すブランカ。

あたしは誘惑に勝てず、その魅力的な胸目掛けて突進しては、グリグリと顔を埋める。


ブランカー、慰めてー!


一心不乱にどでッ腹にグリグリするあたしを、ブランカはつぶらな瞳で優しくあたしを、―――ではなく、宙を見ていた。


はい。

ブランカは、ぬいぐるみです。

しかも、白いくまさんです。


恐らくはダーリンがあたしの為に置いて行ってくれたのであろう、ふかふかの一品だ。

ダーリンが何やら大層にお出掛けしてしまって、その二日後くらいに寝室に戻るとブランカがベッドの真ん中に座っていたのである。

ブランカは、くまのぬいぐるみとしてはかなり大きい部類に入る。

あたしがお腹の上でゴロゴロできるし、毛繕いしたって大丈夫だ。それでいて、長時間同じ場所で顔をぐりぐりしても中身が片寄ったりもせず、抜群の乗り心地を提供してくれるのだ。

一見縫い目が無いようにも見える非常に丁寧な仕上がり、まるで生きている動物を思わせるような上質な生地。そして純粋な闇を固めたような黒曜石の瞳は、職人が持てる技工を尽くしたようにまん丸く研磨されており、まさしく国宝級の宝物と並んでも遜色はない。更にはオマケとばかりに黒いマントを羽織っているが、もちろんダーリンマントと同じ生地。すりすりしたら、わかります。

ブランカはダーリンからかなり重用されているのか、魔王陛下とお揃いのマントを羽織る事が許されているのだ。


あたしとだって、まともなペアルックしたこと無いのに!

しかもブランカはあたしの中では女の子なのよっ!


胸の中でメラッと燻った嫉妬の炎も、くりくりっとした愛嬌たっぷりの黒曜石の瞳に見つめられて、あっという間に鎮火されてしまった。


恐るべし、ブランカ。


なんというか、魔界にきてから、女の子友達が、ダーリンとのアレコレなど濃ゆーいお話を出来る友人がいないので、友人に飢えているあたしでした。現在、鋭意努力中です。

寂しい一人寝の友もでき、元気を取り戻してきたあたしは早速いつもの巡回へと行くことにする。

まずは、謁見の間だ。

ダーリンとの、朝のちゅっちゅをする場所でもあるのだが、当然玉座は空っぽだ。

少し、しょぼーんと落ち込みながらもダーリンのニオイを求めて玉座へと近付く。

くんくん臭えば微々たるものだがダーリンのニオイが残っていて、嬉しくなったあたしは迷わず飛び乗り玉座の上で身体を丸めた。


ダーリン、あたし、さみしい……


「〜〜っとに、この猫は! 今は私が執政代理として謁見中というのに!」


宰相さんは、やっぱり宰相の鏡だ。


ダーリン不在中も頑張って魔王城を取り仕切っているみたいだ。

それにちゃんとダーリンが居る時の様に玉座の隣に立って、謁見者へと対応している。主不在中は大抵は嬉しがって玉座に座ったりしてしまうものだが、これはとても好感が高い。


でも、何やらあたしに対してぶつくさ言っているのは、右から左にさせて頂きます。


それに、あたしの場合は動機が不純ではなく、純なので出来れば勘弁して頂きたい。


あ〜、ダーリンのニオイ〜


「あら、残念だワ」


蠱惑的な声音が謁見の間に響く。


ほわぁぁぁぁ……!!


思わず口がぱっくりと開いたままになってしまう。

顔を上げれば、女神様がいた。


なんという美貌!


なんという抜群の身体の曲線!


誰もが目を奪われる秀麗な美貌はさることながら、女としては非常に羨ましい染み一つ見当たらないまさに奇跡の曲線美が真っ直ぐにこちら目掛けてやってくる。

滑らかな白い肌を惜し気もなく曝す衣装は、胸と大事な部分だけを気持ちだけ隠した程度のかなり大胆なものだ。それは、もう服とは言えない、もはや布。しかも布面積が凄まじく少ない。

ばい〜んと効果音が付きそうな胸は今にも布から溢れおちそうで、その柔らかそうな胸ときたら、女のあたしでも一度くらいは顔を埋めてみたくなってしまう代物だ。

歩く度に、大粒の宝石をあしらった首飾りや腕輪、足飾りといった装飾品の類いがシャラシャラと音楽的に音を奏でる。

一度みたら、忘れられない。

まさしく、ド迫力ド美人!


「魔王様ったら、アタシを置いてイッちゃったのネ」


艶やかな薄紅色の髪を気だるげにかき上げる仕草も様になる。

むせかえる程の色気にあたしは惚けながら女神様を見ることしか出来ない。

そしてとうとう女神様は玉座の上のあたしに気付き、バチッと目が合った。


―――じゅるり……


あ、あれあれ?

女神様、いまヨダレを……


「あ、アスタロット?」


宰相さんも女神様の不審な行動に気が付いたのか声をかける。

幸いにも女神様は「ハッ、嫌だわ、アタシったらン」とすぐに正気に戻った。

なんというか、女神様の喋り方は語尾を持ち上げるような、甘えた感じで喋り方まで色っぽい。

この間はダーリンに惨敗してお留守番になってしまったが、今度からおねだりするときは、女神様を真似して喋ればちょっとは色気が出るかも知れない。

ダぁリン、お願ぁい、アタシも連れてってン〜、みたいな。


このお色気でダーリンもイチコロだわ! ガンバレ、アタシ!


「あらやだん、身体をくねくねさせてアタシを誘ってるのかしら……、じゃなくって、んもぅ! シュベルちゃんったら、もう少し早く連絡してよねン。アタシも地上に行きたかったワ」


「……すみません、そんなに行きたかったとは、でも、今なんだか」


「地上にはね! 魔界にはない美容にイイモノがたくさんあるのヨ、わかってナイわね」


ほほーぅ、ぜひぜひ知りたい!


女神様とは一度腹を割ってじっくりお話すべきかも知れない!

しかし興味津々なあたしと違い、宰相は眉間に皺を寄せてしまった。


「……遊びに行くのではないのですよ?」


「ンもう、かたいンだから」


うっふん、その流し目にあたしはノックアウトです、女神様!


「それにしても、最近みんな地上に行っちゃうわネ。ネメシスちゃんなんか、地上に行くからアタシに怪鳥を貸してくれって。それも凄い強いの、リーベルントをも越えられるような強い個体を貸してくれって」


むむ!


思い切り聞き覚えのある名前に、あたしの耳はビンッ! と立つ。

奴に関する情報は一言も逃してたまるものか。

あたしの悪女発言以来、奴とは満足に顔を会わしていないのだ。

会うには会ったけど社交辞令みたいな言葉しかくれない。

なに、この生殺し? とあたしの鬱憤は日々募るばかりである。


「リーベルント? 何故そんな」


「……もちろん、そんなのいないわヨ?

魔王陛下の居城に行く道は、黒の門を通るしか無いのだから。ズルなんて誰にも出来ない。

アタシだって試したこと無いわ、自慢の羽根が痛んじゃう!」


うーむ、怪鳥。

他は多分地理的な話をしてるんだろうけど、さっぱり意味不明だわ。


一先ず、頭の中に今の情報を書き留める。


「そ、それにしても、ずいぶんと美味しそ……、いえ、可愛らしい猫ちゃんね……」


い、今、スンゴイ事を言い直しませんでしたかしら、かしら?


きらきらと、いや、ギラギラと目を光らせてあたしを見詰める女神様。


いやん、女とはいえ絶世の美人に見詰められるなんて、あたしにはダーリンが……、とか思う暇もなく、身体中に戦慄が走る。


ひぃぃぃいいいぃ!

あ、あれは捕食者の目だわー!?


久しく感じなかった捕食の危機に身体中の毛という毛が逆立った。


「ま、待ちなさい。美味しそう……? 食べたら間違いなく胸焼けしそう、ではなく、あれは陛下のものですよ」


「おねがい、ね? 全部じゃないわ、尻尾は? 尻尾くらいなら大丈夫よネ?」


とんでもないお願いにあたしはブンブン首をふる。


尻尾もヤ! 尻尾もダメ!


ぷるりんとした肉厚たっぷりの唇に人差し指をあてて色っぽくお願いされようとも、冷静さを少し取り戻したきらきらしたお目めで請われても、こればっかりは絶対に嫌だ。


「ものすごく嫌がってますよ、諦めて下さい」


「あまのじゃくな猫ちゃんネ。

でも、アタシの血肉になれるのよ。何も怖い事はないわ。

【さあ、いらっしゃい……】」


女神様の瞳が妖しく煌めき、目が合うと途端にぽわぽわっと花が綻ぶような幸せな気持ちで頭の中が埋め尽くされ、身体が何だかお湯に使ったように熱くなる。火傷しそうな熱さではなく、心地よい程いい熱さだ。

そんな事を考えている間にも、あたしの足は女神様に向かって歩こうとふらふらと立ち上がる。


「なにやってるんですか、アスタロットっ、“魅了の瞳”まで使って!」


…………ハッ!


女神様のきらんきらんした瞳が宰相さんによって目隠しされ、我に帰る。

宰相さんが止めなかったら、あたしったら、ほわほわーんとした状態のままで確実に尻尾食べられていた。

とにかく、このままこの場に留まっていると間違いなく食われる! と頭で考えるより先に身体が動いていた。


『た、た、た、助けてー!』


気がつけば、あたしは叫びながら飛ぶ矢も追い越す勢いで、謁見の間を飛び出した。

生存本能ってすばらしい。





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