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猫の日課

あー、幸せ〜…


闇色のマントの上に丸まり、至福のお昼寝タイムのあたし。

このマントはダーリンが着用していたもので、ダーリンの匂いがたっぷりと染み付いている。オマケに保温効果、通気性、耐久性にも優れた逸品物だ。


「レディ様! そ、それは陛下のマントです!」


気持ち良く寝ているのに無粋な真似をしてくるのは、ダーリン付きの侍従だ。

まだ幼さを残した顔立ちに、くりくりの白い毛に羊のような角が頭の両上に生えている。

あたしを退かしたいのならマントごと捲り上げればいいのに、それをしないのは万が一あたしの爪でマントが傷付かないようにするためだろう。

でも、そんなことはただの杞憂に過ぎない。さすが魔王陛下の愛用のマントは、あたしごときが寝惚けて爪を立てても引っ掻いても、破れるどころか傷ひとつ付かないのだから。きっとドラゴンの炎だって遮るに違いない。

そんなことも露知らず、羊美少年は懇願するようにあたしへ必死にいい募る。

そんなに邪魔なのなら、しっしっ! とあたしを払えばいいのに、この子は一度もあたしに無体を働いたことがない。あたし自身が退けるまで根気強く、ひたすら近くで粘るのだ。しまいには、うるうると青い瞳に涙を溜めるのだが、それが非常に可愛らしい。

美少年に哀願されて心が動かないほど、あたしは冷たくはないので愛らしい泣き顔をたっぷりと観賞したところで「よっこらしょっ」と腰をあげるのがいつものパターンだ。


「あああ、毛が……」


今の所、ダーリン愛用のマントを毛だらけにしても、引っ付いてダーリンに擦り擦りしにいっても基本的にダーリンからは直接何も言われた事はない。


嘆く羊美少年を尻目に、あたしは日課のグルーミングに勤しむのだった。




毛だらけのマントと羊美少年をそのまま置いて、あたしは早速ダーリンの元へ向かう。

謁見の間の玉座か執務室にいる事が多いので見付けるのは簡単だ。

入り口にちょこんと座りダーリンの仕事振りを観察する。ダーリンがチラッとあたしに気付いてから、きりのいいところでダーリンに近づいてゆく。これもいつもの事だ。

慣れた動作で膝に登り、胸に前足をかけて……


―――ちゅっ


これまた日課となったキスをする。

ダーリンは喜ぶでもなく嫌がるでもなく、身動ぎもしない。ただされるがままだ。もう少し反応してくれてもいいのに、あたしの一方通行で少し悲しい。


でも、嫌がってないって事はやっていいって事だよね?


ゴロゴロと頬に擦り寄る。

その様子を生暖かい目で見詰めてくるのは、たしか宰相さんだ。


「ごほんっ」


ワザとらしい宰相さんの咳払いが聞こえてきたら、引く頃合いだ。ダーリンの肩によじ登り、そのまま背中と玉座の間に身体を滑り込ませる。

心地よい温もりに包まれながら、そのままうとうとと寝入るのだった。


また寝るのか! と自分でも呆れるが、どうも猫になってからやたらと眠たくて仕方がない。もともと昼寝が好きな性分だったもので、この事態も慣れればなかなか快適で過ごしやすい。

ダーリンの傍にいれるしね!

人のままでは、とてもじゃないけれど……


あれ? あのまま結婚してたら、あたしどうなってたの??


素性のちょっと怪しい侍女に、将来有望な騎士さま。

「これであたしも貴族の仲間入りなのね。完璧な妻としてダーリンを支えるぞ!」と意気込んでいたあたしだが、対してダーリンは、とんでもない秘密を隠してくれていた。

まさか、あたしは自分の夫になろう人が魔王陛下だなんて、これっぽっちも知らなかった。

思い当たる節なんてまったく、……いや、今思えばちょっとくらいあるような……


いつだったか、広間のシャンデリアの鎖がブチっと千切れた時、丁度あたしは真下でその光景を見た。キラキラと光を反射させながら落ちて来る巨大なシャンデリアを見ながら「うわぁ…綺麗」だとか間の抜けた感想を抱いていた時だった。

あたしの視界が一瞬にして暗闇に包まれたと思ったら、気が付けばダーリンの腕の中にいた。そういえば足の床が抜けたような感覚も合ったような気もする。

あの時は、砕け散るシャンデリアがあまりに綺麗だったから、真下にいたという事実を錯覚だと思う事にしたのだ。

幸い死者が出る惨事にならなかったが、ダーリンが助けてくれなければ、きっと美しいシャンデリアの下で醜く潰れて死んでしまっていただろう。

今更になってその時の恐怖にぶるりと身を震わせる。


「一体どなた様のお陰で、この世界が保たれているのか。愚かにも忘れてしまったようですなぁ」


聞き覚えのある声に、思わずピクリと耳が動く。

この声は、あたしが働いていた城の元侍従長の声だ。

ピッチリ分けた前髪とダンディーなおヒゲがチャームポイントの洗練された動作の紳士だ。

カッチリと真面目そうに見える装いの中に、茶目っ気を隠し持っており、あたし達侍女仲間の間でも好評価な人物だった。

なんでも、元々魔界出身……、というか闇の精霊らしく、なんとか六柱……名称忘れてちゃったけど、ダーリンに絶対忠誠を誓ってるだとか。

実は侍女時代に、ことある事に口説かれていたあたしは、なるべく顔を会わさないように注意を払っていたのが。

その口説き文句は、


「お願いします。どうか貴女の生む御子様の名付け親になる権利を、どうかこの私めに!」


……はい。

今なら解ります。

そういう事だったんですね。紛らわしいのよ、ったく!


魔界で見つけた顔見知りは、元侍従長だけかと思ったら他にも知った顔がチラリほらり。

極めつけにはダーリンの後見人だった伯爵は、魔界の剣術顧問で、その、なんとか六柱の一人だった。


つまりは、どいつもコイツも! グルだったのである。





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