番外編:とある侍女の奮闘記・上
見ての通り、わたくしは侍女です。
所属は魔王城中央宮勤務、つまり主な仕事場は魔王陛下にかなり近い、侍女としてはかなりの地位と、と、言いたいところですが、実際は侍従長であり魔王陛下の傍仕えでもある、フレイル様のしたっぱでございます。
もともとわたくしたち、中央勤務の侍女'sは、見た目が良く、いつ魔王陛下の御手付きになってもいいような家柄と教養を叩き込まれています。いわゆる側妃候補という立場だったりします。
そのような役割を頂いているからか、わたくしの職場は内情に詳しくない方々から見ると、一見、優美できらびやかな世界ながらも、一人の殿方を巡り非常に剣呑、殺伐とした、ドラゴンも裸足で逃げ出すような愛憎蠢く凄惨な職場と勘違いされているようですが、実際は全くの逆。
それもこれも、肝心の魔王陛下は長期に渡り城を空けておられたからです。
いざお戻りになられると、わたくし達が色めき立ったのもつかの間、残念ながら魔王陛下はそういった色事に、非常に淡白であらせられたのです。数々のアプローチの末、そして、わたくし達は悟ったのでした。
今では陛下に色目を使うのは、新参の侍女くらいです。
彼女らは、野心たっぷりのお父上から「あわよくば魔王陛下のご寵愛を」と、よーく言い含められ、自身も「ワタクシが魔王妃に……」と、野心を膨らませてやってくるのですが、数々のアプローチをしつつも、素晴らしい放置技能をお持ちであらせられる陛下を前に、自ずと悟るのです。
…………魔王陛下は観賞用! だと。
そんな彼女らを、わたくし達は誰もが通る道、通過儀礼として手を出さず、暖かく見守るのが暗黙の了解、先輩の義務なのです。恋に野心にと瞳が曇った女子に、何を言っても無駄だからですね。
しかし、わたくし達にとっては魔王城の中央勤務は非常に人気の高い勤務地です。
殿方は魔王陛下御一人ではございません。
魔王陛下を御守りする近衛の方々を初めとして、若くして陛下の傍仕えを務め上げる皆の弟、将来有望なアビル殿。
強面の見た目を裏切り、お優しい性根との落差が堪らないオックスゲヴァルト様。
麗しい見た目と微笑、柔らかい物腰で一番人気のフリージア様。
六柱の御一人、“夜の支配者”、ロード・オブ・バンパイア、ネーベル様はつい最近までは渋いおじ様だったけれど、妖しい美貌の青年姿に戻られました。なかなかの渋さだっただけに、わたくしとしては非常に残念です。
渋好みと言えば、六柱ネメシス様も捨てがたいですが、あの方には変態というお噂がございまして、除外させてもらっています。
魔王陛下が駄目ならば、他の優秀株を! と、日々わたくし達は奮闘している訳です。
人気の殿方は他の同僚の狙いと被ることもありますが、魔王陛下一本から分散されたこともあり、頑張り次第で意中の殿方と結ばれる可能性も格段に上がるという訳です。
でも、出来ることならば魔王陛下の漆黒の瞳に見詰められたぁい! というのがわたくし達の本音ですけれど。
皆さん本音を隠しつつ牽制しあってますが、誰が何と言おうと平和な職場です。
そんなわたくし達の職場に、最近変化が訪れました。
我らが魔王陛下は、地上の猫を拾われたのです。
猫。
猫と言われてわたくし達がまず想像したのは、小屋ほどの大きさのサーベルキャット、いわゆる剣猫と呼ばれる種類です。“山岳の殺し屋”とも呼ばれる気性の大変荒い魔物です。
通常ならば、まさか、と思うところですが、陛下は以前、地獄の番犬と名高いケルベロスを拾って来られたという実績がございます。
まさか、生きてサーベルキャットをこの目で拝めるなんて、さすが魔王陛下! と城内でも噂になりました。
しかし、胸に期待を脹らませたわたくし達の前に現れたのは、なんとも、ちんまりとした小動物でした。
早速お茶会という名の緊急会議が開かれます。
あの黄色の小動物は何だ。
サーベルキャットの子供では?
色が違う、いやでも突然変異。
でも背中の“ぶち”が無い!
魔王陛下は大変な可愛がりよう。
ヴェルガーの子供では?
いや、あの種族が子供を独りには。
魔王陛下がただの猫を拾うとは。
ないない、それはない。
長い議論の末、わたくし達はあの猫を突然変異で色が違う、背中の“ぶち”も無い、尻尾も一本千切れてしまった“サーベルキャットの子供”と結論付けました。
ケルベロスが城門の守護者となったように、ゆくゆくはサーベルキャットの子供も城の警備に就いたり戦場を駆けたりするのでしょう。
しかし、すぐにわたくし達は間違いに気づきました。
宰相閣下に“レディ”となずけられたサーベルキャットの子供は、すくすくと成長、……しなかったのです。
魔王陛下は大変慈悲深いお方です。
発育不良の、野生では他の兄弟に淘汰されてしまう弱い個体を保護なさったのでした。
そのうちに、魔王陛下は“飼いサーベルキャット”のご学友をお求めになられました。
……先に陛下がお求めになったのか、それとも誰かが献上してきたのか、どちらが先かなんて定かではありません。噂とはそんなものです。
しかし、一人が献上してきたと同時に、更に次、更に次、更に……、と気が付けば、あっという間に魔王城は“サーベルキャットの子供”で溢れかえりました。しかも何故か全て尻尾は一本で、何故か毛並みの色も違います。
サーベルキャットとは、岩肌が剥き出しの山岳地帯を主に生息している銀色の毛並みの中型の魔獣で、魔力に比例して尻尾の数が違うのが特徴です。その数、成体では通常五本、少なくて三本。生まれたばかりの子供でも二本は生えているのが普通なのです。ちなみに申し上げますと、過去最高十二本までが確認されております。
これだけ数が揃えば、もはや“千切れた”では済まされません。
尻尾が一本というと、恐らく魔力はほとんど無しという事でしょう。
いかに凶暴な魔獣の子供と言えど、わたくし達が恐るるに足りません。
しかし、サーベルキャットの子供は、やはりサーベルキャットの子供でした。
魔王城へ献上されて来たのは、比較的大人しい陛下の飼いサーベルキャットとは違う、子供の内からも気性が荒く、その凶暴性は“山岳の殺し屋”たる片鱗を伺わせるサーベルキャットの子供たちばかりだったのです。
仔猫たちは、至るところで縄張り争いを始め、ところ構わず戦闘を繰り広げ、挙げ句にみかねて止めに入った侍女'sの一人に手傷を負わせたのでした。
山岳の殺し屋の異名は伊達ではございません!
ショックで寝込んでしまった同僚を看病しながら、もしこの仔猫たちが成長しきってしまったら……、と想像してはわたくし達は震え上がったものです。
しかし、そんな事を言ってはいられない事態となりました。
何故か共にやって来たフォックスの女子が、わたくし達に対して大きな顔をし始めたのです!
通常、わたくし達は目上の方がいらっしゃるとすぐにお邪魔にならぬよう通路の端に寄りまして、通り過ぎるまで頭を下げるのが侍女'sの作法なのですが……
「ちょっと、あなた達、頭が高くなくて? なんたって私たち、魔王陛下のお気に入りなのよ?」
「お黙りなさい、半端者がっ!
そのような恥知らずの格好で、この魔王城を我が物顔で闊歩するなんて、なんてはしたない!」
「な、なんですって!?」
このような、やり取りが日常至るところで目撃され、とうとうわたくしもフォックスの一人と激突しました。
「そこのあんた、今、私より先に通路を行こうとしたわね!」
通常、目上の者が歩いている所を抜かして先に行くことは失礼に当たります。
目上の者が通路を先に歩かれている時は、わたくしがどんなに急いでいても大人しく後ろを歩くか、別の通路に行くかをして妥協しなければならないのです。
もっとも、わたくし達侍女'sをはじめ、使用人は常に主の為にしなければならない仕事がたくさん! ございます。
目上の方がちんたら歩き終えるのを待っていたら仕事は出来ません。
ですので、この魔王城には一般の方々には目の届きづらい場所に、使用人用の通路が存在するのですが、今回は通りませんでした。
すぐさまフォックスを迎え撃ちます。
「あら、なにか?
わたくし、身体を痛めた宰相閣下の為の薬湯をお持ちしてる最中ですが、何かご用でしょうか?
一刻も速く薬湯をお持ちした後に閣下に許可を頂き、すぐに非礼を詫びに参りますわ。
お名前を頂戴しても?」
はい、わざとでございます。
わたくし負ける戦は致しません。
このわたくしが、何故フォックスのために狭くて薄暗い使用人用の通路を歩かなくてはいけない道理があるのでしょう?
今のは下町風に申し上げますと、「なんかようか、ワレェ? ちょっと今、宰相はんからの用事で手ぇが離せんねんけど、あとでならいいでぇ。たーだーし、宰相はんにはあんたに絡まれたから遅くなりましたて、しっかり告げ口しといたるからなぁ!」でございます。
完全勝利にございます!
ぐうの音も言わしませんでした。
しかし、侍女's全ての者が勝利したわけではありません。
中には泣く泣く譲った者、膝を付いた者も大勢います。
日々募りゆく鬱憤に、更にわたくし達の神経を逆撫でする出来事がありました。
宝石商が魔王城へやってきた時のことです。
侍女の仕事はなかなか忙しく、城下町へは非番の日にしか行けません。それに必ずしも買い物に行くとは限りません。非番の日こそ、仕入れた情報を元に狙いの殿方の行動範囲を再検証し、新たに計画を練り直すのに最適な日はございません。
偶然を装い接触する事も可能です。
しかし、わたくし達も女性。
飾り立て意中の殿方の気を惹くもよし、見栄を張るのもよし、自己満足でもよし、光り物は大の好物なのです。
そんな日々勤勉に貢献するわたくし達のために、時折、魔王城へこういった商人の出入りが許可されるのです。
これぞ魔王陛下の気遣いです。
わたくし達は嬉々として宝石を求め、広間に集まりました。
が、思わぬ先客に足を止めます。
フォックスの半端者たちです。
彼女らは、わたくし達の楽しみの場を、わたくし達の誰の許可も無く、無断で踏み荒らしているではありませんか!
いえ、わたくしも頭では理解をしています。
何もわたくし達だけのために、この催しがあるのではないと。
光り物の魅力は、種族身分を問わず全女性のため、いえ、全魔界の民共通のものです。いわば、この催しは魔王城全てに住まうものの為に、なのです。
宝石商の方にとっても、わたくし達もフォックスの半端者も同じ客、拒む理由は無いのです。
しかし、わたくし達の心中は違います。
日々遊び惚けている連中が!
わたくし達の憩いの場を!
我が物顔で踏み荒らし!
我先にと宝石を選び!
仕事に精を出すわたくし達は!
彼女らが残した余り物から!
宝石を選ばなくてはならないのです!
……まるで狐の残飯を恵まれたような気分です。面白いはずがありません。
しかも代金を支払っている様子はありません。
無料で宝石を頂いているではありませんか!
これは一体どういう事なのでしょう!?
すぐに侍女'sの一人が事実確認に向かいます。彼女らの代金は、なんと魔王陛下からお支払いするということでした。
なんという事!
なんという、なんという……!!
こんな理不尽な事は、許されていいのでしょうか!!
早速、お茶会という名の緊急会議が開かれることとなりました。
捕捉その①
基本魔界の権力者のお嬢様、侍女'sは箱入りで育てられ、凶暴な魔獣の類いは図鑑などでしか見たことがありません。(ただし例外:ケルベロス)
捕捉その②
フォックスというのは魔界の“二つの姿を持つ一族”の一つです。キツネさんです。
詳しい説明は、いつか本編にて説明……出来たらいいなぁ。
彼女たちは本編『猫の心、飼い主知らず』にて登場している、あの猫耳の皆さんです。
半端の姿は、一番地上の猫の耳に似ている!
という、とあるお偉いさんの見解で魔王城に投入されました。