黒革の日記帳4
最近、夢を見る。
暗闇と、恍惚と、翳る宝石の夢。
「地上への進軍を!
過去に我らの祖先を虐げ、この世界へと追いやった者共の血で怨みを晴らし、大地を紅く染め上げましょうぞ!
彼らの血で彩る大地は、さぞかし見物で我らに恵みを与えてくれるでしょう!」
若さ故に愚かな上奏。しかし力強く威勢の良い声が謁見の間へと響き渡る。
将となるには、抜きん出た技量はもちろんのこと何事にも動じない不屈の精神、これらを備えた猛者である事が第一の条件であるのだが、それとはまた別に、上に立つには重要な要素が存在する。
それは“声”だ。
サンドレオールの若き領主は、よく響く良い声を持っていた。
彼の声音は、人の琴線をかき鳴らし奮い立たせ、率いるに十分な威力を発揮する事が予測できる。
だが、声音だけでは目的を果たす事は到底不可能である。
地上はそう易々と落ちはしない。
聖地に君臨する“聖王”は、俺と対をなす、光。一筋縄でいく筈がない。守りを固める聖騎士たちもいずれも魔術と剣の手練ればかりだ。
神殿の巫女とも友好を結ぶ“海神”も、恐らくは黙ってはいまい。
“海神”と同じく星の四大元素一つである、風を司る“天帝”は人の器を持って生まれ、傀儡戦争では数多くの輝かしい武功を立てた。
セント・ノールの焔の守り手は、多くの魔術師を育てており、世間に名を馳せる教え子も存在する。
何よりも注意すべきは“軍神”。名の通り戦を司る戦神を討ち取るには、こちらも名のある多くの将校を失うことになるだろう。
軽く予想を立てるだけでも、間違いなく、それらの“神々”とぶつかる事になるだろう。
戦火が燃え広がれば、それだけ敵も増える。
叡知の塔の賢者たちに、永久氷壁に住まう氷雪王、緋色の鱗の千年竜にその竜騎士たち。
“神”の称号を持つもの以外にも、地上には油断ならぬものが大勢いる。
しかし、“水”と“火”が衝突し混乱した後なら、勝機は十分に……、
危うくひょっこりと顔を出してしまった野心を奥底へと引っ込める。
真面目に分析してしまったことに、内心苦笑いを浮かべてしまった。なにも地上の大地に、我が民の血を吸わせる事はない。
どうやら俺も、彼の声に乗せられてしまったらしい。
サンドレオールの先祖は千年前、初めてこの地を踏んだ。世界と言うには、あまりにも不安定で危うい、まっさらな荒れ地を見た。
誰も落胆したりはしなかった。彼らの目には光があった。希望があった。かつての忌まわしい居場所を捨てて、己の手で造り上げる新天地への、期待と夢に溢れていたのだ。
荒れ地を根気よく耕しては緑を植え命を育み、そうして寿命を迎えては魂は天の流れに身をまかせ器は大地へ帰り、ようやく秩序が生まれた。
世界が安定するまでに、実に千年。
彼らの望んだ世界となりつつある。
ところが、先祖よりもはるかに恵まれた土地に住まうはずの子孫は、先祖から譲り受けた地の恵みよりも、地上の恵みを望むと言う。
「陛下はご存知か、我らの地の実りは既に尽き、滅びの道を緩やかに降っている事を。
今立ち上がらねば、ますます飢えは世界に広がり、略奪と殺戮が大地に蔓延ることでしょう」
「そなたの言い分は理解した。
だが、それを成す為にどれ程の命と、どれ程の時を浪費するつもりか」
「先祖が愛した土地を、このまま痩せ衰えてゆく様を、民が飢える様をこのまま見過ごせとお思いか」
手負いの獣が唸るように、余裕のない眼差しだ。
何がなんでも、地上の富を望むらしい。
「この件は、ひとまずこちらで預かろう」
「陛下はご理解を……」
「下がれ」
有無を云わさぬ口調にようやく引き下がった。
それでも後ろ髪が引かれると言わんばかりに、謁見の間を後にする。
溜め息を吐いては、隣に控えるシュベルに視線を向ける。
「サンドレオールの跡取りは随分と血の気の多いのがついたようだな」
「……いえ、彼は確かに聡明とは言い難いですが、もう少し民を慮る人物で、あのような短慮な行動は理由が無ければ……、
……少し調べてみましょう」
「頼む」
まだまだ後は控えている。
次の謁見者を呼べば、すぐにやってきた。
「何用だ?」
マリベール・ロートリンスとエリー・ファンタべリーだ。
レディの侍女という肩書きを持つ彼女達だが、実際には猫の世話といっても最近のレディは勝手に何処かへ散歩へ行っては戻ってこないし、かと思えば誰かにピッタリとくっついて離れない時もあるし、今一つ行動範囲が掴めない。人の彼女達に、窓から窓へと跳んだり隙間を行ったりするレディに付いて回る事は不可能だ。
それにレディは、未だに見たことがないが、半端な人型もとれる、らしい。気儘に猫らしく過ごしているようだが、食事時にはいつもひょっこりと戻ってくるので、彼女達の仕事の内容はいう程無く、日中はかなりの自由時間を持てる。ロートリンスは図書館へと篭り、エリーは城内の下女の仕事を手伝ったりと日々を過ごしているようだ。
レディの侍女というのも個々に対するこちらの思惑は違えど、彼女達を城に住まわせる為の“理由と名目”であるので、問題ではない。
城の者たちと触れ合う事によって、自分のやりたいことを見つけてくれればと願う。
顔を青ざめ、唇を震わせながらまずはロートリンスが切り出した。
「わ、わたくしのドロワーズがっ、し、下着が無くなりましたわ!」
……なんというか、力が抜けた。
世界の命運を賭けた問答の次は、とるに足りない日常の世話か。
魔王とは、何でも屋のような、便利屋のような立場なのだろうか。少し逃避して自問自答したい。
「……それは、ただの物忘れじゃないのか?」
果たして、謁見の間で上奏すべき事なのだろうか。
まずは、侍従長に言え。
異性に言いづらいのならば、……いや、俺に上奏した時点でそれはない。
誰だ、通したヤツは。
「なにをおっしゃいますの、乙女の一大事に! わたくし、確かに部屋に置いてましたわ!
我が国一の美女、アーマリエ側妃御用達の店で、最高級の生地で仕立てさせたものですのよ? 天使の羽毛のごとく最上の肌触りが約束された一級品ですのよ!? 誰もが一度は穿いてみたいと思うはず!」
側妃の名前も聞いたことは無いし、地上の品はいまいちピンとこない。
内心、首を傾げていると、シュベルが呆れながら代弁してくれた。
「……魔界の住人が、地上の品であるその下着の価値を知っていると思うのですか?」
「なにいってますの、我が国のあんなにお綺麗で有名なアマーリエ側妃を知らないとは言わせませんわっ」
ロートリンスにとっては自身の下着よりも、アマーリエ側妃の有無の方が重要らしい。
だが、それに堪に障ったのはシュベルだ。
「貴女は魔界の特産物、美人所に、観光名所、……言えますか?」
「…………。
世界でも、一、二を争う大国の美妃ですのよ?」
「ここだって負けてませんよ」
「特産物はともかく、わたくしは魔界の有名人くらいは知ってます、魔界を治める魔王とか!」
本人が目の前に居てるのだが。
「それくらい知っていて当然です。それよりも、そこらの側妃と我らが魔王陛下を同列に扱わないでいただきたい!」
「んまあ! そこらのですって?!
……アマーリエ側妃は、珊瑚姫の如く美しく清らかな所作、乙女の守り手一角獣の如く気品溢れる眼差し、女神のごとき慈悲深い微笑みは、あの天帝すら凌駕する美しさと評判のお方!
その方をご存知ないなんて、ホホホ! これだから辺境世界の田舎者はっ!」
「……言ってくれましたね、言うに事欠いてこの私を田舎者呼ばわりとは!
貴女こそ知らぬでしょう、魔界一の美貌を誇る、六柱アスタロットを! ハッ、ご存知ないと!?
ああ、残念ですね。容姿の美しさは勿論のこと、彼女の華麗な空中円舞を見たことがないとは。
地上のチヤホヤされて弛んだ身体の側妃と違い、魔界屈指の実力者たる彼女の身体の造形美といったら!
まさに人の域を越えた悪魔的美!」
子供の喧嘩のような応酬が続く。
シュベルも普段から澄ました顔をしているが、あれで筋金入りの負けず嫌いだ。子供のような喧嘩にも敗けは許されないらしい。
こんな時こそレディと戯れるに限るが、視線をさ迷わせると、喧嘩する二人とこちらと交互に見て、助けを求めるような視線をくれるエリーがいるのみで望む姿は見当たらない。
溜め息を呑み込みながら、わざとらしく音を鳴らして問うてみた。
「…………それで?」
二人とも身体を強張らせたかと思えば、貝のようにぴしゃりと口を閉ざす。
それまでは、ロートリンスの影に縮こまっていたエリー・ファンタベリーが戸惑いながらも口を開いた。
「私のキャットキャップ……、あの、頭に被る頭巾なんですけれど、それも見当たらないんです」
「そ、そうだったわ、それだけではありませんわ! 虫とネズミの死骸が連日わたくしの部屋の前に……!
一体、誰が! なんの嫌がらせですの?!」
……雲行きが怪しくなってきた。
気を取り直して詳しく聞くと、双方とも洗濯後、確かに部屋に置いたはずだが、いつの間にか物が消えてしまったようだ。他にも支給されたはずの侍女服も一着行方不明となったという。
「わかった、早急に調べよう」
詳しく捜査する旨を伝え、下がらせる。
さすがに二人共に、となれば勘違いでは無いのかもしれない。
まさか魔界の王のお膝元で、泥棒が出没するなど、有り得るのだろうか。下着に、頭巾に、侍女服?
まさか犯人は裸だったのか?
そんな馬鹿な。
しかし考えてみればこれはかなり急を要する事態だ。
彼女たちの部屋は、レディに仕えやすいように寝所から程近い、元は正妃のために作られた部屋を与えた。最近まで、そこに誰かを入れたことも無く予定も無く、勿体無いので物置小屋のようになっていたのだが。
城の中でもかなり深部であるそこに、得体の知れぬ何かが出入りするなどと、例え下着泥棒や嫌がらせという下らない目的であっても、許される事ではない。
こうなれば、魔王の威信にかけても全力で調査をしなければならない。
さっそく、隠密行動に長けた信頼できる者を呼ぶ。すぐに床から黒い水溜まりが染み出たかと思えば、中から髭を大事そうに擦る紳士が現れた。闇を使った空間移動だろう。
「お呼び預かりこのネメシス、魔王陛下の御下へ馳せ参じました」
優雅な動作で膝を折る。
それまでは、後ろに控えていたアビルは思わぬ登場に「きゅ!?」と小さく短い悲鳴を上げては、半端に耳を出してしまった。すかさず侍従長のフレイルに無言で小突かれる。
見ずともこれくらいは簡単に想像できる。
「ああ、フレイル殿っ、なんという無体をなさいます! このようないたいけな少年に」
すぐさま悲痛な顔でネメシスが止めに入る。
「るせー! 教育的指導だっ、ちっと黙れ、この幼年趣味の変態めっ!」
フレイルは普段は良くできた侍従ではあるが、よくアビルにちょっかいを掛けるネメシスには、突っ掛かる。
本当に、普段は場を弁えた、良く出来た人物なのだか……
心外な! とばかりに鼻を鳴らすネメシスも、呼び出した主を置いてきぼりして赤裸々に性癖を語りだした。
「幼年趣味? 勘違いしないで頂きたい。
私めが愛でているのは、半人前と罵りを受けがらも気丈に振る舞い、それでいて懸命に責務を果たしつつ、その裏で! 己の未熟さを痛感し恥じ、胸の内での葛藤に気付かない内に小刻みに震え、頼りなく下がり、庇護欲をそそる半端者の象徴!
すなわち、立ったり揺れたりぺにょっと落ち込んだり、秘めたる感情を叫ぶ耳や尻尾!
極めつけは、それに気付いたときの羞恥に耐える表情!
……たまりませんなぁ」
すかさずアビルを抱えて後退するフレイルは「うううウチの見習いに近付くなっ、この変態め!」と叫び、「もう見習いじゃないです!」と憤るアビル。
「ちなみに申しあげますと、最近一番ぐっ! と、きましたのはレディ様が猫耳を恥じらう姿ですかなぁ」
…………そのとき、すごく殺意がわいた。
ぎょっとしてこちらを見る面々。
「げぇっ!」「おおお落ち着きを!」「謝りなさい、今すぐに!」と口々に開く。
「少々戯れが過ぎました、御願いしますからその魔力しまって下さい。私は魔王陛下一筋にございます」
「…………」
余計に嫌だ。とは思ったが、口をつぐむ。もう矛先がレディでなければ、なんだっていい。
と、いう出来事の為に本題になかなか入れず大変だった。と、寝所で日記の最後を締めくくる。
きりのいい所まで書いた頃、ちょんちょんと裾を引かれる感触に視線を下げると、たっぷりと水を与えられ、青々と育った葉のような瞳と目が合った。
艶やかな蜂蜜色の毛並みを持つ地上の猫。
レディだ。
嬉しそうに緑色の瞳をぱちりと瞬きする様子に、思わずこちらも瞬きを仕返してしまった。
当初に感じた壊してしまいたくなる衝動よりも、今では愛しさのほうが勝っている。
伸び上がって椅子に引っ掛けていた前足を下ろして、くるりと背を向けたかと思えば、寝台の下に顔を突っ込む。ごそごそと尻尾を揺らしていたレディが、羽ペンをくわえてこちらに戻って来た。
行儀良く前足を揃えて座っては、緑の瞳を煌めかせて催促するように見つめる。
どうやら構って欲しいらしい。
羽ペンを見て「そういえば」と思い出す。執務室に常備していた一本が、珍しいことに何処かへ無くしてしまったようだったのだが、アビルとフレイルが凄く狼狽えていた。身の回りを整えるのは彼ら侍従の役割でもあるので、思わぬ落ち度に驚いてしまったのだろう。
しかし、犯人は意外とすぐ傍にいたらしい。執務用にあつらえられた質の良い白い羽ペンは、今やレディのお気に入りの玩具の一つとなったようだ。確かによく執務室ではシュベルの目を盗み、それでレディに構っていた。
……彼らには、今度内密に謝っておこう。
誘いに応じようと、座ったまま羽ペンへと手を伸ばせばレディはひらりと身を避わす。
首を傾げる。
遊んで欲しいのではなかったのだだろうか。
少し開いた距離を詰めてレディがすりー、と足に身体を寄せる。
やっぱり構って欲しいようだ。
再び手を伸ばせば、またもやひらりと軽やかに身を避けた。
「! ……こいつっ」
からかわれている。
追いかけると、羽ペンを放り出してぴょんぴょんと兎の様にはしゃぎ回るレディ。名前とは反して淑女からはかけ離れた行動に、ついついこちらも熱が入る。
寝台を転げ回りながらも、一瞬の隙を突いて小さな身体を抱き上げた。
「ほら、捕まえた」
意外にも暴れることもなく、大人しく腕に収まる。それどころか「みゃあん」と顔を寄せながら甘えるように鳴いた。
なんというか、心が物凄く動いた。
身体を洗われて、ふかふかになった毛並みがなんとも心地好い。あの二人はちゃんと仕事をしているようだ。
蜂蜜色の毛並みに顔を埋めながら、一緒にころころと転がってしまった。
今夜はいい夢を見れそうな気がする。
…………。
柔らかく、頬を撫でる風。草花の新鮮な青臭い匂い。
広がる光景に目を疑う。
向こうには切り立った崖に建造された見事な城。城の直ぐ後ろを流れる雄大な滝。
眼下に広がる城下の街並み。
崖の上には白い翼を持った、鳥ではない、大きな獣が飛翔している。
……あれは、馬? いや、天馬だ。
滝から上がる飛沫が日の光を反射させて、実に見事な大きな虹が架かっていた。
美しい、都だ。
こんな場所は魔界には存在しない。
もっとよく全体を見たい。
そう思って辺りを見渡せば、都から少し離れた緩やかな隆起を象る丘の中腹に立っていたことに気付く。
更によく周囲を見れば、丘の頂上には一本の樹が見えた。
あそこに行けば、何かわかる気がする。
やがて頂上に聳える大樹が出迎えた。
何の変哲も無い、ただの大きい樹に見えるが、この樹はどこか特別な気がする。
伸び伸びと自由に開いた枝に、青々とした葉を覆い繁らせ、風に揺られて音を奏でては、心休まる心地好い空間を提供している。
ここからなら、虹の都の全貌がよく見えた。
滝を中心に左右対称に造られた城。計算され尽された芸術と云わんばかりの見事な造形に、思わず溜め息を漏らす。
しかし、それ以外何もない。
少々肩をすくめる気分で樹の幹に背を預け、ずるずると座り込む。
そよぐ風に揺れる葉の隙間から射し込む木漏れ日はどこまでも優しい。
周囲に散らばるように咲く白い花も、風に逆らうことなく小さく揺れる。
なんて、のどかで無防備な。
何気なく視線をずらせば、心臓が跳び跳ねんばかりに脈を打った。
女だ。いつの間に?
直ぐ側の樹の根元には女が一人、並ぶように座り込んでいた。
顔はわからない。
彼女は先ほど俺が目を奪われてしまった虹の都を眺めていて、向こう側に顔を背けている形になっているからだ。
まるでどこかの侍女のような清潔感のある服装に、長く柔らかそうな癖っ毛を風に遊ばせていた。
髪の色は、さっきまで一緒に戯れていた愛猫を思わせる。
レディだ。レディを思わせるような、蜂蜜色の髪。
女のすぐ隣では蔓で編まれたバスケット。
中は見なくても知っている。パイが丸のままで一つ入っているはず。
いつもおやつに持ってくるそれは、彼女得意のお手製のものだった。
心得ている俺はいつも一切れだけもらっていた。彼女は華奢な見た目を裏切って、大食らいだからだ。
風に舞う優しい蜂蜜色の髪。
けれど本人は余り好きではないようで、いつだったか、干した藁束のようだと嘆き、雑じり気のない金髪が良かったと愚痴を溢したことがある。
彼女が何と言おうと、俺はこの色がいい。
それが彼女の髪だからだ。
一束掬って口づければ、たちまち甘い官能が身体中を駆け巡る。
それは蜂蜜のように、とても甘い―――
…………?
何故、そんな事を知っているのだろうか?
何故、そんな柄にもないことを。
虹の都は初めてみるし、第一ここは地上だ。
俺は滅多に魔界を出ることはないし、ここ数百年は聖地か古い知り合いのいる場所ぐらいしか巡った事がない。
長すぎる生に、とうとう耄碌してしまったか。
けれど、どうしたことか。
風に揺れる蜂蜜色の髪を見ていると、どうも触れたくなってくる。
触って確かめたくなってくる。
どうしても抗えない衝動に、手を伸ばす。
伸ばした手は蜂蜜色の髪を通り過ぎ、触れたのは細い首筋だった。
簡単に掴めたそれに、何故かゆっくりと力を込めた。