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壁に耳、ではなく間近に耳あり


程好い薄暗さ、あたしがスッポリと入り、なおかつゆったりと寛げるこの狭さ。


この隠れ家は気に入った。


「た、だんちょー、俺の鎧の中にまたピンクちゃんが入ってます……!」


「あ? ピンクちゃん? ……ってお姫さんじゃねぇか」


「お、ピンクちゃんだ」


「ピンクちゃーん」


わらわらと集まる筋肉に、あたしは慌てて首を引っ込める。

最近のあたしは、耐え難い苦汁を舐めさせられた大男の弱味を握るべく、せっせと兵士たちの鍛練場の様な所に通っていた。

奴がお皿にちゃんとお肉盛り付けなかったせいで、あたしは謁見の間で恥を晒し、ヒゲの危機を迎え、そしてダーリンからの愛を再確認したのだ。

だぁりん、大好きー!


しかし、いくら大男に張り付こうが、奴は一向にボロを出さない。

それどころか、いつもお肉を分けてくれるのだ。それがまた美味しくて美味しくて、ほんのりと温かい肉を頬張り、ご機嫌にダーリンの元に帰る日々が続く。あれあれ、こんなはずじゃ……?

最初こそ、ぞんざいに投げ捨てられたお肉は、次の日にはちゃんとお皿が用意されていた。銀色のピカピカに輝く新品のお皿だ。


ダーリンったら、情報と行動が速くない?


頭を捻りつつ、お肉は期待通りに美味しいのであたしは気にしないことにした。

最初の主旨から外れまくっているが、今日もあたしは隠れ家の中で訓練観戦をしつつ、おやつを期待して待っているのである。


それにしても、ぴ、ピンクちゃん…………?


最近あたしは不可解な名称で呼ばれている。

あたしの毛並みは、ダーリンが褒めてくれた蜂蜜色。最近鏡を見ていないが、目の色は緑色だったはずだ。……鏡を見ると、ゆらゆらと揺れる尻尾が気になって気になって、しばらく一人で格闘してしまうのだ。

ダーリンの愛と慈しみと優しさが篭ったリボンは、晴れた日の空の様な澄んだ青。

ピンクと呼ばれるような原因は、何もない。

もしかして、と思いつつ、あたしは隠れ家から顔だけ出して辺りを見渡す。

鎧の色は黒みがかった青。ピンク色ではない。

こてんと頭を傾ける。


そりゃそうよね、鎧がピンク色なんて目立って仕方がないもの。的にされちゃうわ。

それなら、一体どこにピンク要素が?


「くっ」


何か吹き出したような音に目をやれば、あたしの隠れ家のすぐ隣には、耳の長い男の人が座っている。この人は、あたしが隠れ家を利用し出した始めから、一番近くに座っている人だ。

白金の長い髪をゆったりと一つに纏めている、線の細い優男な感じの人だ。

最近では常に、あたしが隠れ家から出てくると、隣に腰を下ろしてのんびりと試合を観戦している。

あたしと目が合うと、にっこりと人好きな笑顔で微笑んだ。顔が整っているだけあって、むさ苦しい鍛練場は華やかな社交場に早変わりだ。この人は、場慣れしている感じがする。


……取って付けたような笑顔がなんだか、胡散臭い。


あたしはプイッと顔を背ける。


「ありゃ、手厳しいね」


さして機嫌を損ねた様子もなく、耳長の男は笑った。

顔を逸らした先には、あたしの隠れ家の持ち主が「なけなしの給金はたいて買った新品なのに……」と嘆く様子と「その辺に放っぽりだすお前が悪い。ありゃもう、お姫さんのもんだ」と諌める大男の姿。

あたしは満足気に目を細める。

さすが、わかっていらっしゃる。デカイのは背丈だけではなく、懐もデカイようだ。それに、この貫禄。だんちょーではなく、しょーぐんな感じがする。

さすが、しょーぐん! ……あたしの中で妙にしっくりきた。

うん。そろそろ、わだかまりを水に流してもいいかもしれない。

けして! お肉に懐柔されたわけではない。懐の深さに感銘を受けたのだ。

敢えて言うならば、しょーぐんのがっちりとした広い肩にあたしがイイ感じに乗れそうだとか、ちょっと乗ってみて高い目線を味わいたいだとか、下心がちょっぴり湧いてますが、何か?


あたしが一人でうんうん、頷いていると、何故か視線を感じる。顔を上げると、日を追うごとに増殖した隠れ家の周りの人たちだった。

気がつけば、耳長の男を始めとして隠れ家の周りに座ったりしている人は、軽く五人を越していた。その全員がやたらと顔をニヨニヨさせており、妙にあたしの堪にさわる。

……何だかムカつく。


「ピンクちゃん、ピンクちゃん」


その中の一人があたしに呼び掛けたかと思うと、人差し指と中指を足に見立てて交互に指を繰り出し床を走り出した。

あたしは思わず、目が釘付けになってしまう。


ゆ、指が! 指がテケテケしてる!


ちょいっ、ちょいちょいっとあたしが手を伸ばせば、指はテケテケッと俊敏な動きで逃げた。


ああん、捕らえ損ねた!


逃がした獲物は、その場であたしを煽るようにテケテケと足踏みを繰り返す。


……これは、あたしに対する挑戦状だわ!


あっさりと火が付く、狩猟本能。

ぐぐっと身を屈めて、今度は逃さないように狙いを定める。


いち、にの、……とうっ!


身体全身をバネにして勢いよく飛び付き、今度は捕獲に成功した。

期待と興奮に歓喜するあたし。身体中に満ち足りてゆく感覚に陶酔する。

しかし、まだ終わりではない。

何度か逃げようとする獲物に猫パンチを繰り出し床に叩き付ける。弱った所でしっかりと両手で獲物を抑え込み、逃げないように体重を乗せた。

それだけでは済まさない。

ピクピクと動き、抵抗する獲物にがぶっと噛み付く。


んふー


満足気に鼻をならす。


噛み噛み……


噛み噛み……


ん?


動かなくなった獲物に、頭が冷静になってきた。

ニヨニヨした視線があたしに突き刺さる。


あ、あたしったら、我を忘れてなんて事を……!


噛み噛みしていた指を慌てて吐き出す。

大勢の視線に晒され、途端に身体全体に燻っていた火が羞恥心にまで燃え移り、烈火の如く凄まじい勢いで燃え上がる。プルプルと尻尾まで震える。


くぅっ、一生の不覚っ!


居たたまれなくなったあたしは、脱兎も追い越す勢いで逃げた。




羞恥心に負けたせいで、今日のおやつを食べそこなってしまった。

でも、あの醜態を晒した後でそのまま居座るほど、あたしの面の皮は厚くはない。

でもでも、おやつは食べたい。

そんなわけで、今日の分のおやつを取り戻すべく、あたしは厨房の方へと足を向けた。

侍女さんたちの焼きお菓子や飴細工も捨てがたいが、狩りで火照った身体を冷ますには新鮮で自然な甘さの果物が望ましい、とあたしは結論づけたのだ。

厨房で働く皆さんも、あたしが「にゃ〜ん」と一声鳴けば、その場で新鮮な果物を剥いてくれたりする。もちろん小さな身体のあたしに全部食べられる訳ではないので、余った残りは厨房の皆さんが休憩がてらおやつを摘まむ。

あたしは果物を貰うかわりに、厨房の皆さんには休憩の時のおやつを食べるための理由を提供する。

あたし達は、美味しい関係なのだ。


あたしったら、魔王城のおやつ事情にかなり詳しくなってきている気が……。


しかし、道中で見知った顔を見付けてあたしは足を止めた。


「あーあ、こんなにしちゃって」


「すみません、よろしくお願いします」


「なに、あんたが謝らなくても。心配しなくても、ちゃあんと綺麗にするよぉ!」


申し訳なさそうに縮こまる、あたし付きの侍女、エリーだ。


一体何をしているのかしら?


好奇心に負け足を踏み入れたあたしは、妙に嗅ぎ慣れたニオイに辺りを見渡す。

綺麗な水路。積み上げられた桶。桶に水を汲み、その中で足踏みをする女、もしくは忙しなく手を動かす者もいる。


……洗い場みたい。

少しニオイが強くて気付かなかったけれど、これは石鹸のニオイだ。洗い立てのシーツから、よく匂うニオイだ。道理で嗅ぎ慣れていたはずだ。

エリーは使い古されたリネンの洗濯を頼みに来たようだ。籠のなかにシーツに挟まれている黒いカタマリはダーリンのマント。あたしの毛がついているので間違いない。視力はいいのだ。

くしゃくしゃに丸められたシーツの籠を、先ほど話していた女の人に手渡している。


あ!


そこであたしは気付いた。


汚れものだからって、くしゃくしゃにして入れちゃ駄目なのよ!

ダーリンのマントを粗雑に扱うなんて、言語道断!


汚れものであっても綺麗に折り畳み、籠に入れて下女の人にお願いするのが、できる侍女のたしなみだ。

くしゃくしゃに詰め込まれた籠とは、見栄えが雲泥の差。

頼まれる側の洗濯場の皆さんも、自分たちの仕事に誇りを持っている。くしゃくしゃに詰められたならば、何だかせっかく洗濯したものがぞんざいに扱われているようであまりいい気分がしないが、綺麗に折り畳まれたものならば「大事に使って下さってるのだわ!」と感激して、より仕事に精を出してくれるのだ。女官長さまの受け売りだ。汚れものでも侮ることなかれ。


侍女の気品は、主の気品!


ちょーっと待ったー! とばかりに彼女たちの前に飛び出す。その勢いのまま、洗い籠の中目掛けて身体を突っ込む。

籠を持っていた女の人から「うひゃ!」と悲鳴が上がったが、今は構ってられない。その中の一枚をくわえて、籠から這い出る。

ベッドのシーツだ。

思った以上に重いそれに、顎が外れるかと思ったが、気合いと根性で乗り切る。さっそくエリーにお手本を見せようと、床にシーツを広げた。


「にゃ!」


しっかりと見といてよね! とエリー声を掛け、折り畳もうと試みた。試みた、が……


う、上手く折り畳めないー!?


何度頑張っても、途中でくしゃくしゃになってしまった。床に不可思議にシワを寄せるシーツ。

シーツの端をくわえて、うろうろとさ迷うあたし。非常に情けない、情けなくって涙が出そうだ。


「レディ様!?」


慌ててあたしに近寄るエリー。

あまりの勢いにあたしも慌てて距離を取る。

結果的にあたしが散らかしてしまったシーツを掻き抱き、女の人に頭を下げた。


「ごごご、ごめんなさいっ」


「ああ、びっくりした。あんたは悪くないよ、顔を上げな。苦労するねぇ」


健気に頭を下げるエリーに、罪悪感がもたげる。


うう、ごめんなさい……


謝罪の意味を込めて、あたしは女の人の足を目掛けて頭を寄せる。


「おや、なんだい。こりゃお姫さまに気に入られたってことかね、光栄だねぇ」


からからと笑う女の人にあたしは胸を撫で下ろす。

頭の角といい、大きな身体といい、なんだか鍛練場の大男、しょーぐんを思い出す。


「あんた、ここには慣れたかい?」


「は、はいっ」


いきなり話を振られたエリーがビクリと肩を揺らす。


「本当に、皆さん、よくしてくれて、夢みたいです……」


「あんたの事は聞いたよ、大変だったらしいね」


なになに、何のはなし?


残念ながら、あたしはエリーとはお喋り出来ないので、彼女の身の上は殆ど知らないのだ。

出身地の話を、もう一人あたしの侍女に任命されたマリベールと話していた事ぐらいしか、知らない。


気になる、気になる。

やはりエリーの主として、知っとかないとね!


心の中で頷きつつ、さりげなーく耳を立てる。もちろん顔は、あさっての方向にむけて「興味ありませんよー」と装うのも忘れない。


「いえ、そんな、……本当は、嬉しいんです。確かに辛い事もあったけど、もう一度、あの人に会えるなんて」


「あの人? やだ、若いねぇ」


ポッと頬を染めるエリーに、ニマニマの女の人。


あの人あの人? それってだぁれぇ?


あたしも心の中でニマニマしつつ、聞き耳を最大に立てる。

大女さんは、足下の小さいあたしは視界に入っていないし、エリーもエリーでそれどころではない。なんて最適な場所!


「そんな、つもりじゃ」


「あっはっは、いいじゃないか! そういう気持ちは大切にしないとね」


「あの、本当に、畏れ多い事なんです。まさか、あの人が……魔王陛下だったなんて」


な、なんですとー!?





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