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あたしとダーリン

あたしは、人“だった”。


……悲しい事におもいきり過去形だ。

というのも、無理はない。頭にはピンと存在を主張する三角の耳、ふかふかの体毛に覆われた身体、地には四本足で体を支え、極めつけにはお尻から流れるような尻尾。


今のあたしは、どこからどう見ても“猫”だった。


ちなみに毛並みは人だった頃の髪の毛と同じ蜂蜜色。

金色って言うには、黄色の色みが強くて透明感が余りない。

嘘でも黄金だとかって言うにはあまりに安っぽい色だ。店に換金しに行ったら「あ、金じゃない何かが混ざってますね。残念ですが値引きします」とか言われるレベルだ。足下見やがって。


実はこっそり、ブロンドじゃないことを気にしてて、いつだったかポロッとダーリンに不満を溢した事がある。


そしたらダーリンったら!


あたしの髪の事を「蜂蜜色の優しい色だ」って言ってくれて!

オマケに「甘い香りがする」って言って髪の毛に口付けて く れ ま し た ! ! きゃー!!!


…はい。


髪に対するコンプレックスは一瞬にして無くなりましたが、なにか?

そんなわけで、毛並みには人一倍気を使っている。

寝起き、食事後、就寝前のグルーミングは特に欠かせない。尻尾まで毛並みを整えるのが日課だ。


頭から背中にかけて撫でられる感触。

ちらりと目線を上げると漆黒の瞳とあたしの緑色の目がかち合う。


愛しのダーリンだ。


瞳と同じく漆黒の髪は短いので、じゃれつけないのが残念でならない。

切れ長の目とスッと通った風貌はどこか異国の地を感じさせ、最高に色っぽい。鋭い目付きと物憂いげな美貌と相まってどこか排他的な、冷たい印象を感じさせる。それでも笑うと途端に幼い印象になるのをあたしは知っている。

高い背丈なのに威圧を感じないのは、優美で締まったしなやかな体つきのせいだろう。

遠慮がちに、そして恐る恐るとあたしを撫でる手つきはぎこちない。お世辞にも撫で上手とは言えなし、大きな手のひらには剣を握る者特有の堅さがある。けれど、この手は間違いなくあたしが愛している人の手だ。

その事実に、あたしは思わずうっとりと目を細めてしまう。


そんなに慎重に触らなくても、あたしはそう簡単には壊れないよ。


そう言いたくとも、残念ながらあたしの口からは「にゃー」という鳴き声しか出なかった。……後、喉がゴロゴロとも鳴ってますが。


まだ、あたしが人だった頃は、ある国で姫様付きの侍女をしいた。

ダーリンは、騎士団の部隊長で、とある伯爵家の養子で、将来有望な出世株。さすがダーリン!

顔良し、頭良し、有力な後ろ楯アリ。

…とくれば、そんな三拍子揃った有力物件を周りは放っとかない訳で、あっちコッチでダーリン争奪戦が繰り広げれた。

ダーリンと私が結ばれるまで色々と、涙無しには語れない大変な事がありましたとも、うん。

そんな苦難を手取り足取り取り合って、愛するダーリンとあたしは見事!婚約までこじつけた。


結婚まで後、数日。


本来、あたしはそんな儀式をしなくとも、お互いの心さえ確認できれば、と軽んじていたが、いざ、する側になって初めてその神聖さを理解した。


―――愛する人と夫婦の契りを交わす。


それがどんなに恵まれている事か。すべての人に祝福され、祭壇で永遠の愛を誓うという事が、何に憚れることなく結ばれるという事が、どんなに幸福かということに。


そんなときに、あの忌まわしい事件があたしの身に降り掛かってしまったのだ。


ダーリンに一際熱を上げていたご令嬢から、お茶会のお誘いを受けたのである。

始めこそ、あたしは「のこのこと顔を出せば、どんな嫌がらせを受けるかわかったもんじゃない!」と断っていたが、身分だけはやたらと高いご令嬢に半ば強制の形で約束を取り付けられてしまった。


お茶会当日。


対面に座り顔を合わせたご令嬢の目に、ギラリと鈍く輝く狂気の光を見て、ご令嬢が抱くダーリンへの思いが、遥かに基準値を越えている事にあたしは初めて気が付いた。


正直私は油断していた。


こう見えて、姫様付き侍女、そしてダーリンの婚約者という肩書きに落ち着くまでは、世界中を巡りそれなりに名の売れた冒険者だったのだ。

…ぶっちゃけると、現役騎士職のダーリンよりも腕に自信がありましたとも。

例え暗殺者に取り囲まれても、逃げ切る自信が私にはあった。

そんなあたしが警戒するのは、毒物のみ。


…お茶?

目の前で入れて貰って、もちろんご令嬢が飲んで、何も無いのを確認してからあたしも飲んだ。


…お茶菓子?

ご令嬢の妹が食べてたから、何も無いのを確認してからあたしも食べた。


そ れ な の に !


まさか、お茶とお菓子を両方食べたら作用するなんて、一体どんな手の込みようなのやら。


こんな事ならお茶だけにしとくんだったと嘆いても、身体の熱は消えない。


だって、とっても美味しそうだったもの!


私の食意地まで計算された見事な作戦に負けてしまった結果、気が付けば猫になっていた。


それからは、散々な目に遭った。

お茶会はご令嬢の邸で行われたので、王都に戻る為に何日も猫の身でさ迷うハメになったのだ。

猟師さんに毛皮にされそうになったり、逃げ込んだ森の中で迷子になって飢えたり、獣に襲われたり、生ゴミを漁ったり……

正直、人としてのプライドを何度もブチ壊されたが、その度に、諸悪の根源であるあの令嬢を思いだし「ぜったい泣かす!」と固く心に誓って乗り越えた。


ところが、ぐにゃりと歪む空間に足を滑らせ、状況は一変した。

見たことがない植物に半端なく恐ろしい魔獣が生息する想像を絶する世界だった。

いつかは冒険しに行きたいな〜、と呑気に考えていた魔界、である。人のままなら手放しで喜んだであろう災難も、猫の身ではさすがに血の気が引いた。

持ち前の反射神経を駆使して迫り来る牙や爪、炎などからギリギリで避けたり、うっかり捕食植物の蔓に引っ掛かり危うく溶かされそうになったりと、体力を著しく消費し、さすがのあたしも死を覚悟した。

そんなとき、偶然にも探し求めていたダーリンと奇跡的に再会を果たしたのである。


あーん、会いたかったよーぅ!


あたしは形振り構わずすっ飛んで、全身で喜んだ。

ダーリンに抱き上げられたあたしは、安心できる温もりを感じ気が緩み、いつの間にか寝てしまっていた。


そうして目を覚ますと、再びあたしの頭を悩ませる事態になったのである。


……あれ? ダーリンが魔王って、どゆこと??

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