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黒革の日記帳2



しばらく書けなかった分まで、まとめてペンを取ることにする。


ヴェルガーの集落で見つかったレディを連れて城へと戻る。

思った以上に長い留守となった。

シュベルには悪い事をした。

まさかレディがロッテに驚いて逃げ出すなんて、思いもしなかった。

しばらくレディの安否が気になり仕事に身が入らなかったが、まさか猫一匹のために権力を公使する訳にもいかず、随分と自己嫌悪に陥ってしまった。

偶然にもヴェルガーの集落で見付からなかったらどうなっていたことか。

以後十分に気をつける事にする。


帰りはレディをマントと一緒に籠の中に入れて、驚いて逃げないように蓋もした。

門番のロッテについても早馬を送り、念のために鎖に繋ぐように指示を出す。

そのかいがあってか何事もなく、戻れた。

予想以上に長い滞在となってしまったが、結果的には集落の現状を知ることが出来て得るものは多かった。

なによりヴェルガーの姉弟二人がレディに付いてくる事となり、城への出仕が決まったのだ。

奔放な彼等は他者と共同の生活は好まないため、なかなか誘っても城へはやって来ないのだ。

ヴェルガーの魔眼は重宝する事になるだろう。

しかし一人は子連れのヴェルガーのため、少々注意が必要だ。

……不満を挙げるのなら、ヴェルガー弟は少しレディに馴れ馴れしくないか?


気になるのは、人型になれるようになったレディの事だが、中途半端に変身した身体を見られるのは、嫌ならしい。それは地上でも魔界でも同じならしく、あまりにしつこくレディに頼んだら機嫌を損ねたらしく、噛まれてしまった。

引っ掻くのではなく、噛まれてしまったので相当に怒っていたのだろう。

噛まれた事にも驚いたが、意外にも痛かった。まじまじと感慨深く噛まれた手を見つめる。

レディは身体は小さくとも立派な武器を持っていた。

思わぬ子の成長を見た親の気分はこんなものかも知れない。

噛み跡は小さいながらも、くっきりと牙の跡が残っている。

レディはこのことを気にしているらしく、暇があれば舌で舐めてくる。一方で自分の武勇の跡を舌で触って確かめて、誇っているような気がしないでもない。

ざりざりとした舌の感触は、なんともこそばゆい。


そういえば、ネメシスの奴は自分一人だけレディの人型を見たらしい。

奴ときたら、一番いいとこ




***





―――コンコン


重厚な扉を叩く音にペンを置く。

さりげなく日記を書類の下に隠す。


「入れ」


「失礼致します」


許可を出せば、入ってきたのは案の定シュベルだった。


「陛下、地上の聖王から封書が届いております」


難しく眉を寄せながら切り出す。

聖王とは聖地を治める地上の信仰の要であり、お互い長い付き合いでもある。

しかし世界が違う今、魔界を覆う膜に負担を掛けないために滅多に正式文書はやり取りしない。使者を立てて成されるそれは、まずこちらが通路を作り準備できた折を伝え、向こうが通路を門で繋ぎ、出入りする。

招き入れるのも送り出すのも中々骨のいる作業なのだ。

少しくらいの出入りなら勝手に膜は修復するので問題はないが、魔界の常識では膜を傷付ける行為の類いは決して許される事ではない。魔界の存続がかかっているのだから。

まさか王自ら、それを破る訳にはいかない。

国の頂点とは、なかなか面倒なものである。

今回の手紙は内密に送られてきたもので、あっさりと許可なく膜を破って届けられたものだ。

これは暗黙の了解として処理される。

魔界の上位の者も自由気ままに出入りしているし、これらも程なく修復されることだろう。

あまり目くじらを立てなくとも、地上と魔界は切っても切れぬ関係にあるのだ、関係を悪化させても良いことは無い。

さっそく手紙に目を通す。


海原を治める海神と原初の炎の精霊の関係が悪化し、一触即発の不穏な空気が漂っている。

星の四大元素である彼等が衝突すると、地上に多大な被害をもたらし隣接する魔界へも影響が出る。

彼等の仲裁を頼むかも知れないので、そのつもりでいて欲しい。


との内容の手紙だった。

溜め息を吐く。

また、魔界を留守にするかもしれない。

せっかく落ち着いたかと思ったのだが、どうやら厄介事が舞い込みそうだ。


「陛下、一体どのような内容でしょう?」


内容が気になるらしいシュベルは少々落ち着きなく問う。

手紙を差し出すと、恭しく受け取った。

シュベルの眉間に皺が寄る。


「何も陛下が出ずとも、他にも候補がいるでしょう」


混じり気のない純粋な水と火。

以前ならば、純粋な星の力を持つ彼等を止める者は居なかったが今は違う。

風を統べるものが生まれたと聞いた。

シュベルが言う候補はその者の事だ。

仲裁は彼等と同じ立場である、星の四大元素がする事が好ましい。

手紙が再び手に戻る。


「それに関係しているのかは不明ですが、地上の密偵からの情報で、……聖女が行方不明だそうです」


執務机の隅で丸くなっているレディの耳が動く。


「表向きには体調を崩して伏せっているとの事ですが、実際には聖地のどこにも見当たらないだとか」


それまでは惰眠を貪り、存在を感じさせなかったレディがむくりと起き上がり、手紙を持つ腕へと擦り寄る。そのままコロンと身体を寝かすと、手紙の前を陣取り机に腹を付けた。

まるで手紙を覗き込もうとしてるかのようだ。

手触りの良い暖かい感触が手に伝わる。自然と頬が緩むのを感じた。

反対側の手で撫でようと伸ばしかけた手を止める。

途端に険しくなったシュベルの顔に気付き、要らない書類を丸めて床に放り投げると、すかさずレディが飛び掛かり転げ回る。

一先ずの危機は回避した。

魔王を脅かすとは、シュベルに魔神の称号でも与えた方がいいのだろうか。


「……話を戻します。聖女の事はともかく、返事はどうなさいましょう?」


「部外者がいきなり口を出すと悪化する恐れがある、仲裁はできる限り彼等双方に詳しい面識のある者にするようにと断った上で、あくまで決まった訳ではないから内密に取り合う事を条件に、万が一仲裁するときの為に衝突の原因と関連書類をこちらに送るよう伝えてくれ。

あと状況は変化しだい逐一教えるようにと付け加えろ。

聖女の件は、こちらから指示がない限り触るなと密偵に伝えろ」


仲裁することは無いだろうが、地上の情報を知るには絶好の機会でもある。

オマケに聖王のお墨付きときた。これを利用するに越したことはない。

魔界の魔物がたまに歪みに落ち地上へと出ることがあり、その際には甚大な被害をもたらす事が多い。

魔界が積極的に情報を収集する事に、よく思わない輩もいるのだ。

彼等は魔界に、非常に恐怖を抱いている。


「では、その旨伝えます」


退出するシュベルを見送る。

魔界と地上の確執を思うと一気に心労が出た。

癒しが欲しい。

ふかふかの蜂蜜色の毛並みを求めて部屋を見渡せば、レディはすぐに見付かった。

何か言いたげに、じぃっとこちらを見上げている。きっと邪魔者が居なくなったから遊んで欲しくなったのだろう。

さっそく机の上に呼ぼうと……


「仕事はサボらないようにお願いします」


「!?」


扉の隙間から顔を覗かせているのは、返書を頼んだはずのシュベルだった。


ノックはどうした?

仕事はする。

返書の手続きに行ったのでは?


そのどれも言えずに頷くしか出来なかった。

その間にレディはプイッと顔を逸らして調度品の間を陣取り、前足を折り畳み寝る体勢に入る。

残念ながら、レディは賢い猫だった。

満足気に頷くシュベルが憎らしい。


今日の天気は曇りになりそうだ。





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