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これからのあたし



何だかとんでもない言葉を聞いた。


悪女、と言いますと騙したり奪ったり盗んだり、色々と性質の悪い女性の事ですよね?


あたしは善人でも無ければ、悪人でも無い、と自分で認識していたのだが。

ただ少し、自分の好きなように生きてきた事は認めよう。

殿下のお菓子を摘まみ食いに始まり、露店で売ってた竜鱗の小手を、もっともらしい理由を付けて「それ偽物」と言って安く買い取ったり、腹が立った貴族のカツラに細工をして公衆の面前で禿とバラして恥辱を舐めさせたり、姫様の婚約者が気に食わなかったので皆と共謀して破棄させたり……

あれ?

十分に悪女なような。

しかし、まさか今まで一度も来たことが無かった魔界で、何が間違ってそんな大層な称号を得たのか。

それに“大”が付くときた。

酷く動揺する。


誰が何?

ダーリンとの歳の差は千歳以上。

やはりネメシスはあたしの知っている侍従長様だった。

禁句。


色んな情報が頭の中を行き交い、新たに生まれた様々な推測が飛んでは消える。

混乱し過ぎて頭の中が真っ白だ。自分を取り戻す為に頭の中を整理しよう。


まずは、ネメシスがあたしの知っている侍従長様だったことに、少し安堵した。

何故ならば、ダーリンといい、ネメシスといい、“あたし”を知っていたはずだったのに、まるで初めからいなかった様な態度をとっていたのだ。ダーリンに至っては綺麗さっぱりと頭の中から除去してくれていたのだ。

例えば、違う時間軸の同じ世界だとか、似ている別世界だとかにでも迷い込んだのかと内心冷や汗が出た時もあったのだが、ひとまず悪女云々を抜きに考えると、やはりこの世界はあたしの知っている世界だ。

あたしの名前が禁句というのは、一体どういうことなのだろうか。

悪女と罵りを受けるのだから、きっと相応の何か訳があるのかも知れない。

ダーリンがあたしに魔王だという事を隠していたように、あたしもダーリンに隠している事がある。

あたしが姫様付きになる以前は何をしていたか、という事だ。


まさか、その事が?


「貴女は、陛下を裏切ってしまった」


妙に落ち着いたネメシスの口調に、あたしの心臓が一瞬止まる。


『あたしが……?』


まるで覚えが無い。

それなのに早鐘のように打つ動悸が治まらない。


「陛下が遠征から帰還されたのち、王城の一角にて逢い引きを目撃したのです。

相手の女性は、貴女でした」


あたしの想像していた事柄とは違ったものの、それこそ覚えがない。


『ま、待って。あたし違う!』


否定しなければ。それは、あたしじゃない。

あたしは誰も裏切ってはいない。

あたしが猫になったとき、ダーリンはまだ遠征から帰っちゃいなかった。

ネメシスは悲痛な表情で頷いた。


「ええ、知っております。

簡単に説明致します。魔界全体が膜で覆われていると考えて下さい。この膜はいわば守り、防御壁。何から守っているかというと、次元の歪みから守られています。

本来なかった場所に世界が造られた訳ですから、放って置けばあっという間に歪みに呑み込まれ、新たな別の世界の礎にされるか、または未来永劫に次元の淵をさ迷う羽目になるでしょう。

そうなれば、もちろん誰も生きてはおりません」


『……?』


妙に急いた、意図的に感情を込めないように淡々と魔界についての説明がなされる。

知っている? それはあたしの潔白を知っていると言う事なのだろうか。

だとしたら、何故?

どうして、魔界の話になるというのか?

あたしが聞きたいのは、そんなことじゃない。


「陛下の機嫌に天候が左右されることはご存知でしょうか? 膜を造られたのは、我らが魔王陛下にあらせられます。

陛下の魔力によって造られたそれは、当然陛下の影響をとても受けやすい。

よって、些細な感情の変化で膜が揺らいだり、厚くなったり、次元と魔界の間に摩擦が生じます。その結果、天気という我々の目に見える形で知らされるという訳です。

ご理解は頂けたましたか?

……陛下には、常に平静でなくてはならないのです」


畳み掛けるような説明が終わった。

さまざまな情報があたしの中でパズルの様に組合わさり、一つの推測が生まれる。


魔界と膜。

ダーリンが造った。

天気。

あたしが裏切った。

―――陛下には、常に平静でなくては……


まさか


自分でも顔が強張ったのがわかる。


まさか、ダーリンの記憶が無くなったのは……


「お気付きかもしれませんが、貴女の記憶は我々が消させて頂きました。陛下は非常に取り乱し、錯乱状態に陥り、……っ!」


ネメシスは最後まで言えなかった。

あたしが思い切り殴ったからだ。


ひどい、ひどい、ひどい!


嵐の様に吹き荒れる感情はどうあっても収まってはくれない。

衝動のままにあたしは胸ぐらを掴む。


『あっあたし、猫だった!』


それが真実。

猫になってその後、あたしじゃない誰かが、あたしに成り済ましたのだ。

あたしの不在に、一体何があったかなんて想像に難くない。

けれど、この今の結果はダーリンも誰も、あたしを信じてはくれなかったからだ。


『ずっと、猫だった!』


ひどい!


裏切られた?

裏切られたのは、あたしの方だ。


「ずっと森の中さ迷ってた、お腹空いて、追いかけられて、殺されそうになって、」


それでもまた会いたいと願って、会えば気づいてくれると、僅かでも灯る希望があったから、あたしは頑張ってこれた。


「それなのに!」


どんなに必死に帰ったところで、誰もあたしを待ってはくれなかったのだ。

さっさと皆魔界に引き上げたのだろう。

偶然にも魔界に落ちたあたしがやっと会えたのは、何もかも忘れたダーリンだ。


こんなことって、ない


頭のどこか冷静な部分があたしに告げる。

これは、ただの八つ当たりだ。

あたしが気を付けていれば、こんなことには……

いや、違う。

あたしにも怒るくらいはいいはずだ。

やむ終えない事情があったとしても、あたしに関する記憶を、あたしが生きた軌跡を勝手に消す事は許されないはずだ。

何もかも無かった事にするなんて、酷い、酷すぎる。


ねえ、そんなにあたしは貴方達にとって邪魔だった?


「こうする他、無かったのです」


『そんなの、ただの言い訳だわ!』


全て悪いのは、私。そんなネメシスの潔い態度が嫌だ。

そんな重大な事柄を、ネメシス一人の独断で決めたわけでは無いはずだ。でも結果的には賛成した。

あたし達から大切な記憶を奪ったことに罪の意識を感じているから、あたしから責められたい裁かれたい。そんな気がして嫌だ。

一人だけ楽になろうなんて、卑怯だ。

あたしだって、酷く後悔している。責任を感じていないわけではない。

一時の感情の吐露は確かに楽にはなるだろうが、後に生まれる罪悪感に一体あたしはどうすればいいのだろうか。

ボロボロと零れる大粒の涙を拭う。


『もっと他のやり方があったでしょう。……何で誰も信じてくれなかったの?』


ぐずぐずと鼻を啜る。

記憶を奪う、それこそ本当に最後の最後に奥の手として使う最終的な方法だろうに、何故そんな方法をとったのだろうか。

それこそ、婚約者に裏切られるという悲話はあちらこちらで聞くと言うのに。あたしは裏切ってはないけれど。

しかしダーリンの本当の姿を知った今では、あたしを非常に邪魔な存在と思った誰かが、排除するため記憶を消したかも知れない、と勘繰りたくなってくる。

いや、もしかしたらあたしを猫にしたのも、その一味かも知れない。

おかしいと思ったのだ。

ただの貴族の令嬢が、あたしを猫に変えるほどの強力な呪いをかけるなんて普通には無理なはずだ。しかし、裏で魔界の権力者がいてるとなると話は別だ。

これは、しばらくは気を抜く事は出来ないかもしれな……


「陛下は貴女を殺してしまわれたのです」


顔を手で覆っていた思案していたあたしは、ピタリと停止する。


今なんと?


耳だけは、今の単語何? とばかりにピクピクと動く。

泣きすぎで耳がおかしいみたいです。猫耳ですが。

あまりの衝撃発言に一気に頭が冷えた。


『ええと、あたし、生きてま、す?』


自然と語尾が不安げに上がる。

もっと自分に自信を持たないと。

いや、でも猫の身体だなんて可笑しいと思ったような。ひょっとして実はあたしは既に死んでいて、たまたま近くのにゃんこにとりついて身体を乗っ取ったとか。

いやいや、はたまた猫に転生を果たしただとか。

実はやはり冷静ではなかった頭で、あたしを殺しちゃった発言の意味を必死に考える。


「正確には、貴女の形をした傀儡を、です」


傀儡、というと?

ダーリンが、あたしを殺した?

まさかそんなこと、ダーリンがあたしを傷付けるなんて。


「愛が深ければ深い程に憎しみも増すといいますか、まさにその通りで。あろう事か挑発的な言葉を陛下に吐かれ、まあ、プチっとやってしまわれた訳です。非常によく出来た傀儡でした」


プチっと!?


それは果たしてダーリンの堪忍袋か、あたしの身体なのか。


「私共のしたことは、決して許されない事でしょう。しかし取り乱す陛下に、段々と精神の均衡を危うくされてゆくあの方を前に、こうする他に方法が思いつかなかったのです。

陛下と魔界の為、最良の方法だと信じて実行したのです」


真っ青になってしまったあたしは、まさに最後で最後の奥の手として、記憶を消されてしまった事に納得する。

魔界のため。

ダーリンが魔界を造った。ダーリン無くしては魔界の存続が危うくなる。だから、あたしを消した。


「貴女は聡い人ですからお気付きかも知れません」


狡い人だ。

もうすぐダーリンに見られると言う時に、都合よくあたしはこの妙な空間に助けられた。


それって、本当にあたしのため?


答えは、否。

おそらくあたしを見て、万が一ダーリンが記憶を取り戻すのを避けるため。

今の話が本当なら、ダーリンが記憶を取り戻すと、何も知らないあたしが能天気に考えていたハッピーエンドの物語のような事が起こるのではなく、ドラゴンも裸足で逃げ出すような魔界の膜が弾ける出来事が起こるにちがいない。

誰がどこまでこの件に関わっているのか知らないが、あたしはこれからどうするべきか。


残念ながら、決まっている。


知らない頃ならいざ知らず、あたしはもう、魔界とは無関係ではない。

魔王城の人達に、ガウディ、エネリ、仔虎ちゃん達。

今まで関わった色んな人の顔がよぎっては消える。

今のあたしは彼らを危うくしてまで、ダーリンに思い出してほしいとは思えない。

勘違いをしないでほしい。

あたしはダーリンが好きだ。あたしの夫になるはずだった人だ。

過ごした日々は、かけがえのないものばかりだ。

本当は思い出して、欲しい。


でも大丈夫。


あたしはあたしに言い聞かせる。

あたしが覚えているから、それでいい。思い出のダーリンは確かにあたしに愛を捧げてくれた。その真実があるなら、あたしはこのままでも大丈夫。

また一から関係を始める。

今でも破格の待遇なのだから、以前のあたしが決意した、“ダーリンの相棒”への道を模索するのだ。


『もうしばらくは猫のままで、頑張る事にする』


なんだか色々と吹っ切れた。

終わってしまっを小難しい事をごちゃごちゃと悩んでも仕方がない。


―――どんなに事態がややこしくなっても、自分のしたい事は見失うな


あたしの師匠の教えだ。

じたばたと、ここで駄々を捏ねても現状は変わらないし、きっとネメシスが変わる事を許さない。

これは警告でもあるのだ、きっと。

あたしがダーリンにこの姿のまま会う、と言ったら何をしてでも止められるのだろう。


「申し訳ありません。貴女が無事に過ごせるよう、全力で尽くします」


綺麗に深く礼をとるネメシスは、ひとまずはこれからの様子で信用する事にしよう。


こうなったら、あたしは猫で魔界の天下を取ってやる。

六柱なんて目じゃない地位を手に入れてやるのだ。

押しも押されぬ、魔王陛下の愛猫になって奴らを尻に引いてやる!





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