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頭、隠してなんとやら



「何があった」


低くてよく透る声が巣穴に響く。ダーリンだ。

仔虎ちゃん達の身が強張った気配が感じる。


「陛下、その、少し我が子達が遊びに夢中になっただけですわ」


「…………」


おおぅ……、なんだか背中にジリジリと視線を感じる。

ダーリンのマントにすっぽりと収まったあたしは、机の下で周りの風景と一体化したはずだ。仔虎ちゃん達の壁といい、もはやあたしと判別する事なんて不可能なはず。

なのに一体、何故視線を感じる?


ジャリ……


靴底が砂利を踏み締める音。

大岩の中にあるこの巣穴は、やはり岩肌が剥き出しになっているのだ。

のんきに構えている場合じゃない。歩いてくる音だ、こちらに真っ直ぐと。


『ああん、まぁまぁ!』


『こあいよぉ』


仔虎ちゃん達はあっさり離れて行きました。耳と尻尾が垂れてる姿が目に浮かぶ。

これであたしを守るのはダーリンのマントのみ。


ダーリン、あたしを守ってー!


あたしを窮地に追い込んでいるのは他ならぬダーリンなのだが、魔王陛下を止められる人物なんて皆無に等しいわけで、いざ頼れるのはやはりダーリンしかいない。

うん。

つまりぜひとも、心変りをしてくれないだろうか。急に何かを思い立って、このまま回れ右をして退出して頂きたい。例えば、急にお腹が痛くなっただとか、減っただとか、あーんしてあげる、だとか。あたし、まだ諦めてません。

そんなあたしの心を知らずに、足音はとうとうあたしの近くで止まった。

背中がジリジリする。


くいっ、くいっ


「!?」


何だかお尻を引っ張られている感触。

これは、もしや乙女の、あたしのやわ尻が触られているのか?


くいっ、くいっ、くいっ


何するのよ、スケベ!


不届き者の手をはたく。

ペシッといい音が響いた。

触っていいのは、ダーリンだけ……いや、ダーリンであっても心の準備が必要なので、やっぱり駄目だ。

こういう事は、双方の合意が必要であって、決して愛する人の求めであっても……ごにゃごにゃ。いや、でもやはりダーリンからだと、ごにゃごにゃ……。

悶々と一人想像たくましくしていたあたしだが「ひっ」と悲鳴ならぬ悲鳴だとか「ごくり」と固唾を飲んで見守る様子だとか、ただならぬ周囲のざわめきで我に帰った。


あれ?

あたし手を使ってないよね、だって今、丸まってるし。


「レディ、尻尾が……」


溜め息と共にエネリが呟く。


しっぽ……? しっぽと言いますと、あのお尻から生えてますふさふさとしたアレですか?


ま さ か !


今のあたしは、猫耳、にくきゅう、「にゃーん」に飽きたらず、しっぽまで生えているというのか!?


さらに、まさかまさか!


あたしが勢いに任せて、しっぽで叩いてしまったのは、ダーリンの、手……?


終わった、あたし。

もっと考えて行動するんじゃ、なかったのか。

このまま半端な姿を見られてどうなってしまうと思うと、ぶるりと身体が震える。

仔虎ちゃん、壁になる前に気付いて下さい。でも可愛いから許す。時間よ、戻れ。出来ればあたしが変化する前に。


真面目に祈ってみるが、効果無し、と思っていたのだが、あたしの願いが聞き届けられたのか、突然フッと周りの喧騒が消えた。




そっと顔を出す。

闇。

見渡す限り虚無の空間が広がっている。

周りの喧騒もダーリンの声も何もかもが遮断された、闇の中にあたしはいた。

不思議な空間。

右も左もなければ、上も下もない。

水の中を揺蕩うように、身体の重心が定まらない。


ここ、どこ?


あたしは確か、エネリの巣穴にいたはずだ。

そこへ、あたしの悲鳴を聞き付けたダーリンがやってきて、隠れてたら尻尾を引っ張られて、それで。

それで、闇に包まれていた。

ひとまずの危機脱出に、張り詰めていた息を吐く。

ここが何かは知らないが、あのままあの場所に居るよりずっと良いはずだ。


「レディ様」


突如闇の中で響いた声に、弾かれたように振り返る。


『……! 侍従長さま、』


あわてて口を押さえる。

今のあたしの言葉は、にゃん言葉。

思わず昔のように呼んでしまった。

ダンディなお髭の似合う紳士、あたしが働いていたお城の侍従長様だ。ただし、“元”と付く。

その真の姿は、魔界でダーリンに忠誠を誓っている六柱、とんでもない実力者、という噂の闇の精霊で、名前はたしか……、ネメシスだ。

ほっぺも落ちるお魚珍味、ドン・グラを初めてあたしに持ってきてくれた人でもある。


「言語の違いなら大丈夫でございます。“耳”の能力持ちの者に造らせました」


指差す先には三角形の物体が二つ、頭に鎮座している。


「おこがましくも、レディ様とお揃いにさせて頂きました」


猫耳ですか。お揃いですか。そうですか。

しれっとしながら言ってくれたが、真っ直ぐに伸びた背筋にカッチリと着こなされたお店の見本の様な服装に、猫耳はものすごく違和感を感じる。


……もう、なんでもいい。あたしはとても疲れた。


「お久し振りにございます。こうして顔を合わせるのは謁見の間、以来ですな。贈り物は気に入って頂けましたかな」


『……罠に掛かるくらいに、美味しゅうございました』


「それは結構にございます。はるばると捕りに行った甲斐がございました。

それにしても、そのお姿。やはり貴女は、……おっと、貴女の御名は今の魔界では禁句でした。今まで通りに“レディ様”と呼ばせて頂きます」


はいはい。

もう、好きなように……、え、今なんと?!


思わず耳がピンと立ってしまったので、あわてて手で抑える。


ええい、忌々しい!

ただでさえ目立つのに、存在を主張するな、耳!

お前もだ、しっぽ!


「いやはや、さすがレディ様の耳は本物ですので動きますなぁ、なんと素晴らしい!

私のは作り物ですので、残念ながら動いては……、いえいえ、ゴフンッゲフンッ」


…………よし、何だか雲行きが怪しくなりかけたが、何も聞かなかった事にしよう。うん。

でも、身の、いや耳の危険を感じるので、ダーリンのマントを頭からすっぽりと被り直す。

だから残念そうに頭を見ないで下さい。


「まずレディ様のお立場を説明する前に、お勉強といきましょう。

“二人の英雄物語”はご存知ですかな?」


馴染み深い童話にあたしは頷く。

あたしの国では、子供の頃必ず寝る前に親から聴かされる物語だ。

この物語は歴史上実在した二人の英雄の話で、現在でも人気が高く謳う吟遊詩人や、旅芸人の劇なども良く見かける。

特に英雄の一人は我が国の建国の祖でもあり、王家の催しなどでは必ずその物語を題材とした歌などか披露されるのだ。

我が国では、たしかこの間建国千年祭をしたので、物語の舞台は約千年前となる。

知らない筈がない。


「圧政に苦しむ民を救うために立ち上がる二人の英雄。生まれる友情、英雄に至るまでの葛藤、心踊る展開。実に素晴らしい物語です。

まさに後の世に語られるに相応しい物語ですな!」


かなり熱の入ったネメシスの語り。ファンなんですね、あなた。


「では、その後二人の英雄がどうなったかご存知ですか?」


『一人はうちの国のご先祖様でしょ』


「そのとおり。それではもう一人は?」


物語を思い出す。


大陸を支配していた皇帝が討たれたのち、民は各々に慕う英雄について行く。

一人は世界を放浪しやがて清き森へとたどり着き、腰を落ち着けた。それがうちのご先祖様だ。


あれ?

もう一人は?


民謡、吟遊詩人の唄、観劇、童話。

そのどれもが二人の英雄を祭り上げるも、その後を語るのは建国の祖のみ。どの物語ももう一人の英雄には触れさえもしていない。

たしかにうちのご先祖様の話を中心にするのは、仕方がない。でも少しくらい伝わっていてもいいのに、不自然なくらいに誰も気にしない。劇はいつでも大円満で終わるから皆それで満足してしまうのだ。少しの疑問なんて、楽しい雰囲気に呑まれてあっという間に忘れてしまう。


一つの推測があたしの頭を掠めた。


『……誰も知らなかった? だから語れない?』


あたしの回答に、ネメシスは出来の良い生徒に満足したように笑みを浮かべた。


「そのとおり、英雄は姿を消したのです。彼を慕う民らと共に。補足するのなら、情報の制限をしているのは王家ですな」


そんなまさか。

かつて大陸を統べたという帝国に住まう民は、何千何万といたことか。

人望が低かったのなら、英雄とは讃えられない。

もう一人の英雄にも、相当な人数に慕われていた筈だ。

それが全て消えた?

そして我が祖国も一枚噛んでる?


「答えはこの魔界にあります」


『……まどろっこしいのは嫌いよ』


「そのもう一人の英雄とは、魔界の王にして、最高の魔術師。我らが魔王陛下にございます!」


ネメシスの口調は今まで話を聞いていた中で、一番熱が入っていた。

さすがダーリン!

惚れ直します。

熱が伝染したあたしも興奮してくる。

魔界の民は、元はあたしと同じく地上の民だったのか。

思わぬ所で失われた歴史を発見した。


『つまり、ダーリンは英雄の子孫だということなのね!』


「いえいえ、陛下こそが英雄なのですよ」


『……子孫なんじゃないの?』


「ご本人であらせられます」


お?


「陛下が司るは闇、そして空間。同じく対となる力、光、そして時の干渉を完全に防ぐことができます」


『…………』


わかりました。

つまりあたしとダーリンの歳の差は千才以上だという事ですね。


まさかの歳の差、なんてこった!


さすがのあたしも四桁以上離れているとは思わなかった。

好奇心が刺激される。


『でっでっ、なんでわざわざ魔界に引っ越したの? 王家が絡んでるってなんで?』


「引っ越したのでは、ありません。何もない空間から一から造ったのです」


……つ、造った?


「建国の祖に口止めしたのは、単に魔王陛下が面倒くさがったからです。魔界の起源はなんとなくお分かり頂けたようなので、本題に入ります」


いやいや、疑問だらけです。

簡単に造ったとか面倒だったとかで省略しないで、どんな術式を用いたのだとか、大地はどうしたのだとか、四大元素はどうなっているのだとか詳しく聞かせて欲しい。

もしや、あたしに詳しく説明しても理解できないとか思われてるのか。失礼な。

だが、その疑問も次の言葉で綺麗さっぱり吹き飛んだ。


「……貴女の御名は魔界のごく一部ですが、今や稀代の大悪女として知れ渡っています」


『!?』


ああああ悪女、ですと?





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