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袋の中の猫



魔力の輝きが収まる頃、ゆっくりと目蓋を上げる。

高い目線。

猫の頃とは比べられないほどの視線の高さに戸惑いを覚える。


まさか、本当に?


夢にまで見た人の肌。蜂蜜色の長い髪があたしの肌を擽る。

思った以上に狭く感じる室内。

目を丸くしてあたしを見上げる仔虎ちゃん達は、まるでぬいぐるみみたいだ。

あたしが寝ていた籠ベッドはこんなにも小さかったのか。感慨深く眺める。

初めは戸惑いばかりが先立っていた心に、じわりじわりと嬉しさが染み渡る。


やっと、やっと……!


視界が滲む。

鼻の奥がツンとくる。


「偉いわ、レディ。よく出来たわね」


エネリの称賛にも頷く事しか出来ない。


「陛下も褒めてくれるわ。貴女に変化の練習をするように薦めたのは陛下ですもの」


ダーリンが……?


感極まって頬に手を寄せる。


ぷに


不可解な感触が頬に伝わる。


「……にぃ?」


何だかぷにぷにとした気持ちいい感触が、あたしの手のひらから頬へと伝わっているようだ。

恐る恐る、両手のひらを広げてる。

見たいのに、見たくない。

確認しなければならないのに、したくない。

そーっと、目線を合わせれば、あたしの手のひらには、桃色にツヤツヤと輝く……


――― に く き ゅ う !!


それが何か理解した途端に、あたしは身も世もなく、絶叫した。


「――!!」


けたたましい叫び声が辺りに響き渡る。


「あらあら、最初は誰もがそんなものよ。でも、お披露目はもう少し先ね」


みぃみぃ嘆くあたしを、エネリがあやすようによしよしと抱き締めた。


なんてこった。


あまりにも中途半端な変身に、あたしは愕然となってしまった。

手のひらのにくきゅうの他に、エネリが頭を撫でる感触から、恐らく耳も猫のままだ、きっと。

察するに、あたしを猫に変えてしまった例の毒が邪魔をしたのだろう。

あたしを邪魔したあの感覚は、変化の術式の組み立てを邪魔したあれは、ご令嬢の呪いに違いない。

いや、はじめからその線で考えるべきだった。

人を獣に変える。

明らかに呪詛の類いだ。

もしかしたら、その呪いを解かない限りあたしはちゃんと人には戻れないのかも知れない。

背中から何か被せられる。

あたし愛用、ダーリンのマントだ。

そこであたしは裸だった事に気付く。


猫耳にくきゅうで裸で叫ぶ女。


なんだかあたし、人として色々と踏み外しかけているような気がする。

大変だ、戻れるうちに軌道修正しないと!

とても居たたまれない。


しかし、やっと戻った人の身体。

これでまずはじめの目標は達成できる。


ダーリンにあーん、ってしに行く!


「にゃーん、にゃにゃ〜んっ!」


勇んでダーリンの所へ行こうとしたら、エネリに首根っこを引っ掴まれた。


「何を考えてるの、絶対に駄目よ!」


「にゅ!?」


エネリが言うには、中途半端に変化した身体を晒すことは、とても恥ずかしい事ならしい。


はい、確かに恥ずかしいですね。止めてくれてありがとう、エネリ。

嬉しさのあまり暴走仕掛けたあたしは、猫耳マントという羞恥極まりない姿をダーリンの他、ヴェルガーの集落の皆さんに晒す所でした。


本当の所、人型になれる事が魔界での成人基準なわけで、今のあたしのような中途半端な変化は自分の力不足を証明するので、大っぴらに見せる事はこれ以上ない恥だという事だそうだ。

これは魔界での、強い者ほど良い! という実力主義の認識からくるもので、各地の集落や街を治める領主なども、血筋など関係無くその地で一番の実力者が治めるのだそうだ。最も、良い血統ならば強い子どもが生まれやすいと言う事もあり、無関係でも無いらしい。難しい。


……つまり、つまりですね。

以前魔王城でダーリンに侍っていた猫耳のお嬢さん方について。

謁見の間で時折信じられないものを見るように顔を歪めていた人達がいたのだが、その真の意味はダーリンの性癖が疑われていた訳では無く「なんつー姿を晒しとるんじゃ、この恥知らずどもめ!」と言う意味だったのか。

またあたしは一つ賢くなった。


「にゃーん……」


自然と語尾が沈んでしまう。


「そうそう、分かればいいのよ。でも、そこまでできれば上出来よ」


エネリが慰めてくれた。

地上の常識、魔界の常識。

世界が変われば、常識も変わる。

同じ世界でも、国が違えば言葉も違う。大陸が違えば文化も違う。


あたしったら、その事を知っていたはずじゃないの。


猫耳女がそんなに恥さらしだったなんて。

確かに地上では、秘境の民以外にそんな事をしたら、少し痛い人に見られるだけだった。魔界のようにそこまで厳しく見られはしない。

たとえ魔界であってもいつのまにか、ダーリンというあたしの世界の中心が存在している事で、理解はしていたつもりだったが、今までどこか地上と同じように考えてしまっていた。


ここは、魔界。あたしの世界とは違う。


もう一度、認識が甘くならないように胸に刻む。

先ほど実はほんの少し、あたしの顔を見れば、ダーリンはあたしを思い出してくれるかも知れないと、胸を高鳴らせた。

けれど、冷静となった今では躊躇する。

もし戻らなかった場合は恥知らずの姿を見せる事になってしまう。ダーリンはあたしに何かを期待して、変化の練習を薦めたのだから、その期待を裏切ってしまう事になってしまう。

地上でのダーリンとの日々を信じてない訳ではない、けれど、不安が苛む。


もし、あたしを見ても思い出してくれなかったら?


半端な姿を失望される事も恐ろしいが、思い出してくれないのはもっと、恐ろしい。ダーリンの中のあたしは完全に消えてしまったように感じてしまうだろう。

もし、そうなったら、あたしは……?


……にゃーん?


あれあれ?

さっきあたし、ちゃんと「わかったわ」って言ったつもりだったんだけど?


「にゃっにゃっ」


エネリに喉を見せて、撫でてもらえるようにおねだりする。


「あらあら」


微笑まし気にあたしの喉と耳下を撫でてくれた。

力加減は絶妙。まさしく神の手、いや、ママの手と呼ぶに相応しい魅惑の技。

あたしも仔虎ちゃん達もいつもメロメロになり、喉をゴロゴロと……


ゴロゴロゴロゴロ〜


嫌ぁぁ、なったーー!!


音源は否定したくとも出来ない、あたしの喉!

嬉しそうにゴロゴロなってるよ、あたしの喉!


どうしよう!?

あああぁぁあ……それにしても、気持ちいいなぁ


『何があった!?』


勢い良く入ってきたのは、虎型ガウディだ。

すぐさまエネリが鬼気迫る様子で一喝が飛んだ。


「ガウディ! 貴方いつからそんな常識知らずになったの!?」


エネリは人型なのに今にも鋭い牙で噛み付かれそうな気迫だ。

突然の罵声にちょっと耳がぺにょんとなったガウディが、エネリに応戦しようと牙を剥きかけたが……


『すすす、スマン! そんなつもりじゃ……!』


あたしと目が合った途端、物凄い勢いでおすわり後退しながら自分の巣穴に戻っていった。


えーと、


これはまさか、あのパターンですかね。


「あの子ったら、信じられないわ。半端の変化を見せていいのは、家族だけなのに」


あ、やっぱりそのパターンなんですね。

そしてそれ以外に見ていい人は伴侶とかですね。なるほど、わかりました、以後気を付けよう。

ガウディは何だか魔界の常識で考えると、あたしに対して地雷ばかり踏んでいる気がする。べろんべろん毛繕い然り、今の出来事然り。


どおりで練習の時に部屋にはエネリと仔虎ちゃんだけだなぁ、と思った。

仔虎ちゃん達と兄弟扱いされてるけれど、あたし不満に思っていません! 大人ですが。

もちろん長女ですよね、あたし?


それにしても何故いきなりガウディが入ってきたのか。

疑問に思ったが、すぐに思い出す。


そういえば、絶叫しちゃいました。にくきゅうに驚いて物凄い音量で。


あたしの悲鳴を聞いて駆け付けてきそうな人は、もう一人心当たりがある。


嫌な予感と同時に、こちらに駆け付けてくる大勢の足音が聞こえた。


「ま、まさか」


エネリの真っ青な予感は見事的中する気がする。


マズイ、非常にマズイ。


このままでは、あたしの猫耳マントが、「にゃーん」しか話せない恥ずかしい事が、とんでもない破廉恥な失態が、魔王陛下公認の下に晒されてしまう!

それにダーリンには、ちゃんと変化も出来ない役立たず猫とは思われたくないし、戻るかわからない記憶の賭けをするには、まだ心の準備が!


横穴にはガウディ、前方にはダーリンとその他大勢。

猫なのに袋の鼠となってしまったあたしは、苦渋の策として、マントにしっかりと頭を隠し、旦那さんが使っているであろう机の下に丸まった。


大丈夫、あたしは今ここにはいない!

あたしは今、黒い置物なのよ!


自己暗示をかけながら平静を保つよう心掛ける。

あたしが上手く気配が消せるかに全て掛かっている。緊張を取り除き、いかに周りに溶け込むかが大事なのだ。

あとはエネリが、なんとか誤魔化してくれる。

心強い事に、隠れるあたしの前に仔虎ちゃん達がやって来た気配を感じる。

どうやら身を挺して守ってくれるらしい。


心の中で感謝しつつ、大勢の気配がエネリの巣穴にたどり着いた。





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