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あーん、が目標です。



晴れ。

あんなに鬱々とした雨が、あっさり晴れた朝。

くわぁっと欠伸の後は、前後の足を上下から引っ張るような感じで伸びをする。

猫のあたしの身体は驚くほど柔らかい。あっという間に全長が二倍ほど伸びてしまうのだ。

あたしの手がダーリンの頬に触れる。


そう、魔界に来てとうとうあたしはダーリンと一緒のベッドで寝たのだ!


決してやましい事はしていません。

今までは乙女心の準備とやっぱりペットの分際で厚かましいかしら? と、ご遠慮して床に敷かれたダーリンのマントの上で寝ていたのだが、昨夜勇気を出してベッド上に飛び乗ったのである。

ぽふっと音を立てたあたしを、ダーリンは微笑まし気に見てくれた。

これならいけるわ!


心の中で拳を握り締めたあたしは、それでも一緒の毛布に入る勇気はまだ無く、枕元の少し離れた場所に丸くなった。未婚の男女が一緒にベッドの上に座るだけでも凄くはしたないのに、一緒に寝るだなんてそんな破廉恥な事、あたしには出来ません。


こんなに近くでゆっくりと、無防備なダーリンを見るのは初めてかも知れない。

またとない機会にダーリンの寝顔を思う存分堪能する。

規則正しく上下する胸。ほんの僅かに開いた薄い唇。通った鼻筋に今は伏せられた瞳。


なんだか、新婚さんみたい。


くすぐったい気持ちを誤魔化すように、ぷにぷにとダーリンの頬をつつく。

まだ眠っているダーリンは、少し眉を寄せながらあたしの手を掴んだ。


ぷに、ぷにぷにぷにぷに


一度力を込めたダーリンは、しばらくの間あたしのにくきゅうを堪能するかのように何度も感触を確める。

やがてうっすらと目蓋を開いたダーリンは眠気瞳であたしのにくきゅうを見つめた。


ぷにぷにぷにぷに


再び確めるように、にくきゅうに力が加えられる。


ちょっ、ダーリン可愛い〜!


誰もが畏れる魔王陛下が、いつも刃物のような鋭い雰囲気を纏っているダーリンが、猫のにくきゅうを片手に半分夢の世界。

このアンバランスさが堪らない。この落差は反則だと思います。はい。

ぼーっと半分寝ながら、にくきゅうをぷにぷにするダーリンの図にあたしは朝からメロメロだ。

そういえば、ダーリンがあたしのにくきゅうをこんなにじっくり触ったのは初めてかも知れない。

こんなことなら、もっと早くダーリンににくきゅうを与えればよかった。

ダーリンがこちらに身を乗り出す。背中に少し重たい感覚。

なんと、ダーリンがあたしを寄せて背中の毛皮に顔を埋めているではないか!

余りのドキドキと嬉しさに思わずゴロゴロと喉が鳴る。

今朝は色々と初めて尽くしだ。


「暖かいな。レディはいつも陽だまりの匂いがする」


いつになく柔らかい口調に、何だかあたしまで優しい気持ちになってくる。


いや、ちょっと待て待て。


最近はずっと雨だったのでろくに日向ぼっこ出来なかったのだが。

魔王城では毎日のように日向ぼっこしていたので、もしかしたらその時のニオイが残っているのかも知れない。


いやいやちょっと、更に待って欲しい。


あたしが魔王城から飛び出して、もう十数日ぐらい経つはずなのだが、そのニオイが残っている?

毎日グルーミングしてたのに!

これは乙女として由々しき問題だ。

今すぐ水浴びに行かなければ!

だが、ダーリンがあたしの背中に顔を埋めているので、身動きが取れない状態だ。


『…………』


ダーリンが嬉しそうなら、あたしも嬉しい。


まぁ、いっか。


しばらくして、ダーリンが支度をする。

羊美少年がテキパキとダーリンの準備を整えていった。

あたしは羊美少年にも心配を掛けたようで、久しぶりに顔を会わせた時には「もう、一人で飛び出しちゃ駄目ですからね!」と半泣きで怒られてしまった。

でもその時に何故かまた、おやつを貰った。

ダーリンにくっ付いてやって来たお城の人達は、何故かあたしに「心配した」等の言葉と共におやつを貢ぐ。

美味しく頂いたので、あまり深くは考えないようにしよう。


「レディ」


ダーリンに呼ばれて顔を上げる。

ダーリンと再会を果して、少し変わった事がある。


「今日は外に見回りに行く。その間は、エネリ・ブラウに頼んだ。行ってくるといい」


ダーリンがあたしに喋りかけてくれるようになったのだ。

これはもう、嬉しかった。

可愛がってくれてたのはわかるが、やっぱり態度だけでは不安になる。

初めて喋りかけられた時、凄くはしゃいだあたしを静めるのにダーリンが苦労したのはまた別の話である。

しかし今回は内容がよろしくない。

お留守番通告をされてしまった。


今日もダーリンに付いて回ろうと思ってたのに。


“相棒”としての在り方を模索中のあたしにとっては、あまり嬉しくない状況だ。

でも、貞淑な妻は夫に……、猫のままの今では夢のまた夢の話なのでちょっと封印。

とにかく迷惑を掛けたくないので、大人しくお留守番する事にする。

「にゃあっ」と了承の意味を込めて鳴くと、満足そうにあたしを一撫でして羊美少年と出て行った。

眠気に負けたあたしは、しばらくダーリンが寝ていた場所で暖をとる。そのぬくもりが冷める頃、あたしの頭もようやく覚めた。

ダーリンが出ていった後の部屋はなんだか、さみしい。


エネリのところに行こっと


ベッドから飛び降りたあたしは、視界の端に映ったものに目を止めた。


『…………』





最高だ。

最高の寝心地だ。


『ねぇ、ねぇ。みんなおいでよ。とっても気持ちいいわよ』


隅っこの方で集団で縮こまっている仔虎ちゃん達に声を掛ける。


『こわい』


『こわぁい』


『れでぃ、それ、や』


『やー』


こちらを見詰める八つの目には確かな恐怖が浮かんでいた。


みんな大好き、籠ベッド。


あたしは今、その籠ベッドを独り占め状態で寝そべっている。

もともと寝心地抜群だった籠ベッドは、あたしの独断によってシーツが代えられ、更に最高の寝心地が約束された。

それなのに仔虎ちゃん達は一向に寝ようとしない。それどころか非常に怖がって近づこうともしなかった。

あたしは首を傾げる。


本当に最高なのに、―――ダーリンのマント。


「ひぃぃぃぃ!?」


引きつった様な悲鳴に振り向けば、エネリの旦那さんがわたわたと壁際にくっついていた。


『何よ、なにか文句でもあるの?』


この人には赤ちゃん言葉で散々追いかけられて、あまりいい感情はない。

じとっとした目で見詰める。


「レディちゃま〜、そ、その下に敷いているのは何かなぁ? パパにも見してほしいなぁ〜」


うぇ!


わきわきと両手を動かしながら迫る旦那さんに、背中の毛が逆立つ。

誰がパパなのよ!? と、突っ込めないほど、何だか目が尋常じゃなかった。

仔虎ちゃんの所まで逃げ込む。


「うわぁっ!? やっぱり陛下のマント……。な、なんてものを持ってきてくれたんだ」


仔虎ちゃん達の影に隠れながら、そっと旦那さんの様子を伺う。


「け、毛だらけ」


籠ベッドから、せっかくここまで頑張って引きずってきたダーリンのマントを摘まみ上げる。

いや、それ汚物を摘まんでいるようにしか見えません。何て失礼な人だ。


「不味いぞ。レディちゃまが勝手に持ってきたとは言え、このままここにあれば、絶対お咎めを受けるのは僕……。こうなったらいっそ証拠を隠滅すれば、」


「何をぶつぶつ言ってるの、あなた」


『ままぁ』


『エネリ〜』


『ごはん』


仔虎ちゃん達がぽてぽてとエネリの周りに集まる。もちろんあたしも一緒にだ。


「エネリ、大変だ! こ、これ……」


「あらやだ、もしかして陛下の? ……レディ」


『なぁに?』


「持ってきちゃったの?」『あたしのお気に入りなの』


ダーリンのニオイが染み付いたそれは、いつでもあたしを安心させる。


「大丈夫よ、そこに置いておいで」


旦那さんに腰に手を当て指図するエネリは、なんだか物凄く頼りになる雰囲気がでてました。


「レディ、今日は陛下と一緒にいなくてもいいの?」


『今日は長さまと外の見回りに行くんだって。だからあたしはお留守番なの』


「なら今日は、みんなで魔力の扱い方を勉強しましょうか。ほらほら、みんないらっしゃい」


あたしは首を捻る。

以前はあたしの中にあった魔力は、猫になったせいか今ではほんの微弱なものしか感じられないのだ。

扱い方ならもう知っているが、元となる魔力が無ければ話にならない。

残念ながら、せっかくのお勉強はあまり意味の無いものになりそうだ。

そんな余り乗り気ではないあたしに気付いたエネリがにんまり笑顔で話し掛ける。


「レディ? 地上にいた頃は魔力があったのかしら?」


あたしは頷く。


「なら、地上と魔界が別の世界なのは知っているわよね。ここは貴女のいた世界とは理も成り立ちも違うの。当然、魔力の扱い方も体に留める方法も違ってくるわよね?」


『…………』


ええと。


ぼそりとあたしの耳元で囁かれる。


「私たちみたいに、人型とれるかも知れないわよ」『や、やる、あたしやる!』


やっぱり人型でダーリンとイチャイチャしたい。

お食事の時に、あーんってしたり、あーんってされたりしたい。

もちろん今だってあたしは、ダーリンに一方的にあーんってしてもらっている。……ダーリンは手掴みですが、何か?


『頑張って、あーんってできるようになるわ!』


「……あーん? 何だか良くわからないけど、目標があるのは良いことだわ」


かくして、あたしの特訓は始まった。


その頃すぐ隣では、エネリの旦那さんが仔虎ちゃん達に拒絶されてショックを受けていた。


「パパだよ、忘れちゃったの!?」


『ぱぁ、こわい』


『こわぁい』


あたしを捕獲するときに、仔虎ちゃん達も実は巣穴にいたのだ。いきなりの父親の暴挙に怯えて隅っこで震えていたのである。

あれだけ巣穴で暴れて怖がらせたのだから当然の結果だ。


ふふーん


それを横目に、ちょっとあたしの気が晴れたのは言うまでもない。





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