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罠と猫



『大丈夫か?』


『ありがとー。た、助かったかも』


首から下の身体をぷらぷら揺らしながら、あたしはガウディの巣穴に避難した。

巣穴同士が直接中で繋がっているから、外に待機していたツチアラシライダーの皆さんにも鉢合わせない。

最適な避難場所だ。


ぽすっと下に降ろされたあたしは、次に労るように身体を舐められる。


うーん、見事なまでの子ども扱い。


成猫とバレた後も表面上は大人扱いしてくれるガウディだが、こうした所々にまるで子どもと接するかの様な態度が現れる。

なにくれと構ってくれた理由を聞けば、初めは通常のヴェルガーの子どもに比べて、ひ弱な体型のあたしを心配してくれての事だったらしい。


それはそれは。


確かに大きさこそ、それほど変わりはないが、仔虎ちゃんとあたしの足を見比べてみれば、その差は一目瞭然だ。

仔虎ちゃんの足はしっかりとした骨太な足だ。対してあたしの足は小さく、仔虎ちゃんの半分の太さしかない。

これは成長後の大きさの差に関係しているのだろう。

残念ながら、どうあがいてもあたしはこの大きさが限界で、仔虎ちゃん達は今後にょきにょき大きくなるに違いない。


『ったく、いきなり何だってんだアイツ』


アイツとはきっとエネリの旦那さんの事だろう。

思いきりあたしを子ども扱いどころか赤ちゃん扱いしたエネリの旦那さん。許すまじ。

けれど、今はツチアラシの恐怖の方が強い。


『こっちに来たりしない……?』


『それはない、例えエネリの(つがい)であってもここは俺の場所だ。エネリならともかく許可無く入るとどうなるか、ヴェルガーじゃなくても分かる常識だろ』


やはり虎の魔獣なだけに、ものすごく縄張り意識が強いのだろうか?

首を傾げていると、苦笑いしながらガウディが教えてくれた。


『もともと俺らの種族は魔界にバラバラに散って生活してたんだよ。集落ができたのはつい最近。あんまり他者を受け入れることには慣れてない。

それが集団で生活するようになったんだ。そのときに定められた暗黙のルールが、他人の巣穴には絶対に入らない』


『入ったらどうなるの?』


ガウディが牙を剥き出しにして笑う。牙と共に野生の本能が剥き出しにされた壮絶な笑み。


『―――死だ』


あたしにも、おすわり後退が出来ました。


『おいおい、そんなにビビんなよ』


いたいけなニャンコをあまり驚かさないで欲しい。

思わず隅っこで縮こまってしまったあたしをガウディが尻尾で誘い出す。

目の前で興味深い動きをするふさふさに、あたしはたちまち虜になってじゃれつく。


ああ、本能……


逃げるふさふさを追いかけて、あっという間に疲れてしまった。

対してガウディは余裕綽々。尻尾しか動かしてないから、それも当然か。

でも、やはり疑問が残る。

他者を受け入れ難いのならば、ヴェルガー同士でさえ入るのを躊躇う巣穴にあたしを連れてきてくて、なおかつ面倒見てくれたのか。


『なんであたしを助けてくれたの?』


『ヴェルガーの子どもに見えた事は知ってるよな』


あたしは頷く。

さも当然の事のようにガウディは続ける。


『子どもは宝だろ?』


べろんと舐められる。

何だかまた、成猫なのを忘れられてる気がする。どこまでも、子ども扱いなあたしだった。

それに命が救われたのだから、もう文句は言うまい。




いいニオイがする。

ガウディの巣穴に篭るあたしの鼻先を掠めたのは、とんでもなく食欲そそるニオイだった。


いやいや、絶対に出ないわよ。

自分に言い聞かせるように頭を振る。

今は見回りに出たガウディに口を酸っぱくされて注意された。

あたしさえ出なければ大丈夫、だそうだ。


『それでもね、もし、あたしが出なくても、ガウディが留守の間に誰が入ってきたら……』


『誰かが入ればニオイですぐに分かる。絶対にソイツは逃がさない』


だ、そうです。

そう言ったガウディはやっぱり壮絶な笑顔でした。

頼もしい限りです。おすわり後退!


そんなあたしに早くも危機が訪れた。

勘違いしないでほしい。

あたしは毎日たっぷりとご飯を食べさせてもらっている。決してお腹が減っている訳ではないのに、凄く美味しそうなニオイで口の中が涎でいっぱいになってしまった。ぺろりと口を舐める。

それくらい異常な、食欲そそるニオイなのだ。

気になって気になって、おちおち昼寝もできない。


見るだけなら、大丈夫よね?


チラッと確認したらすぐに引っ込む。よし、それで行こう。

香しいニオイに惹かれ、巣穴からそっと顔を出す。

恐る恐る周囲を見渡すと、ニオイの正体は呆気ないほどすぐに判明した。


ドン・グラ!


魔界のお魚。あたしの大好物だ。

いつだったか、ネメシスが謁見の間での宣言通りあたしにお土産として献上してきたものだ。


ドン・グラだわ、わーい!


って、ノコノコと誰が行くものか!


巣穴からほんの少し離れた場所に、これ見よがしに置かれたドン・グラ。あの香りは燻製に違いない。

豊潤にして濃厚でありながらも、舌先を擽る上品な味わい。一度食べたら癖になるあの魔性の歯ごたえ。

ご丁寧にも皿の上に、まるで食べてくれと言わんばかりに惜しげもなくその姿を晒して鎮座している。

切断面が艶やかに輝く切り身の堂々たるその様は、威厳さえも感じさせる。


罠だ。罠に違いない。


ドン・グラに釣られて出ていったら最後。

あたしがあのドン・グラを、まずはじめにニオイを楽しんで一思いにパクっと口にして、切り身を口に含みながら舌先を転がして味わって、切断部分からまた旨味が染み出すドン・グラの燻製を噛んで噛んでまた味わって―――


…………


あたしとしたことが。


焼いてよし、煮てよし、炙ってよし、生でもよしと三拍子ならぬ四拍子揃った高級食材の出現に動揺してしまったようだ。

とにかく食べている間に捕獲されるに違いない。


ぴっとヒゲが反応する。

あたしが巣穴から姿を見せたことで、何者かが少し動いたらしい。

やはり待ち伏せされている。

こんな子供騙しに引っ掛かるあたしではない。

巣穴へと身を引き返そうとして、足を止める。

それにしても、堪らないニオイだ。食べたいなあ。

まあ、ニオイくらいなら減るものでもないし、近づくわけでもないし、少しくらい楽しんでも損はない。

せっかくなので、よりニオイを楽しむ為に目を閉じて鼻をすんすんさせる。


あー、いいニオイ。


すんごく美味しそう。


食べたい、ドン・グラ食べたい。

食べたい、食べたい。


いいニオイ。


やっぱり食べたい。


食べたい、食べたい。


食べたい、食べたい、食べた―――パクっ。


お〜いし〜い!


「それ、今だ!」


『!?』


視界が真っ黒に覆われる。

ニオイだけニオイだけと言いつつ無意識のうちに近づいてしまったあたしは、あっさり捕まってしまった。

なんたる失態。間抜け過ぎて言い訳もできない。


「ふー! ふ、ふにー!」


ちゃっかりドン・グラを食べ終わったあたしは必死に暴れる。

なにか布の様な袋に詰められてしまったらしい。

ゆっさゆっさと揺れる感覚に胸が気持ち悪くなってくる。


「大変……す!」


「はぁ!? 何考え……あの……!」


布越しに伝わる世界が何だか騒がしい。


「ふぎゃー!」


ここぞとばかりに、暴れまくる。


痛ったい!?


お尻をぶつけて痛さに悶える。

いきなり袋ごと床に置かれた様だ。いや、あの衝撃は落とすに等しい。

信じられない。か弱い女性に対してなんという暴挙。


こうなったら、絶対に引っ掻いてやる!


毛を逆立てながら、袋から這い出たあたしは思わず目を疑う。


一番、会いたかった人。


すぐ近くに佇む。


漆黒の髪と瞳を持つ、闇を纏う人。


あたしのダーリン。





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