やっぱり五月蝿いお迎え
ヴェルガーの子供に間違えられてました。
なんてこった。
生まれてこのかた、順調に育ってきたあたし。
急激にボイーンっと育つ場所も無かったけれど、成人してからは子どもに見られた事は無かったあたしは、その可能性に気付くのに時間がかかってしまった。
そりゃあ、たくさん食べ物おねだりしましたよ?
そりゃあ、仔虎ちゃん達と一緒にぎゅうぎゅうに籠ベッドに詰まってたりしましたよ?
そりゃあ、寝ぼけてエネリに擦り寄りながらゴロゴロしに行っちゃいましたよ?
はぅああああぁぁぁあー!!
思いっきり間違えられるよ、それ!
穴があったら入りたーーい!!
恥ずかしさに身悶えてたあたしだけれど、それ以上に憐れだったのがガウディだった。
『えっ、スマン? えっ、いやっ、えっ、えっ? いやっ、俺そんなつもりは!』
と、言いながら座りながら後退。あたしと距離を取った。器用ですね。
可哀想なくらい慌てながら弁解してくれた。
本来、ヴェルガーに問わず獣が獣をべろんべろん舐め回す行為はよっぽど親しい相手にしかしない。それこそ、家族だとか伴侶だとか。
そうとは知らずに成人女性にべろんべろんとしてくれました。
まったく、もう!
でも、心配してくれて面倒見てくれて、文字通り猫可愛がりしてくれた訳だし。
うむ。この際、目を瞑ろう。
あたしが成人してる事と猫という種族だという事が知られても、生活にそんなに変化は無かった。
ガウディとエネリは、あたしを子ヴェルガーだと思って保護してくれた訳で、もしかすると放り出されるかも! と戦々恐々としていたのだが、そんな心配も杞憂に終わった。
あんなに良くしてくれた恩ヴェルガーさん達に、少しでも不信を抱いたあたしが恥ずかしい。
変わった事といえば、成猫と知られた日を境に、あたしはエネリの巣穴で仔虎ちゃんと一緒に寝ることになった。……エネリは「娘が増えたわ!」と凄く喜んだが、恩ヴェルガーには何も言うまい。
唯一の不満は、ダーリンに会えない事ぐらいだ。
普段は思い出し、ため息つく暇もない。
仔虎ちゃん達とお留守番という充実した日々を送るあたしは何かと忙しい。体力も使う。
けれど、ふとした時に考えてしまう。
仔虎ちゃん達は散々暴れ回ったあと、ゼンマイの切れた玩具の様にぐっすりと眠って動かなくなる。
そんなとき、唐突に出来てしまうのだ。
誰にも邪魔される事のない時間。
あたしだけの時間。
乱れた毛並みを整える。
ペタリと床に寝そべる。冷たい床は、お世話で火照った身体にちょうど良い。
ぽっかり空いた空虚の時間。
背中がさみしい。
いつも不器用にも撫でてくれる手が無いことに、悲しくなるのだ。どうしようもなく。
ダーリンに会いたいなぁ
でも、いない。ここには、どこにもあたしのダーリンはいない。
この世界にあたしは独り。
そんな錯覚にブルッと身を震わせ、暖かさを求めてぎゅうぎゅうに詰まった籠ベッドにあたしも身を寄せるのだった。
変化は訪れる。
今日も仔虎ちゃんの面倒を見たあたしは、くたくたになって集団で籠ベッドで寝ていた時だ。
エネリでも無く、ガウディでもない。
知らない気配にあたしの意識は一瞬で覚醒する。
仔虎ちゃん達に埋もれた体勢のまま、あたしの身体が緊張した。
「ただいま、帰ったよ」
知らない声。
「うふふ、お帰りなさい」
顔を上げずに感覚だけで辺りを探っていたあたしは、その後から聞こえたエネリの声に緊張を解く。
エネリの声はいつに無く柔らかい。
端切れの音が静かな空間に響く。会話が途切れる。
とても甘い雰囲気だ。
何をしているかは野暮なので、様子を探らない。
大丈夫、この人は敵じゃない。
害は無いと判断したあたしは、再び寝入る事に決めた。
「ずいぶんと休暇が遅れたのね。私、忘れられたかと思ったわ」
「僕が君と子供達の事を忘れるはずないよ! ……実はこうして帰ってこれたのも仕事だからなんだ。城では随分大変な事になってる」
「あらやだ、そんなに? ……大丈夫なの?」
「こうして君の顔と子供たちの顔を見るくらい、目を瞑ってくれるさ」
優しい沈黙が支配する。
「……陛下がそんなに無茶をなさるなんて、驚いたわ」
「いや、陛下は何も仰らないよ。ただ、知っての通り嵐だからね。天気が陛下の御心を現してるから、周りが何とかしようと奔走してるわけさ」
「ふうん。あなたは私と違って、弱っちいから無茶しちゃ嫌よ?」
「酷いね、引き際ぐらい心得てるさ。さあて! 僕の可愛い子供たちはみんな大きくなったかな」
ひょいっと、こちらを覗き込む気配。
一瞬の沈黙。
後、しきりに何か数える気配。
ゴクリと喉がなる音が聞こえた。
「うん? ……エ、エネリ? 何だか一匹増えてないかい??」
「そうなの。待望の女の子よ! 可愛いでしょ?」
「へ、へぇ? ……こういう、色って、蜂蜜の毛並みって言うんだよね?」
「そうとも言うかしら?」
「……いつからウチに?」
「最近よ。ガウディが森で助けたのよ。迷子みたいなんだけど、この辺りの子じゃないみたいで、ウチで面倒みてるのよ。あ、この子このサイズで大人なのよ。驚いたわ、猫っていう地上の種族なんですって!」
「ねねね、猫ぉ!?」
狼狽した様子に、あっという間にまったりとした雰囲気がぶち壊された。
……うるさい。
あたしはムクッと起き上がり、パッチリ目を開く。
薄い茶色の瞳と目が合う。
ボサボサとした纏まりがない茶色の髪に、仕立ての良い服。
ヴェルガーの皆さんは露出度の高い服ばかりなので、身体を殆どを服で覆う男は新鮮に見えた。魔王城、というか一般的にはこれが普通だけれど。
あたしにとっては久々に見る、せっかくの一般的なのに、服に着られている感が凄く強いので残念な感じだ。
ヒョロっと背が高いだけに、無駄にひ弱な印象も受ける。
「み、緑……。た、大変だ……!」
どこか野暮ったい雰囲気の漂う男が、後退りながら巣穴を飛び出して行った。
「どうしたのかしら? あの人ったら」
『エネリ、今の誰?』
「私の、だ ん な!」
野性味溢れるセクシー虎女のエネリと、さっきのダサい……ごほんごほんっ、気弱そうで引きこもりみたいな人が!?
それでも、物凄くあまーい雰囲気が漂っていたので、関係はすこぶる良好のようだ。
『……ふ、ふうん』
人の好みは、人それぞれ。
あたしは何も言うまい。
あ、でも馴れ初めぐらいは聞きたいかも!
好奇心が疼くが、エネリの様子をみていればわかる。
これは第三者、ガウディにでも聞いた方がいいと思う。
聞けば最後、寝かせてもらえない気がしたので、あたしは懸命に興味無い振りをした。
……あたしの勘はよく当たる。
翌日、ツチアラシが攻めてきた。
いや、やってきた。大漁に。
ヴェルガーの集落の周りにツチアラシの群れができた。
ツチアラシはとっても怖いけど、ヴェルガーの巣穴は大岩の高い位置にあり、奴らは中には入れない。まさしく高見の見物で暢気に構えていたあたしだが、失念していた。
奴らの上に騎乗していた人達が数人、集落に入ってきたのである。
ゆっくり観察できたのは、そこまでだ。
今のあたしは、それどころではない。
『にぃぃぎゃあぁああー!』
バリバリと爪を立ててあたしは抵抗する。
「レディ、さまぁ〜? 帰りまちゅよ〜?」
エネリの旦那と格闘中のあたし。
巣穴のすぐ外にはツチアラシのニオイをプンプンさせてる人が待機している。
あたしはすぐにピンときた。
あたしをツチアラシ集団に差し出すつもりね!
あれは駄目。絶対にイ・ヤ! とあたしは抵抗する。
ツチアラシ怖い。大きい獣怖い!
迎えに来たのはわかるが、その迎えの人が安心できるかと考えて答えは、否。
信用できない人と一緒にツチアラシの傍に近寄りたくない。乗るだなんて言語道断、あたしは断固拒否する。
喧嘩売ってんの? その赤ちゃん言葉。
と、売り言葉を買えないくらい必死だ。
逃げて逃げて逃げまくること、とうとうエネリの旦那が籠ベッドの中であたしを捕まえたが、対してあたしは爪を立てて抵抗。
「大丈夫、大丈〜夫。怖いことなんて何もないでちゅよ〜」
『いぃやあぁぁ! って、言って、る、でしょ!』
嫌がっているのに、ことごとく無視。
抵抗も虚しく、籠ベッドに引っ掻けた爪を一本づつ剥がされていく。
―――グルルルル……
地の底から響くような唸り声が突如部屋に響く。
まるで背中に冷水でもかけられたように冷気が走った。背筋が凍るというのは、きっとこの事を言うんだろう。
旦那さんと仲良く一緒にビクゥッと身体が跳ねた。
音の方向には、赤褐色の力強い毛並みを持つ大きな虎の魔獣。
「ガ、ガウディ……? な、何でそんなに怒ってるんだい?」
ガウディは音も立てずに近くに寄ると、旦那さんの方に顔だけ向けて、いきなりクワッと牙を見せた。
思わずあたしから手を放す旦那さん。
ふー、助かった。
安堵するあたしはガウディにパクっと首根っこをくわえられ、そのまま虎の子よろしく運ばれていった。