赤の目覚め
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
さて、世間はシルバーウィークとのことだが、お疲れのようだね、つぶらやくん?
誰かが休みのとき、誰かが働いてくれているから、世の中は成り立っている。みんなが働いていても、みんなが休んでいても世の中うまく機能しきれない。動いてくれている人には、どのような仕事であれ感謝をささげるべきであろうな。まさに勤労感謝だ。
我々、人間だからどうしても同族のことに目がいきがち。しかし、地球で暮らしている以上は地球のはたらきの影響も受ける。地球側から何かしらサインを送られてくるならば、相応の対処をせねばなるまい。
私もむかしに、親から教えられた言いつけがあってね。今もそれに注意を払い続けているんだ。ちょっとその話、聞いてみないかい?
赤色の目覚めに注意しろ。
母から、物心ついたころよりずっと忠告され続けていたことだ。
もちろん、自分が目覚めたときに視界が紅かったら、誰でも警戒するだろう。自分の身に起きたことだし、このままだと生活に支障も出る。
しかし、母の言いたいことは必ずしも、そうではないようだった。
自分を取り巻くものに対する、赤色が見えるときに注意をしろ、と。一度目覚めれば、次々と起きて「まっかっか」になってしまうだろう、とね。
はじめて聞いたときは、突拍子もないことで飲み込みづらかったけれど、それから数ヵ月する間に、母のいわんとしていたことが何かが分かったんだよ。
あれは、留守番を任されたときだったかなあ。
当時、娯楽といったらテレビを見るくらいしか、私にはなかった。活字を読むことは、あまり好きではなかったんだよねえ。運動などもしかりだ。もっとも、後者は外に出るのがはばかられるから、難しかったけれども。
午前中ともなると、子供にとって面白い番組は限られている。適当にチャンネルを回していたところ。
テレビのフレームのふちが、にわかに赤く染まった。
最初は液晶に異状があったのかと思ったけれども、それはすぐに真新しい赤い液体となってあふれ出てくる。
それだけじゃなかった。
ふと目をやると、部屋中のあちらこちらに、いつの間にか細くて深い切れ込みができていて、そこからとくとくと血のような液体が流れていたんだ。
壁、天井ばかりじゃない。タンスの表面、押し入れの戸、テーブルの上に置いてあるペラ紙に至るまで。
およそ、このような液体を仕込めるようなすき間などないのに、瞬く間にあふれたそれらが、床へ血の海を作っていく。かさはどんどんと増し、たちまち私を沈みこませんとするほどになる。
これが母の言っていたことか。
そう察した私は、一番はじめに赤の出始めたところ。テレビのふちを抑え込んだ。
手だけじゃ足りず、体そのものを押し付けてすべてをカバーしたよ。
するとどうだ。増していた赤は、ぴたりと動きを止めたかと思うと、みるみるうちに引いていく。
先ほど浮かんでいた切れ目へ、ビデオが巻き戻るように引っ込んでいって。切れ目そのものも消え失せた。
身体を離すとテレビもまた元通りになっている。部屋を埋め尽くさんとしていた赤も、色のシミすら残らないほど、きれいさっぱり消えていたんだ。




