今日のホラー料理 運命の一品料理 「山椒魚(さんしょううお)の甘酢あんかけ」
小説は
なろうの世界
こころの温泉
癒しと
くつろぎの里へ
ようこそ
by
あんたのわたし
今日のホラー料理
運命の一品料理 「山椒魚の甘酢あんかけ」
あんたのわたし
* *
組織と縁深い会館の特別で大規模な厨房を、ある場合には「厨房」と呼び、ある場合には、「処理場」と呼ぶ。
厨房には、周りを目隠しで囲まれることのない便座が縦に二十列、横に二十列整列して並んでいる。わけもなくコレだけの便器が整列しているのは、他では見られない奇妙な景色の場所である。広いフロアに、一見ありふれた便座が縦横無尽に並んでいるのである。
あちらからも、こちらからも、どの便座も糞尿、汚物類を処理するため水を流しているらしく、フラッシュ音が溢れている。とにかくフラッシュ音は忙しない。フラッシュ音は、休むことがない。フラッシュの音は、頻繁に、そして、フロアのあちこちから聞こえてきて、何かの音楽かと思わせる。耐えられない工場の騒音と思われるものがある。あるいは、怪しげなうめき声さえも聞き取れることがある。
広いフロアのこの便座の配列を「浄化システム」とウチの組織の者たちは呼んでいる。
* *
めでたいことに、ウチの組織は、界隈で最近めっきりと名前が売れてきたのだ。
ウチの組織の手掛ける闇ビジネスは、このところの失敗、破綻、挫折ということがないのだ。
自慢はさておき、ウチの組織が、これほどまでに力をつけることが出来たのには、もちろん理由がある。
その大きな理由がこの便座を配列させた「浄化システム」である。このシステムは、ウチの組織の事業で頻繁に生じてくる死体を完全に世界から消し去るシステムである。
「浄化システム」、それは、ウチの組織が誇る科学者チームが開発した。
「科学者の野心と闇が共栄する組織」ウチの組織の特徴を言い当てている言葉だ。
科学者というのは、闇や悪に馴染む。科学者たちは、意外にも簡単に悪に手を染め、闇の世界の住人に簡単になってしまうものであるように俺にも思われる。
また、ウチの組織では、科学者の採用、引き抜きにウチの組織の可能な限りの金がいつも投入されている。
「有能な科学者というのは充分な金をかけてやる必要がある」とは、ウチの組織のボスの信念である。
結果、ヤクザ界隈において、歴史上類をみないような「浄化システム」が作られ、ここで効率的に運用されている。まったく、比類のないウチの組織の科学者たちが大きな貢献をした。
彼らのことを世間ではマッドサイエンティストと
揶揄するかもしれないがそれは間違いである。
確かに科学者と悪の道というのは、相性が良い。それは事実であったとしても、「マッド」は余計である。
究極の処理システムというのを常に開発している研究者、それが価値ある科学者のあるべき姿である。
あの芹沢博士とともに失われてしまった対ゴジラテクノロジー「オキシジェンンデストロイヤー」にも負けない性能を誇るのが、ウチの組織の「浄化システム」と言うわけである。
おっと! 話がずいぶんと脇道に逸れてしまった。
* *
繰り返しになるかもしれないが、ウチの組織の成長と拡大は、業務として多くの殺人を行い、そして、その証拠を完全に消してしまうことに成功しているのが大きい。
ここで、話は、突然変わるのだが、リストラというのは、どんな組織でも起こってくる必要悪である。
ウチの組織のように、素晴らしいテクノロジーを持つ組織であったとしても、新陳代謝が遅くなり、あるいは進歩のない組織には、結局は明るい未来というのはないのである。
組織の新陳代謝のためのリストラというのは、どんな組織にとっても、大切な要素でわれわれはそこから目を背けてはならない。
とにかく組織の経営にとって最も大事なことは、組織の新陳代謝をどう図るかということだ。
組織の新陳代謝といえば、ウチの組織では、「山椒魚の甘酢あんかけ」一皿に始まり、「山椒魚の甘酢あんかけ」一皿に終わる。
「山椒魚の甘酢あんかけ」によって、どのようにリストラが行われるのか疑問が生じるのは当然のことであり、説明が必要である。
ウチの組織では、「山椒魚の甘酢あんかけ」という一皿の料理を使って、組織の構成員がある年代に到達すると一皿の料理によって選別を行い、その人物が今後もその人材がウチの組織にとって必要であるのが、不要であるのかが決定される。その選別は過酷で、組織のほとんどの構成員が、ふるい落とされ処分されることになる。
ウチの組織では、「山椒魚の甘酢あんかけ」による選別からだれも逃れることはできない。
ウチの組織の構成員というのは、ウチの組織の外では生きるすべを持っていない連中ばかりなので、つまり、カタギの人生を送ることが出来ない連中ばかりなので、この「山椒魚の甘酢あんかけ」という一皿の料理という名の過酷な選択というか運命を拒むことは出来ない。ウチの組織の者たちにとって「山椒魚の甘酢あんかけ」というのは避けられない運命なのである。
* *
俺は、この組織の幹部のひとりである。
実は、幹部会に出席できるような身分になったとしても、明日の運命でさえもはっきりしないものだ。
というわけで、ついに、俺に対して「山椒魚の甘酢あんかけ」による選別を受けるようにお声がかかった。
俺は、自分のことを辛抱強い方だと思う。だから、かえってリストラ候補となったのか?
そして、食への執着も人並みに強いと、みずから任じている。
だから、「山椒魚の甘酢あんかけ」のお鉢が思いの外早く回ってきたのか?
俺は、選別の日が近くなるにつれて、わけのわからぬことを口にするようになっている。頭がおかしくなっているかもしれないのだ。
確かに、この特別な食事会は、俺は知っているが、それ故にと言うか、だからこそ、実にじつに願い下げこうむりたい代物なのである。わたしが?
俺は、確かに支離滅裂になっている。つまり、。。。
* *
「山椒魚の甘酢あんかけ」というウチの組織の構成員の選別。それに俺にもその順番が回って来たということだ。
組織が、俺が、これからも有用な人材であり得るのか、ついに俺を選択にかける時がやって来たのだ。
俺は、自分の出自についてまったく知らない。俺がどこで生まれたのかも知らないし、誰が誰であるかという話も聞かされていない。
俺の親たちが、誰で、どうなったかなんて話は、絶対に聞くなということになっている。俺は、そんな話は聞く必要ない。この組織にいるものは聞かなくたって、ここにいるものにとって、それは自明なことであるからだ。
俺は、目立った取り柄というものの、俺の売りというものがない。
俺は、年をとるにつれて体力と気力が落ちていき、やがては組織の足手まといになってしまう。それは、分かっていた。
ウチの組織にとって、俺という構成員が本当に必要であるのか、必要でないのか決める必要がある。
そして、ウチの組織では、組織の構成員が必要であるかどうかを決めるのは、他には見られない独特の方法で決められる。
それは、あくまでも、一皿の料理によって決められることである。その一皿を食って俺が生き延びることができれば、俺は、この組織の中で、この組織の構成員として天寿をまっとうすることが出来るということだ。そして、この一皿によって命を落とすようなことがあれば、俺の死が、組織の判断なのだ。これからは、俺が不必要であるという。
俺の運命の食事のための準備が整えられた。
* *
☆「山椒魚の甘酢あんかけ」のレシピ
どうしても語っておくべきは、「山椒魚」のこと。科学者たちが「山椒魚」と呼んでいる生き物のことである。この「山椒魚」は、ウチの組織の浄化システムを巡るプール、配管に生存する生き物のことである。「山椒魚」は、その容姿、形態が山椒魚を連想させるものがあるので、科学者たちによってそう呼ばれている。「山椒魚」は、浄化システムに便座を通して流し込まれてくる人体の各部位、もちろん骨を含む。それらに加えて、人体が身につけている衣装までを一切形を残さず餌とし食ってしまう。それほどに、「山椒魚」の体内にいきわたる消化酵素は強力で、「山椒魚」を食すということはとても危険なことである。つまり、死を覚悟せよということである。
そして、「山椒魚」を食して生き延びると合うのとは、その人間がさらにこの先ウチの組織にとって生き延びる価値があるという証になるのである。
「山椒魚」は、ほとんど生の「山椒魚」が刺身状態で提供される。「甘酢あんかけ」というものの、それは名ばかりで、酢と砂糖を混ぜ合わせた溶液に、その切り身をひと潜りさせただけのもの。
ついに、この「山椒魚の甘酢あんかけ」の一皿が俺のテーブルに提供された。
* *
それは、何かの陰謀、策略、たんに言いがかりに過ぎないとはっきり分かっていたとしても、「山椒魚の甘酢あんかけ」の一皿を断ることは、ウチの組織では決して許されないことであった。
しかし、便器で育った「山椒魚」と呼ばれる生き物をほとんど生で食うのは、想像すると吐き気がする。
切り身を箸にとると、その甘酢を通しても、強烈な生臭さが伝わってくる。身体が拒絶する。本能がそれを拒絶する。
* *
フロア中に響き渡る音。液体が、機械のパイプの中を巡回しているのがはっきりと分かった。その音がしっかりと俺の身体で実感できた。
他のやつの失敗でも俺がけじめをつけるような形で、お鉢が回ってくる、そんなことは、この世界では珍しいことではない。昨日までは、何かの間違いではないかと思っていた。しかし、これは現実である。
* *
俺は、何が起こったとしても驚いたり、怖気付いたりするようなやわでは無い。
「山椒魚」と呼んでいるのだが、実際には、その正体は謎である。ただ、よく見ると、その容姿は、山椒魚とも似つかない、何かこの世のものとは思えないような風情を湛えていた。
* *
いつもは、騒音にしか聞こえていなかった沢山の便座から発せられるフラッシュ音が、今、この運命の時には、騒音ではなく秩序と意味を持つ音楽に聞こえている。
自分の中にこんな自分がいるなんて、俺はこれまで思ってもみなかったのだ。
「結果が出るまでに、そんなには時間はかからない」
シェフ担当の科学者は、親切なつもりなのか、感情を少しも表にだすこともなく俺に告げたのだった。
俺は覚悟を決めた。眼の前のテーブルに置かれた「山椒魚の甘酢あんかけ」の切り身を箸で一気に頬張ったのだ。
* *
「山椒魚の審判」の時に、俺のために便器の並ぶ組の「処分場」兼「厨房」のスペースが用意されているのだ。この「厨房」兼「厨房」において、音楽のように聴こえる便器のフラッシュ音に俺は囲まれていたのだ。
これが、「山椒魚の甘酢あんかけ」の舞台だ。
そんな中、俺は落ち着いていた。まもなく審判は下される。
俺の気持ちは俺自身予想もしないような境地にあったのだ。
それは本当に不思議なことだが、俺の心に俺の人生において誰の心に常に渦巻いていた、物心ついた頃から、今日の今日までいつも俺とともにあった、慣れ親しんできた「闘う心」「葛藤の思い」「反骨心」と言うものがどこかに消え去ってしまったということに気づいたのだ。
俺は、自分の心に訪れた平静な気持ちの存在に、驚き、そして、戸惑ったのだ。
そして、俺は父母に見守られる赤子のような気持ちになった。俺は、俺はその時、その気持ちに対して少しの疑問も抱かなかったのだ。
俺は、その両親とは一度も顔を合わせたことがないというのに。
* *
悪あがきの気持ちというものはまったくなかったのだ。
* *
俺は、思いの中で「父さん」「母さん」と言う思いもよらぬ言葉を発していた。それは、俺自身にとって思いもかけないことであったのだ。
了




