第9話「真夜中の通話」
サークルを休んで一週間。
湊のアパートのチャイムが鳴った。
夜の十時過ぎだ。
モニターを見ると、そこにはずぶ濡れの蓮が立っていた。
「……如月さん!?」
慌ててドアを開ける。
外は激しい夕立だった。
蓮は傘も差さずに立っていて、水滴が滴り落ちている。
「な、何してるんですか! とりあえず入ってください!」
タオルを渡し、部屋に招き入れる。
蓮は無言のままタオルで頭を拭き、湊の部屋を見回した。
「……風邪、引いてないか」
第一声がそれだった。
自分の方がずぶ濡れなのに。
「俺は元気ですよ。如月さんこそ」
「連絡がないから……倒れてるんじゃないかと思って」
「それなら電話すればいいじゃないですか」
「……着信拒否されていたら、怖かったから」
ボソッと言った言葉に、湊は目を見張った。
あの「絶対零度の王様」が、着信拒否を恐れて連絡できなかった?
あまりにもか弱くて、人間くさい。
「……拒否なんてしませんよ」
「西園寺に会っただろ」
蓮が唐突に切り出した。
「あいつにあることないこと吹き込まれたんじゃないかと思って。……俺は昔、モデルに逃げられたとか、そういうのはない」
「え、でも西園寺さんが……」
「あいつの嘘だ。あいつは昔、俺の被写体になろうとして、俺が断ったのを根に持ってるだけだ」
「……そうだったんですか」
拍子抜けした。
西園寺の嫉妬によるデマだったとは。
でも、蓮がここまで必死に弁解しに来てくれたことが嬉しかった。
「湊」
名前を呼ばれた。
いつも「お前」呼びだったのに。
「俺は、お前を閉じ込めるつもりはない。……ただ、誰にも渡したくないだけだ」
蓮が湊の手を取る。
濡れた冷たい手が、熱を求めて絡みつく。
「お前の笑顔も、泣き顔も、怒った顔も、全部俺だけが知っていたい。……これって、迷惑か?」
真っ直ぐな瞳。
そこには、隠しようのない好意と、拒絶されることへの怯えがあった。
湊は首を横に振った。
「迷惑なわけないです。……俺だって、如月さんにしか見せたくない顔、たくさんあります」
湊が握り返すと、蓮は安堵したように息を吐き、そのまま湊の肩に額を預けた。
「……よかった」
濡れた髪から伝わる冷たさと、額から伝わる熱。
二人の距離がゼロになった夜だった。




