第6話「モデルの資格」
「次の撮影会、湊くんモデルやってみない?」
部長の佐伯からの提案に、湊は目を丸くした。
サークル内でポートレート撮影の練習をするのだが、モデル役が足りないらしい。
「え、俺ですか? もっとかっこいい人とか、可愛い子の方が……」
「いやいや、湊くん素材いいし。何より表情が豊かだから練習になるんだよ」
断りきれず、湊はモデルを引き受けることになった。
週末、大学近くの公園で撮影会が行われた。
数人の部員に囲まれ、カメラを向けられる。
最初は緊張したが、佐伯たちが盛り上げてくれるおかげで、次第に自然な笑顔が出せるようになってきた。
「いいよー湊くん! その笑顔最高!」
「目線こっちくださーい!」
シャッター音が心地よい。
湊は求められるままにポーズをとる。
昔から「空気を読む」ことは得意だった。
相手が何を求めているか察して、その通りの自分を演じる。
それは湊にとって、呼吸をするのと同じくらい自然な処世術だった。
だが、一人だけシャッターを切らない人物がいた。
少し離れた木陰に立っている蓮だ。
彼はカメラを構えているものの、一度もシャッターを押していない。
ただファインダー越しに、冷ややかな視線を湊に向けている。
休憩時間。
湊はペットボトルの水を飲みながら、蓮の元へ駆け寄った。
「如月さん、全然撮ってくれないじゃないですか」
冗談めかして言うと、蓮はカメラを下ろし、冷淡に言った。
「撮る価値がない」
「……え」
場の空気が凍る。
近くにいた佐伯たちがギョッとして振り返る。
「お前のその笑顔、全部嘘だろ」
蓮の言葉は容赦がなかった。
「周りに合わせて、求められる顔を作ってるだけだ。中身がない。そんな人形みたいな顔、撮っても面白くない」
「っ……」
湊の顔から血の気が引いた。
一番言われたくないこと。
自分でもコンプレックスに思っている「空虚な自分」を、公衆の面前で指摘された。
しかも、憧れている蓮に。
恥ずかしさと、悲しさと、そして怒りがごちゃ混ぜになってこみ上げる。
「……じゃあ、どんな顔すればいいんですか」
湊の声が震える。
「俺だって、必死にやってるんです。嘘でも、みんなが喜んでくれるならいいじゃないですか。あんたみたいに、才能がある人には分からないでしょうけど!」
言い捨てて、湊はその場を走り去った。
「湊くん!」と呼ぶ佐伯の声を振り切って。
公園のトイレに駆け込み、鏡を見る。
そこには、泣きそうな顔で、無理やり口角を上げようとしている自分がいた。
醜い。
蓮の言う通りだ。
自分の笑顔は、自分を守るための鎧でしかない。
それを見透かされたことが、何よりも辛かった。
夕方、誰もいない部室に戻ると、蓮が一人でいた。
湊は気まずくて引き返そうとしたが、蓮が声をかけた。
「……逃げるな」
「逃げてません。……荷物取りに来ただけです」
湊は目を合わせずに自分の鞄を掴んだ。
出て行こうとすると、蓮が入り口を塞ぐように立った。
「悪かった」
低い声での謝罪。
湊は足を止めた。
「……言いすぎた。お前の事情も知らないのにな」
蓮はバツが悪そうに視線を逸らしている。
この不器用な男は、本当に言葉が足りない。
「でも、撤回はしない」
蓮は再び湊を見た。
その瞳は真剣そのものだった。
「俺は、お前の本当の顔が撮りたいんだ。作り物じゃない、剥き出しの感情が見たい」
「……本当の顔なんて、自分でも分かりませんよ」
「なら、俺が引きずり出してやる」
蓮が一歩踏み込む。
威圧感に、湊は後ずさる。背中が壁に当たった。
「お前が自分を隠そうとするなら、俺が何度でも暴いてやる。ファインダー越しに、お前の全部を見てやるから覚悟しろ」
それは、宣戦布告のようであり、熱烈な求愛のようでもあった。
至近距離で見る蓮の瞳に、湊は吸い込まれそうになった。
「……勝手なことばっかり」
「ああ、俺はわがままだからな」
蓮は初めて、意地悪そうに、でも楽しそうに笑った。
その表情に、湊の心臓はまたしても完敗を喫したのだった。




