第5話「雨宿りと体温」
六月の梅雨入り。
連日の雨で、外での撮影はままならない日が続いていた。
講義を終えた湊は、傘を忘れたことに気づいて校舎の入り口で立ち尽くしていた。
天気予報では曇りだったのに、今は土砂降りだ。
「うわぁ、最悪……」
バス停までは走れば行けるが、確実にずぶ濡れになる。
どうしようか迷っていると、隣に誰かが立った。
「……傘、ないのか」
蓮だった。
ビニール傘を手に、気だるげに雨空を見上げている。
「如月さん。そうなんです、朝は降ってなかったから油断してて」
「……入れ」
蓮はバサッと傘を開くと、湊の方へ差し出した。
あまりにも自然な動作に、湊は一瞬呆気にとられる。
「え、でも、如月さんは?」
「これ一本しかない。駅まで行くんだろ。途中まで一緒だ」
「あ、ありがとうございます……!」
湊は遠慮なく、その傘に入れてもらうことにした。
ビニール傘は男性二人が入るには少し狭い。
自然と肩が触れ合う距離になる。
雨音だけが周囲を包む世界。
蓮は左手で傘を持ち、右手はポケットに入れている。
湊に合わせてくれているのか、彼の歩幅はいつもより少しゆっくりに感じられた。
そして、傘は明らかに湊の方へ大きく傾けられていて、蓮の左肩が雨に濡れている。
「あ、如月さん、濡れてますよ! もっとそっち寄せてください」
「いい。俺はどうせ濡れても平気だ」
「ダメですよ、風邪引いちゃいます」
湊は思わず蓮の腕を掴んで、傘を中央に戻そうとした。
その時、手が触れた。
蓮の体温が、指先から伝わってくる。
蓮がピタリと足を止めた。
「……お前、無防備すぎる」
「え?」
蓮が湊の方を向く。
至近距離で見下ろされる視線。
雨に濡れた黒髪が色っぽく、眼鏡の奥の瞳が妖しく光っている。
「男相手にそんな簡単に触るな。……勘違いする奴もいるぞ」
「勘違いって……」
「俺みたいな、な」
蓮の声が低く、甘く響く。
心臓がドキンと跳ねた。
今の言葉はどういう意味だ。
からかわれているのか、それとも。
湊が言葉に詰まっていると、蓮はふっと力を抜いて、また歩き出した。
「冗談だ。真に受けるな」
冗談には聞こえなかった。
湊の鼓動は早いままだ。
隣を歩く蓮の横顔を盗み見る。
彼は前を向いたままだが、その表情は読めない。
駅までの道のりが、永遠のように長く、そして短く感じられた。
雨の冷たさとは対照的に、触れ合う肩の熱さが、いつまでも消えなかった。




