番外編「王様の陥落した日」(蓮視点)
俺が東雲湊という存在を意識したのは、新歓の日が最初ではなかった。
実は、その数日前。
入学式の日だった。
桜並木の下、新入生たちが記念撮影をしている中で、一人離れた場所にいる男がいた。
それが湊だった。
彼は周囲の空気を読んで笑顔を作っていたが、ふとした瞬間に見せる表情が、泣き出しそうに歪んでいた。
『綺麗な顔をして泣く奴だな』
それが第一印象だった。
職業病とも言える観察眼で、俺は彼を目で追っていた。
作り物の笑顔の下にある、孤独や虚無感。
それが俺自身の抱える孤独と共鳴したのかもしれない。
そして新歓の日。
旧校舎で彼と再会した時、俺は動揺していた。
ファインダー越しに目が合った瞬間、心臓を掴まれたような衝撃が走ったからだ。
だからつい、あんな冷たい態度を取ってしまった。
「気持ち悪い」なんて暴言まで吐いて。
自己嫌悪で死にそうだった。
部室に来た彼に入部をやめろと言ったのも、彼を守るためだった。
俺の近くにいれば、俺の重い執着に巻き込んでしまう。
西園寺の言う通り、俺は対象を独占したくなる性分だ。
こんな無防備で危うい奴、俺の手の届くところに置いたら、どうにかなってしまいそうで怖かった。
だが、彼は諦めなかった。
真っ直ぐな目で反論してきた時、俺は完全に落ちたのだと思う。
河川敷での撮影。暗室での二人きり。雨宿り。
接触するたびに、俺の理性が削られていった。
彼が俺に向けた無垢な笑顔。
「好きです」と言われた時の高揚感。
写真サークルのエースだの王様だのと呼ばれているが、中身はただの恋するガキだった。
今、隣で眠る湊の顔を見ながら思う。
こいつを一生離さない。
どんな手段を使っても守り抜く。
重いと言われようが、束縛だと言われようが構わない。
「……んぅ、れん、さん……」
寝言で俺の名前を呼ぶ湊。
愛しさが爆発しそうで、俺はそっとその額に口づけを落とした。
ファインダー越しではなく、この手で触れられる距離に彼がいる奇跡。
俺の人生最高傑作は、写真ではなく、彼とのこれから過ごす時間そのものになるだろう。
「おやすみ、湊」
絶対零度の王様は、太陽のような彼に溶かされ、心地よいぬるま湯の中で溺れているのだった。




