5話 『孤独死』
『孤独死』という現象がある。
昔の日本では「主に一人暮らしの者が誰にも看取られることなく、当人の住居内などで生活中の突発的な疾病などによって死亡すること」を指したらしい。
だが、現代ではちょっとばかし意味が違う。
病気や事故などで人が死ぬのではない。
今の孤独死はーーーー人が消えるのだ。
誰にも見られず、誰にも『観測』されなかった人間。
いなかったことにされー、そして死んでいく。
家の中で「孤独死」した人間は、着ていた服を残したまま消える。
今の世界では誰かに見守ってもらわなければ、生きていくことができないのだ。
昔はそうではなかった。
ウーバーイーツでご飯を頼み、衣食住はすべて部屋の中で完結すれば、たった一人でも生きていくことができた。
もはやネットで買えないものはない。
食料品も洋服も何もかも。
届いた荷物は玄関脇に置いておいてもらうだけで十分。
配達員とすら顔を合わせることはない。
人に会う必要性は完全に無くなった。
人間関係のすべてを断つことが可能となった社会。
家にはインターホンすら無い。
宅配便はメールやラインでやり取りし、来客の場合は相手は知り合いなので電話をかけてもらえばよい。
防犯上の理由で防犯カメラだけが設置され、人々はどんどん内側に引きこもっていった。
そんな中、問題となったのが、この「孤独死」だ。
最初は腐乱死体だった。
だが、ある時から、死体そのものが消えた。
最初からそこに人間などいなかったかのように。
小さな光の粒となって消えたかのように。
着ていた服だけ残して、いなくなっていた。
しばらく統計をとっていると、他人と「全く」関わりがなかった人間に共通していることがわかった。
同居している家族もいない、連絡を取る相手もいない、定期的に会う相手もいないーー。
そんな状況が一定期間続くと、人は消えてしまうのだ。
ーーーーーとても、あっけなく。
死体がないので、焼くものがない。
遺品だけが残り、しかし引き取り手もなく、捨てられていく。
日本は少子高齢化がますます進み、人口は減る一方だが、この「孤独死」で死ぬのは年間およそ一万人ほど。
それだけの人間が孤立しているのだ。
この狭い社会の中で。
ーーーーーーー(怖えな。)
「孤独死」のニュースを見ていた信はそう思った。
俺も母さんがいなけりゃ、高校入学直後は友達もいなくてひとりっきりだったからな。
誰にも気にかけてもらえずに、消えてたかもーーー。
ぞわりと背中の産毛が立ち、震え上がった。
⋯なんだかムカつくが、由津里には感謝しなきゃなー。
『私たちのアジト、エンタングルメント・ラボのお手伝いをしてよ、物部信くん?』
ああやって、由津里が外の世界に連れ出してくれたから、俺は今、一人じゃないんだよなー。
しかし、堤下るり子。
彼女の母親は、自分の娘が「孤独死」で死んだわけではないと言っていた。
そりゃそうだ。堤下の場合は学校て孤立していたわけでもないし、ましてや両親にしっかり愛されていた。
同居している家族がいて、毎日学校の連中とも顔を合わせているのだから、孤立のしようがないのだ。
なら、彼女はどこに消えた?
そもそも何で連絡がない?
何か事件に巻き込まれたか?
手がかりがあまりにも少なすぎて、警察も捜索に難航しているようだというのを由津里から聞いた。
家族も。
友達も。
知り合いも。
誰も彼女の行方を知らない。
ただただ時間だけが過ぎていき、一ヶ月が経とうとしていた。
ーーーーおっ?
由津里から連絡が来た。
土曜日に連絡が来るなんて珍しいな。
『やほやほ。明日って暇?暇なら遊園地行こうよー。息抜き大事!』
お前⋯⋯そういうのは、彼氏と行けよ⋯⋯。
思わず脱力してしまった。
堤下るり子の件で連絡が来たかと思ったので身構えたのだ。
びっくりさせんなよ。
「彼氏と行かなくていいのか?俺はお前の友達とはいっても、一応男だぞ。」
送信っと。
「気にするなら3人で行く?私の今カレ、藤田くんも明日空いてるらしいよ?そう言えば、藤田くんもE組だねえ。信くん、これはお友達になるチャンスじゃないっ?」
返信早えな⋯。
っていうか、カップルのデートに同伴って、めちゃくちゃ行きづれえ⋯⋯行きたくねえ⋯。
⋯⋯だが、ここで断ったら代わりに由津里からどんな無茶難題を言われるか、わからねえ⋯。
⋯⋯⋯しょーもない、行くか⋯。
貴重な日曜日を生贄に捧げ、明日は遊園地に行くことにした。
今から思うと、そこで事件解決のヒントを得られたのだから、悔しいことに由津里の提案はナイスとしか言いようがなかった。
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