4話 堤下るり子
「A組ってさ、割とつまんないんだよ?」
由津里は本当につまらなさそうな顔でそう言った。
「いい子ちゃんって感じの子ばっかり。でも、内面ではお互い激しくマウントを取っている。なんでそんなことしかしないんだろうね?本当にみんな若い若い。元気だよねー。」
由津里は笑顔のまま、そう言い放った。
なるほど、上辺だけの人間関係ってやつか。
まあ、エリートともなるとみんなそうなっちまうもんなんだろう。
「それでいくとさ?E組の子たちは面白いよね?」
「そうか?俺にはようわからんが。」
「面白いよ。だってさ、スポーツとか芸術とか、別の才能がある子が多いもん。なんていうか、あそこだけ異世界だよね。自己推薦で入った子とかもいたりしてさ。クラス分けの基準が量子力学だけだからE組に振り分けられちゃうだけで、他のことができる子が多いと思うよ。」
「⋯まあ、それは確かに。」
うちの学校は国立で、日本は今、エネルギー問題を量子力学で解決しようとしているので、どうしてもその才能を育てたくてたまらないのだ。
だからこそ、E組にはそこから抜けもれた才能が固まっちまう。もったいないよなあ。
「堤下はA組だったわけだろ?もしかして、クラスではあまりうまくやれてなかったのか?仲間はずれにされたりとか。」
由津里は、うーん、と唸りながら、
「入学したばかりだし、人間関係に問題は特になかった。なかったんだけど⋯。なんていうか、何を考えているのかわからない子だった。わからなくて、あまりにもそつがなくて、隙のない子だったな。」
由津里がそう話しているうちに、上から雨が降ってきた。
「っと、急に降ってきたな。傘持ってるか?」
「え?持ってないよ?彼氏にいつも入れてもらってるし。」
「まてまてまて。お前と相合傘は絶対にお断りだぞ?もし、誰かに見られてたら次の日からなんて言われるか⋯。」
「大丈夫!言われ慣れてるから!」
「お前がよくても俺は嫌だぞ!っていうか、お前彼氏いるんだし二股呼ばわりされると思うけど、本当にそれでいいのか!?」
「まあまあ、たかだか傘のシェアだよ。濡れて風邪引くよりも誰かに噂されちゃったほうが楽なもんだよ。」
と、言いながら俺の傘に入ってくる由津里。
「お前、鋼メンタルかよ。強えな⋯。」
「メンタルは鋼でも、見た目はフェアリータイプだから!」
「お前、ポケモンだったのか?ニャースでももう少し意思疎通できるだろうよ!?」
「元カレの生命力をギガドレインしてるから、お肌の調子が良くってさー。」
「絶対お前とだけは付き合いたくねえわ。」
生命力を吸うとか、バケモノか。
もはやポケモンですらないだろ。
そんな事を話しているうちに学校から徒歩5分の堤下るり子の家に着いた。
「彼女はここに住んでいたんだねえ。」
「来たはいいけどどうする?両親に会うのもハードルが高えだろ。」
「私に任せて!」
ピンポーン
と、インターホンを鳴らす由津里。
はい、と母親らしき人が出た。
「日本科学第一高校の由津里司といいます。るり子さんの同級生で。授業で彼女に借りてたデータをお返ししたくて。」
「あら、ありがとう。今、開けますね。」
堤下るり子の母親が玄関から出てきた。
雨も降っているし、よければお茶でも、と中に入れてくれた。
由津里は振り向きざまにこっそりピースをした。
俺は半分呆れながらついていった。
「由津里さん、でしたっけ?わざわざありがとう。」
「いえ、とんでもないです。ところで、るり子さんはーーー」
「⋯学校から聞いているかもしれないけれど、まだ見つかっていないの。どこへ行ったのかも⋯わからない。ただいつのまにか消えてしまった⋯というか。変なことを言うみたいだけれど、本当に気づいたらいなかったの。」
「この頃、ニュースでも話題の『孤独死』ではない、と?」
「ええ。なにせ、娘ですから、私たちは娘のことをよく見ていました。一人っ子だから夫とともによくかわいがったつもりです。だけどーーー」
「それでも、いなくなってしまったんですね。」
「ええ⋯。」
「入学したばかりとはいえ、同じクラスメイト。大事なお友達です。私たちもるり子さんのこと、探し続けてみますね。」
「ありがとう。るり子と同じ学校の子が2人も、心配してきてくれて嬉しかったわ。」
「いいえ。私たちもまだ何も力になれていなくて申し訳ありません。」
ーーーーーー滞在中に母親から聞いた堤下るり子の情報はあまり成果があったとは言えない。
大人しい、あまり話さない、自分のことを語らない、でも努力はできたため日本科学第一高校に入学できたこと、A組に入って喜んでいたことーーーー
ただ、話を聞いていると、「両親との仲が悪くて家出した」とか、「非行に走ってグレた」わけではないようだ。
大人しくてーー自分のことを語らない。
学校ではそんなやつたくさんいるだろうが、家でまでそうだとなると少し話は変わってくる。
堤下は何を考えていたんだ?
どうしていなくなった?
今、どこにいる?
「ねえ?」
由津里が話しかけてきた。
「私の直感なんだけどさ、なんていうのかな、内向的とは違いそうじゃない?ただ単に大人しいとか引っ込み思案なわけじゃなくて、彼女の頭の良さがあえて思考を表に出さなかった、それを意図的に選んでいたようなーー」
「え、そうか?なんでそう思ったんだ?」
「前に彼女と話したときにね、言われたことがあるの。『由津里さんって羨ましいな』って。」
「お前は学年首席だろ?そういうふうに言われるのは当たり前じゃないか?その言葉が特別な意味を持っているとは俺は思わないが。」
「私も最初はそう思った。でも、そうじゃないなって考えるほうが何だかしっくりきたんだよね。」
ーーー『由津里さんが羨ましい。』
その言葉だけ聞くと、偏差値76の国立日本科学第一高校で首席を取る由津里司を羨むようにしか聞こえないが、彼女は一体何を思ってそんなことを口にしたのか。
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