3話 眞形紫博士
目の前にいる女性
ーーーー眞形紫博士。
年齢不詳。いつも紫色の着物に袴。
ミステリアスな雰囲気で、しかも恐ろしいほどの美人だ。
この人に会うのはこれで2度目だった。
「消えた生徒はー、まだ見つかっていません。」
「そうか。」
「眞形博士はどこまでわかっているんですか?」
「すべてわかっている。その上で放置している。これは良い教材になると思って、由津里司と物部信に任せた。これが答えだ。」
「良い教材って⋯。人が一人消えているんですよ。なのにそんな態度はちょっと⋯。」
失礼じゃないですか、と言いたくなった。
「お前は優しい」
眞形博士は口元で微笑みながらまっすぐこちらを見つめていた。
「お前たちにならきっとわかる。その上で託した。私は忙しい。こうしている間にも思考が切り替わりそうだ。」
ふと俺から目を逸らし、視線を横にずらしたまま数秒止まっていた。
その次の瞬間、博士は視線を俺に戻し、ニッコリと微笑んでいた。
眞形博士はよく思考が切り替わって、さまざまな研究を同時並行で進めているのだ。いつ寝ているのかわからないぐらい、やっている研究がかなり多いし、他の研究者と共同で進めている数も桁違いだった。
「⋯博士の御期待に添えるように、由津里と捜索を続けます」
「お前はもっと由津里司を頼るべきだ」
「え?」
「お前は由津里司を避けている。もっと関わってみるべきだな。」
俺が、由津里を?
「コンプレックスってやつですよ。天才を近くで見ていると自分の凡才が嫌でもはっきりわかって、キツイもんです。」
「ただの劣等感ではない。お前はあの娘に憧れているのだ。それは単に持っている能力の違いだ。」
「ええ。由津里本人にも言われましたよ。」
「⋯お前は存在がとても揺らいでいる。蝋燭の火のように消えそうだ。」
部屋の時計の針の音だけが、やけに大きく響いた。
「人と関わらなければ、お前自身が消えるぞ?」
ーーーーーー俺自身が消える?
驚いたまま、しかし、言葉を出せず、俺は眞形博士の部屋を後にした。
「おかえりー、どうだった?」
呑気に雑誌を読みながらくつろいでいる由津里。
「ああ、なんか、もっとお前を頼れってさ。」
「私を?なんでだろー。ああ、でも、信くんを一人にさせないようにはできるから、そういうことかな?」
「どういう意味だよ。しかもお前、彼氏いるんだから誤解を招く表現はよせ。」
由津里がなぜかニヤニヤした顔でこちらを見る。
「平くんとは別れちゃった☆」
「はやっ!?!?!?まだ2週間しか経ってないだろ!!!!!!」
「その代わり今は藤田くんと付き合ってるのだ!」
「どういうことだよ!!!もうそのスピード感についていけねえよ!!!」
「あはっ☆まだ手をつなぐだけしかしてなかったのにね〜。プラトニックが好きなんだよね、私って。」
「教室1個分の元カレを持つ奴は言うことが違えな。」
「不思議と信くんとは付き合いたいとは思わない。タイプじゃないってやつ!ごめん!!!」
「告ってもないのに勝手に振るな!!!」
「男の子とも仲良いけど、女の子とも仲良いよ?だから、いなくなったるりちゃんのこともよく見てたはずなんだけどね〜。はあーあ。」
「でも、入学してからまだ3カ月しか経ってないだろ?どうしたって、まだ絡みのないやつはいるだろ。」
「もちろん、それはそうなんだけどねえ。でも、存在が消えちゃうぐらい『誰にも見られていなかった』なんてことがあるのかな?家には両親だっていたし。孤独じゃなかったはずだよね?」
「うーーん。それでいくと、俺のほうが消えそうな気がするな。入学したての頃はマジで友達が一人もいなくて、母さんとしかしゃべってなかったし。」
「なんていうのかな。私の直感的には見てるポイントがね、なんだかズレている気がするんだ。」
「『誰かに見られていたか』どうかが問題ではないってことか?」
「たぶんね。そこばかりを見てるから、私たちはるりちゃんを見つけられないんだと思うよ。例えるなら、下校しちゃったるりちゃんを校内でずっと探している感じかな。」
「⋯そりゃ見つからないわけだよな。」
「急がなくていいと思う?」
「堤下を探すことをか?⋯そりゃどうだろうな。少なくとも堤下の両親が心配しているからそれは気になってはいるが。」
「眞形博士は全部知ってそうなのに、なんで私と信くんに任せたんだろうねえ?何を企んでいるのやら。」
由津里は腕を伸ばしながら伸びをしつつ、そして言った。
「ここにいても仕方がないしさ?」
由津里は立ち上がりながら笑った。
「ラボに誰か来る前に、さっさと退散して、るりちゃんの家に行かない?」
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