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次こそ英雄魔導士を死なせたくない

作者: ピリリ

「あ…あの……これは、どういう状況で?」

「ん? ようやく捕まえたって状況かな」


 ここは、王城の外縁をぐるりと囲む城壁の上。

 石畳が敷かれたまっすぐな通路からは、王都の灯りと、空に浮かぶ月を一望することができる。

 夜の静寂に包まれて、ウィネ以外に誰もいない―――はずだった。



 今日は、月がきれいだから。

 ただそれだけの理由で、ウィネはこっそりこの場所に登り、誰もいない通路の真ん中で月を見上げていた。

 しばらく満月の美しさに見惚れていたが、ふと気配を感じて振り返る。

 唯一の出入り口に、いつの間にか人が立っていた。

 驚いて身構えたウィネだが、その人物の顔を認めてさらに驚くこととなる。


 自分をじっと見つめていたのが、この国の大魔導士、セリオル=ハイアシアであったからだった。


 彼は圧倒的な魔術の才を誇り、若いながらも国の魔導士たちの頂点に立つ英雄的存在の人物だ。

 民からの支持も厚く、その影響力からまつりごとにも口を出せる立場にあるという。

 対するウィネは、祝福による癒しの力を持つ聖女のひとり―――とはいえ、三十八人いる中でも最下層。英雄魔導士など雲の上の存在にも等しい。


 そんな尊い立場の彼が、濃紺の髪を夜風になびかせ、満月のような金色の瞳でまっすぐウィネを見つめている。

 こんな異常事態だというのに―――まるで夜そのものが人の姿を取ったようだと、ウィネはその美しさに思わず息を呑んだ。



「勝手に侵入してすみません。反省文はちゃんと書きます! 処罰も―――」

「僕の用事はそういうことじゃないって、分かってるよね?」


 言葉を遮るように、冷ややかな声が降りかかる。

 その声音に、ウィネの背筋がひやりと震えた。


「誰にも知られずふたりきりになれる機会ができてよかったよ。いろいろと聞きたいことがある。

 ―――ウィネ、だったかな。覚えがあるんじゃないかい?」


 ふたりの間を風が通り抜ける。秋の気配を帯びて、少し肌寒い。

 名前を知られていることに、ウィネは驚いた。


(…記憶があるわけでは…なさそう。まあ、私の下手な立ち回りでは把握されて当然よね)

 ウィネは心の中で自嘲する。


(…怒っているのかな…せっかくのチャンスなのに……。これじゃ今話しても、きっと信じてもらえない)

 そう思うウィネの脳裏に、”あの日”の光景が駆け巡る。


 ―――それは、セリオルの、最期の瞬間。


 昨日見た夢よりも鮮明に思い出せる、その記憶。

 これから半年後に訪れる、彼の命が尽きる瞬間の光景だった。




 思わず視線を逸らしたウィネを気にも留めず、セリオルが言葉を続ける。


「ここ半年くらいかな。君はずいぶんと僕の邪魔をしてくれているね。……わざとかな?」

「わ、わざとなんてとんでもないです! 私、自他ともに認めるドジで……“落ちこぼれ”って呼ばれてますし!」

「落ちこぼれ、ね。まあ否定はしないよ」

「してくださいよ!?」


 ウィネが思わず声を上げる。

 ―――もしかして、けっこう冷たい人…?

 そう思った彼女は、つい言葉をこぼす。


「……あのときは、もう少し優しい感じだったのに……」

「ん?」

 その呟きを、セリオルは聞き逃さなかった。


「君とは初対面だと思うけど……僕たち、話したことがあったかな?」


 その問いに、ウィネは何も返せない。

 あると言ってもないと言っても、嘘になってしまうと思ったからだ。


「……何も話したくない? じゃあ、こちらから聞こうか」


 風がまた、ふたりの間を抜けていく。

 ここは高い城壁の上。

 鍵のかかっていない出入り口はひとつだけで、その前には、この国で最も優れた魔導士が立っている。ウィネに逃げ道はない。


 逃れられない追及の時間は、音もなく始まっていた。




「違和感を覚えたのは少し前だけど―――順を追って話そうか」

 セリオルは顎に手を当て、わずかに思案してから語り始めた。


「僕は第二王子派だ。……というより、第一王子に国の舵取りはできないと思っている。不敬を承知で言えば、彼は正妃の子ではあるけれど王の器ではない。繋がっている貴族たちも、己の利権にしか興味のない連中ばかりだしね」


 彼の口から語られる派閥争いの内幕は、平民出身の下位聖女であるウィネにとって、まるで別世界の出来事のように聞こえた。


「第二王子の立太子が噂され始めた半年ほど前から、妙な妨害が増え始めた。僕の遠征先は辺境ばかりになり、命令の伝達は遅れ、不自然な時期の人事異動に魔道具の不調。

 誰の仕業とも断定できないけれど……第一王子派の影を疑わずにはいられなかったよ」



 大魔導士である彼は、国の戦力を支える要のひとりだった。

 その実力と影響力から、しばしば軍の先頭に立ち、魔物の侵攻を食い止めたり、最近関係が悪化しつつある隣国との小競り合いに出向いては、戦を未然に防いできた。

 国を守るために戦う一方で、内部では派閥争いの軋轢にも晒されていた―――そんな話を、ウィネは俯いたままじっと聞いていた。


「少し前、君が魔道具倉庫に侵入しただろう?」

「……それは、雑務の担当場所を間違えてしまって。ご迷惑をおかけしました」

「構わないさ。なにせ調整のズレた魔道具が式典前に大量に見つかって、助かったくらいだからね」


 ウィネは式典用の魔道具に細工が施されていることを知っていた。

 しかし整備の知識もなければ犯人のあてもない。できたのは、わざと小さな騒ぎを起こすくらいのことだった。


「それから、ゾレフが言っていたよ。『最近、落ちこぼれ聖女に付きまとわれて困っている』と。……なぜ僕の部下に付きまとう?」


 ゾレフ。セリオル直属の部下として、第一王子派から推薦された優秀な魔導士。

 そして―――半年後の戦場で、セリオルを裏切る男。

 少しでも尻尾を掴めればと、何度かそれとなく近づいたことがある。

 が、そううまくいくはずもなく、結果ゾレフには『面倒な女』として警戒されるだけに終わってしまった。


「素敵な方でお近づきになりたいな、と思ったのですが……でも、私なんかじゃ手の届かないお方ですよね」

 ウィネは、えへへと気まずそうに笑った。


「なるほど……十ほども年上の、既婚者の彼を、ね」

「え!? 既婚者!?」

「おかしいな。気になる相手なのに知らなかったのかい?」


 セリオルの口調に棘はない。

 けれどその態度には、ウィネの嘘を見抜いているという明確な意思が滲んでいた。



「――そういえば。任務出立前、伝令書が行方不明になったこともあったな」

 セリオルが、どこか芝居がかった調子で語り出す。


「後に確認してみたら、それは第一王子派が作成した誤情報が含まれるものだった。もしその通り動けば、僕は少しばかり厄介な目に合っていたかもしれない」

「………」

「しかしどうやったのだか、君がそれを”食堂の献立希望アンケート”に投函したおかげで―――僕の手元に届いた頃には、作戦はもう無事に終わっていたよ」

「……書類整理のお手伝い中に混ざってしまったようです。恥ずかしながら、私の煮込みハンバーグ希望届と間違えてしまいました。

 何から何までご迷惑をおかけして、本当に申し訳ありません!」


 ウィネは空気をごまかすように勢いよく頭を下げる。

 しかし返ってくるのは静寂だけで、セリオルは眉ひとつ動かさず、無言でウィネを見つめていた。


「……なかなか強情だ。偶然では済まないと、僕は思うのだけど」


 セリオルが、コツン、と靴音を響かせた。


「じゃあ―――」


 ゆっくりと、一歩ずつ。彼は間合いを詰めてくる。

 ウィネに逃げ場はない。

 背後には石の壁。正面からは、威圧をまとって迫る魔導士。

 狼狽えるウィネの目前で彼は立ち止まり、長い腕をすっと持ち上げる。

 まっすぐに、ウィネの胸元を指さしていた。



「―――君の中から、僕の魔力を感じるのは、どうしてだろう?」



 ウィネは思わず息を呑む。

 その反応にセリオルは目を細めた。


「たまたま君を見かけて少し話を聞くだけのつもりだったのだけど。今、こうして言葉を交わして気づいたよ。―――本当に、僕たちは“初対面”なのかな?」

 問いかけながらもウィネの返答を待たずに、セリオルは続ける。


「悪意は感じないけど……君は一体どの立場で、僕をどうしたいんだ?」

 ウィネを見据えたまま、彼は少しだけ首をかしげた。


「もしかして―――守ろうとしてる?」


 確信から放たれたその一言が、ウィネの心を貫いた。

 胸の奥で張りつめていたものが崩れ落ちていく。


 静寂が響く中、セリオルは疑いと好奇心を胸に答えを待つ。

 彼女の中から感じる自分の魔力。自分を密かに助けるような立ち回り。

 そして、この短い時間で交わした言葉から伝わる、明るさと健気さ。

 彼女の言葉は嘘ばかりなのに、素直で不器用そうなその振る舞いが、嘘には見えない。

 正直なところ、彼女のことが気になって仕方がなかった。


 しばらくして、ウィネが絞り出すように呟いた。

 それは、ずっと胸の奥に閉じ込めていた言葉だった。



「―――奇跡を起こす魔法を……託されたんです」



「……奇跡? 魔法?」

「誰に言っても、信じてもらえないと思ってた。あなた本人にさえ、どう伝えればいいのか分からなくて……」

 ウィネは俯き、ぽつり、ぽつりと言葉を紡ぐ。


「そっか……私の中に、セリオル様の魔力があったんですね。……嬉しい」


 今にも泣き出しそうな顔で、胸元にそっと手を当てる。

 そしてウィネは語りはじめた。


「……これから、半年後に訪れる未来の話をします。

 そこは戦場で―――あなたが、私の腕の中で死ぬまでの話です」


 秘密を隠すための空元気はもうどこにもなく、先ほどまでの明るさが嘘のように寂しげな彼女が佇んでいた。

 自分の死を告げられたことも衝撃的だった。

 だがそれ以上にセリオルは、ウィネの変化から目を離せなかった。


 彼女はなにかを秘めている。

 この、夜を抱えたような暗い瞳。演技でできるものではない。


(……もしかして、その寂しげな瞳は……僕のせい、なのか?)


 セリオルは、胸の奥に理由の分からないざわめきを感じながら。

 何かが変わるその瞬間を受け止めるべく―――静かに耳を傾けた。



 ◇◇◇



 あちこちから白煙があがり、遠くには何度目か分からない轟音が鳴り響く。

 セリオルは深手を負い、荒い息の合間に血を吐いていた。

 ウィネは細い腕で彼の上体を抱きかかえている。


 ここは隣国との国境。今は、戦場の前線。

 砲火を辛うじて避ける木の陰に、ふたりはいた。


「君は……聖女? どうして、ここに……」

「喋らないで!」


 ウィネがセリオルを見つけたのは、まったくの偶然だった。

 聖女としての力が弱くても自分にできることがあると信じ、取り残された仲間を探して戦場を駆け回っていたその最中、見つけてしまったのだ。

 動ける味方はみな撤退し、うめき声すら途絶えたその場所に―――この国の者なら誰もが知る大魔導士が、深手を負って倒れている姿を。


「治って、お願い…! お願いだから……っ!!」


 傷は深く、ウィネの回復魔法ではとても癒せない。

 そして彼にはもう、助けを待つ時間も残されていなかった。

 それが分かっていても、涙をこぼしながら懸命に回復魔法をかけ続ける。

 セリオルが薄く目を開き、血に濡れた唇がかすかに動いた。


「……部下に裏切られた。……第一王子派の……仕込みだ。……戦の火種も、奴らが……」


 ウィネは息を呑んだ。

 この戦争は―――第一王子が?

 セリオルが苦悶の中で語る。


 この数か月、王太子の座を狙っていた第一王子が、隣国を巻き込んで動き始めた。

 有能な第二王子の存在を脅かし、自己の欲望を優先し、それを後押しする連中も共に動いた結果―――情勢は一気に傾き、この国は戦火に飲み込まれてしまった。

 そしてセリオルは第二王子派に立ったため邪魔者とみなされ、ゾレフの裏切りによる奇襲を受けたのだと。


 苦痛に顔を歪めながらも真実を語ろうとする彼を、ウィネは止めようとした。

 しかし彼の傷を治す術がない以上、せめてその言葉だけは受け止めなければならないと気づき……ただ、頷き返すことしかできなかった。



「―――君に、託していいだろうか」



 すべてを語り終えたセリオルが、弱々しくウィネの手を握る。

 体温を失いつつあるその手が触れた瞬間、ウィネの中を何かが駆け抜けた。


(……これは、魔力の奔流――)


 それは炎のように熱く。氷のように冷たく。祈りのように優しかった。

 大魔導士セリオルが最期の力を振り絞り、何かの魔法を発動しようとしている。


「……君の、“祝福”が要る……」

 かすれた声が、ウィネの耳に届く。


 ウィネは頷いた。

 彼の手をぎゅっと握り返し、自分の中にある聖女の力を流し込む。

 弱くても、残り少なくても。―――足りないのなら、命を賭してでも。

 この力はきっと、この瞬間のためにあったのだ。



 淡い光が周囲に満ちる。


 彼が薄く微笑み、感謝の言葉を紡ぐ。


 そして、握られた手が緩んだ。



 何かを託されたことを感じながら、ウィネの意識が遠のいていく。

 これが永遠の別れだと彼女は理解した。

 触れ合った時間は儚くても、心に刻まれるには、じゅうぶんで。

 ウィネは、この別れがとても、とても悲しかった。



 ―――そして彼女は、柔らかな陽の光の中で目を覚ます。



 穏やかな朝。自分の家のベッドの上。

 時間は一年前に戻っており、そこには戦争の気配などみじんもない。


 けれど、彼の死を抱きしめていた感触だけが両腕に焼きついていて。

 その手で自分を抱きしめて、ウィネはただ涙を零した。


 その日から、託されたウィネの、孤独な戦いが始まったのだ。






「―――これが、私の真実です」


 ウィネは拳を握りしめ、絞り出すように続けた。


「私には……誰が味方で、誰に助けを求めていいのかも分かりませんでした。それに身分が違いすぎて、あなたと話す機会なんてなくて……。

 だから私は、あなたに害をなす存在の邪魔をすることしか、できなかったんです」


 その声は震えていた。

 けれどそれはもう隠し事のためではなく、無力な自分への悔しさゆえだった。


「……僕を呼び出すとか、僕の秘密を知っているとでも、誰かに言伝ことづててくれれば」

「セリオル様は女性に人気があるでしょう? 他の聖女たちも“会えない”と嘆いていました。私が願ったところで応じていただけるとは……思えませんでした」


 セリオルは否定しない。彼女の言葉を暗に認めていた。


「それに遠征続きで、最近は王宮にもほとんどいらっしゃらなかったはずです。……そんな中で、あなたの興味を引くほど意味深な言葉を託せば、第一王子派に伝わってしまうかもしれないと思ったんです」

 そう言ってウィネはかぶりを振った。


「邪魔をしてもバカなふりをしていれば、誰も私を探らない。……いえ、私は本当に頭が悪いから、そんなことしか思いつきませんでした」

 俯き、ぽつぽつと呟く言葉に、セリオルは何も答えない。


「できる限りのことをしたかった。……だって、だって……“最期に傍にいてくれてありがとう”って……私の手を、握りしめて……!」

「………」

「裏切られた失意の中、どれほどの悔しさを抱えてあなたは……私は聖女なのに……弱くて、何もできなくて!」

「……ウィネ」

「あなたは、私の腕の中で息絶えたんです! 瞳が光をなくしていくのを! 私は見ていることしかできなかった!!」


 彼の身体がずしりと腕に沈み込んだ感触が。

 焦点の合わなくなった虚ろな瞳が。

 時が戻った半年前からずっと、脳裏から離れない。

 ウィネの瞳からは、とめどなく大粒の涙がこぼれ落ちる。


「もういい」


 ふわりと温かい感触がウィネを包み込んだ。


「僕は君に……酷なことを強いたな」


 すまない、とウィネの耳元で呟いたセリオルの声は、深い自責に満ちていた。

 彼女がひとりで戦っていたことも、それを知らずに責め立てたことも、未来の自分がすべてを託してしまったことも。

 そのすべてが心に突き刺さって、ただ、ウィネを強く抱きしめた。


 押し当てられた彼の胸から鼓動が伝わる。

 その体温に。命を刻む音に。


 ウィネは縋りつき、声をあげて泣いたのだった。






 セリオルの大きな手が、ウィネの頭をそっと撫でる。

 その手の揺るがない温度に、ようやく泣き止んだはずのウィネはまたじわりと涙を滲ませた。


 セリオルは、自分の死を見届けて涙を流す彼女に、言葉にできない感情を抱いていた。

 そして彼女の中に宿る自分の魔力に触れたことで、確信する。

 語られた未来は、いずれ現実に起こるのだと。


 立太子の噂が立って以降、第一王子派の動きは明らかに焦りが見える。

 第二王子殿下の支持がこれ以上広がる前に手を打ちたいのだろう。最近ではその動きが顕著になりつつある。

 彼女が語った時期的に、これから一気に動き出すのかもしれない。

 自分は今、その未来を変えられる岐路に立っているのだ。


(……まだ間に合う。始まる前に、終わらせるんだ)


 タイムリミットまで、あと半年。

 いや、まだ“半年も”ある。

 時を巻き戻せる魔法なんて、本来は聞いたこともない。

 それでもその奇跡を起こせたのなら。

 できないことなど、もう何ひとつないはずだ。

 

「君の想いは確かに受け取った。―――あとは、僕に託してほしい」


 その声は、燃える決意を秘めていた。

 そして腕の中のウィネへ、優しく微笑みかける。


「守るべきものを得た大魔導士に、できないことなんてないんだよ」


 涙をぬぐったウィネが、そっと顔を上げる。

 見上げた金色の瞳は、先ほど見惚れた満月よりもずっと美しく輝いていた。

 彼から想いを託されて、そして今、その想いを彼に託すことができたのだ。

 ウィネはもう一筋だけ、涙を零した。




「……さて、君の部屋まで送ろうか。ああでも、作戦会議も必要だな」

 セリオルが肩をすくめ、唇の端だけで笑う。


「僕の部屋でゆっくり話すっていう手もあるけど―――どう?」

「え? え? わわっ!?」


 冗談めかした口調の中に、わずかな本気をにじませて。

 ウィネの返事を待つより先に、彼女を横抱きに抱え上げる。

 軽やかな跳躍とともに城壁のふちへと降り立つと、彼の周囲には魔力の粒子がきらりと舞い、夜風がローブをはためかせた。


「僕らは未来を知っているのに、お互いのことをまだ知らないなんて」

「セリオル様!? ここ高い! 危ないですよっ!?」

「順番がおかしいよね」

「話聞いてます!?」


 喚きながら彼にしがみつくウィネの額に、口づけを落とす。

 腕の中のウィネは言葉を失い、真っ赤になって縮こまってしまった。

 その反応に、セリオルの胸がふるりと震える。

 これまで抱いたことのない感情が湧き上がってくるのを抑えきれなくて、彼は眉を下げて笑った。



「―――未来の僕に、心から感謝だ」

「は、はい?」

「ウィネ。君の未来を守ると誓うよ。

 君と―――命をかけて君を託してくれた、未来の僕に」



 そう言ってセリオルは空を見上げた。


 今はまだ、夜の中。

 けれど夜明けは必ず訪れる。

 それは、世界を照らすのか。

 あるいは、厚い雲に遮られるのか。


 大魔導士は挑むような笑みを浮かべ、光の尾を引いて、夜空へ飛び立った。



 - fin -

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― 新着の感想 ―
めちゃくちゃ好きです…続きあればぜひ…
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