第2話「嘘の舞踏」
舞踏会のざわめきは、依然として広間を満たしていた。
倒れた令嬢はすでに侍女たちに運ばれ、床には赤葡萄酒がわずかに染みている。だが澄玲の瞳は、ただ倒れた人物よりも周囲に注がれていた。
「さて……犯人はこの中ね」
隼人は額に汗を浮かべる。
「澄玲様、さっきから見回すだけで、どうやって……」
「私には“嘘を嗅ぎ分ける嗅覚”があるの。誰が何を隠しているか、すぐにわかるわ」
澄玲は冷ややかに微笑む。口調には楽しげな嘲りが混ざっていた。
彼女は軽やかに一歩踏み出すと、舞踏会に参加する貴族たちの間をすり抜ける。
細やかな仕草、微かな視線、手の震え……すべてが手掛かりだった。
「隼人、あの侯爵……少し怪しくない?」
澄玲が指さしたのは、金色の仮面をつけた中年の男性。
胸元のポケットに手をやり、微かに動揺した表情を隠している。
「え、そんな……でも、あの人は皆の前で堂々と――」
「嘘は堂々とつくほど怪しいのよ」
澄玲は軽く肩を揺らし、隼人に笑いかけた。「それに、貴族は皆、自分を守るために嘘をつく。そこに毒を仕込むなんて朝飯前」
次の瞬間、澄玲は舞踏会の中心へと駆け出した。
足元の床が軋むたび、仮面の群れが彼女を注視する。
彼女の目に映るのは、恐怖と嘘に塗れた顔ばかり。
「ふふ……わかりやすいわね。あの令嬢の手首に仕込んだのと同じ毒。今夜の遊びは二段構え――犯人は、また嘘をつこうとしている」
隼人は慌てて澄玲の後を追う。
「澄玲様、待ってください! まだ状況が――」
「いいの、隼人。あなたは私のツッコミ役で十分よ」
澄玲の言葉に隼人は顔を青くしたが、無駄な抵抗はやめた。
令嬢の笑みの裏に潜む冷徹さ――それを理解してしまった以上、後戻りはできない。
その時、広間の奥で小さな音が響いた。
微かに、だが確実に――金属が触れ合う音。
澄玲は一瞬で反応する。
「ほら、隼人……あそこよ。手の内を隠そうとした嘘つきは、つい手元が乱れる。これで推理は確定ね」
彼女は仮面を被った男の袖をそっと掴む。
「あなた、毒を仕込んだでしょう?」
男の目が一瞬で見開かれる。だが口を開く前に、澄玲は鋭く言い放った。
「嘘は無駄。隠しても私には丸見えよ」
その瞳に射抜かれ、男は震えたまま俯いた。
舞踏会の華やかさは、今や澄玲の冷徹な観察眼に圧倒される緊張の場となった。
「ふふ……やはり、人の心は面白いわね」
澄玲は隼人に向かって笑う。
「今日もまた、真実の狩りは成功――でも、まだ夜は長い。第二幕を楽しむ時間よ」
隼人は深いため息をつく。
「澄玲様、毎回胃が痛くなるんですが……」
「それもまた、楽しいでしょう?」
微笑む澄玲の瞳には、喜びと冷徹さが混ざり合っていた。
舞踏会の夜は、まだ終わらない――。




