第九章:帰還への意志
宇宙での生活が100年を超えた頃私は決意した。地球に帰ろう、と。
『無意味だ』ゼリアが反対した。『君の知っている地球はもう存在しない。時間は一方向にしか流れない。過去に戻ることはできない』
「分かっている。でも帰らなければならない」
それは論理的判断ではなかった。魂の叫びだった。どれほど変わっていても地球は私の故郷。私の旅は地球から始まり地球で終わるべきだ。
私は小型の観測船を借り一人で地球に向かった。歪曲推進により地球まで数日の旅程。だが心理的にはこれが最も長い旅だった。
旅の間私は自分自身を見つめ直した。鏡に映る顔は100年前とほとんど変わらない。だが瞳の奥には宇宙の記憶が蓄積されている。私は同じ人間でありながら全く別の存在になっていた。
髪は相変わらず金色だが、その光沢は宇宙の星々を反射している。肌は白いが、内側から宇宙エネルギーが輝いている。唇は赤いが、その色彩は他の惑星の夕焼けの記憶を含んでいる。
私は地球に向かいながら美容のための準備をした。地球人に受け入れられるよう外見を調整する必要がある。宇宙での変化を隠し1937年のアメリア・イアハートに近い姿に戻す。
だが完全に元に戻すつもりはなかった。宇宙で得た美しさと地球人としての美しさを融合させたい。これは新しい美的挑戦だった。
太陽系に近づくと変化に驚いた。火星が青い惑星になっている。テラフォーミングが完了し大気と海が存在する。木星の衛星群には巨大な宇宙都市が建設されている。
だが地球は——。
地球は美しいままだった。青い海、白い雲、緑の大陸。私が去った時とほとんど変わらない。この安定性こそが地球の最大の美点かもしれない。
軌道上に到達すると通信が入った。
『未確認飛行物体、身元を明かしなさい』
音声は英語だった。人類は生存している。文明も継続している。
「こちらアメリア・イアハート。帰還要請」
長い沈黙の後応答があった。
『アメリア・イアハート?1937年に太平洋上で消息を絶った?』
「そうです」
『着陸許可。ワシントンDCの宇宙港へ誘導します』
私は最後の準備をした。髪を整え口紅を塗り直し、服装を調整する。これは帰郷の儀式。100年の宇宙旅行を終えた女性が故郷に帰る儀式。
地球の重力を久しぶりに感じながら私は着陸した。9.8メートル毎秒毎秒の加速度が私を地表に押し付ける。懐かしい感覚だった。これが私の出発点だった重力。