第六章:銀河の航法士
プロキシマ・ケンタウリ系の観測基地は小惑星を改造した巨大な構造物だった。直径約50キロメートルの人工環境で数万の地球外生命体が活動している。
基地の司令官は私のガイドとは異なる種族だった。昆虫に似た外骨格を持ち複眼で世界を認識している。テレパシー能力は限定的で音波による言語を使用していた。
『新たな観測者を歓迎する』司令官の言葉は脳内の翻訳装置により理解できた。『君は天体航法の経験があると聞いている』
「地球の航空機で星を使った航法を」
『我々の銀河航法はそれをさらに発展させたものだ。恒星の位置、重力レンズ効果、暗黒物質の分布を総合的に分析し銀河系内での正確な位置を特定する』
私は新たな技術を学んだ。地球の六分儀に対応するのは「時空歪曲測定器」。重力による時空の曲がりを検出し近隣の恒星や巨大惑星の位置を特定する装置。
フランが六分儀で星の位置を測定していたように、私は時空の歪みを読み取ることを覚えた。アルデバラン、ベテルギウス、リゲル——馴染みの星座が全く新しい視点から見えてくる。
基地には他の女性型生命体もいた。植物に似た種族の女性は光合成により栄養を得て、水晶のような種族の女性は音波で意思疎通を行う。形態は異なるが皆に共通する女性的な特質があった。優雅さ、直感力、包容力。
私は彼女たちと友情を築いた。言語は違っても女性同士の共感は宇宙共通。お互いの美的感覚を分かち合い、それぞれの種族の美の概念を教え合う。これは知的交流でありながら感情的な絆でもあった。
特に親しくなったのはシルフィンという名前の植物型種族の女性だった。彼女の体は半透明の緑色で、内部を流れる樹液が美しい模様を描く。彼女にとっての美しさは光のスペクトラム——私たちには見えない紫外線や赤外線の領域まで感知できる。
シルフィンは私に宇宙植物学を教えてくれた。各惑星の環境に適応した植物の進化、光合成の様々な形態、植物と動物の共生関係。彼女の知識は詩的でありながら科学的だった。
『美しさは生命の表現』シルフィンが言った。『あなたの種族の花も我々と同じ原理で美しさを創造している』
私は地球の花々を思い出した。バラの深紅、菫の紫、ひまわりの黄金。それらは単なる偶然ではなく宇宙的な美の法則の表現だったのだ。
『君の学習能力は優秀だ』ゼリアが言った。『我々が地球人に期待していた通り』
「他にも地球人が?」
『君が最初ではない。過去に何人かの地球人が我々と行動を共にした。だが皆故郷への郷愁に耐えられず地球に戻っていった』
私は違った。地球への郷愁など感じなかった。私にとって故郷とは特定の場所ではなく「移動すること」「探索すること」そのものだった。
基地の女性たちは私を受け入れてくれた。種族を超えた女性同士の連帯。これは地球でフランと感じた絆の宇宙版。私たちは美の概念、愛の形、創造への衝動を分かち合った。
私は基地で初めて宇宙的な美容術を体験した。分子レベルでの肌の再生、髪の組成変更、瞳の色彩調整。だがこれらは単なる美容ではなく、環境適応のための技術でもあった。
各惑星の環境に合わせて肌の色を調整し紫外線への耐性を高める。髪質を変えて極低温に対応する。これは機能美の極致——美しさと実用性の完全な融合。
女性たちは私に様々な宇宙ファッションを教えてくれた。重力の異なる環境での衣服デザイン、放射線を防ぐ美しい宝石、生体エネルギーを増幅するアクセサリー。これらは地球のファッションの概念を遙かに超えていた。
私は次第に自分が変化していることに気づいた。肉体的にも精神的にも。地球人としてのアイデンティティを保ちながら宇宙人としての感性を身につけていく。これは進化——ダーウィンが描いた種の起源の現代版。