第五章:新たなる航路
宇宙船の内部は私の想像を超えていた。壁面は有機的な曲線で構成され微かに発光している。生体工学と機械工学の融合——テクノロジーと生命体の境界が曖昧な設計。
驚いたのは内部の環境だった。重力は地球とほぼ同じに調整され大気組成も人間に適している。温度は摂氏22度湿度60%——最も快適とされる条件。彼女たちは私のために環境を整えてくれたのだ。
操縦席らしき場所で彼女は私に説明した。
『我々の推進システムは時空連続体の歪みを利用している。アインシュタインが一般相対性理論で予言した現象の応用』
私の理解を助けるため彼女は視覚的なイメージを脳内に送信した。宇宙船周囲の時空が歪み船体前方で空間が収縮し後方で膨張する。船自体は慣性系内で静止しているが歪んだ時空と共に移動する。
『光速の制限を回避する唯一の方法。我々は物理法則を破るのではなく利用している』
私は彼女の説明を聞きながら、女性としての彼女を観察していた。種族は違うが確実に女性的な特徴を持っている。動作の流れるような美しさ。思考の多層的な複雑さ。男性にはない包容力。
宇宙船が離陸した。いや離陸という表現は正確ではない。重力の影響が徐々に減少しやがて完全に無重力状態になった。私はついに重力の束縛から解放されたのだ。
無重力状態での私の最初の感想は予想外だった。それは「美しさ」だった。髪が宙に舞い衣服が体から離れて漂う。これは新しい美学の誕生。重力に支配されない美しさ。
窓から見下ろすと私が7年間暮らした島が小さく見えた。そして地球全体が青い大理石のように美しく輝いている。
『君の故郷は美しい惑星だ。だが知的生命体としての地球人はまだ幼い段階にある』
「私たちはいつ成熟するの?」
『それは我々にも分からない。種族の進化に決まったスケジュールはない。ただ君のような個体が現れることが進化の兆候の一つ』
私たちは太陽系を離れた。木星の巨大な赤斑、土星の美しいリング、天王星の氷の表面——これまで望遠鏡でしか見たことのない世界が次々と目の前を過ぎていく。
『最初の目的地はプロキシマ・ケンタウリ系。地球から4.24光年の距離にある我々の観測基地』
4.24光年——光でさえ4年以上かかる距離。だが歪曲推進により実時間では数時間で到達可能だという。
私は旅の間彼女から多くを学んだ。彼女の名前はゼリア。彼女の種族では音素による名前はなく、意識の共鳴パターンで個体を識別する。ゼリアは「星に憧れる者」という意味。
ゼリアは私に宇宙の美しさを教えてくれた。星雲の色彩、惑星の軌道の数学的美しさ、宇宙の大規模構造の幾何学模様。これは私が地球で感じていた空の美しさを遙かに超えるものだった。
『美しさは宇宙の基本原理の一つ』ゼリアが言った。『物理法則そのものが美的な原理に従っている』
私は彼女の言葉に深く共感した。女性は美しさに対する感受性が高い。それは表面的な装飾ではなく本質的な調和への感受性。宇宙の美しさは女性的な感性でこそ理解できるのかもしれない。