第6話 新しい脚本は、もっと最悪でした。
最悪な一夜が明けると、更なる問題が発生した。
翌朝、近藤 樹が、坊主頭を光らせて再び教壇に立ったのだ。
(え、何?嫌な予感しかないんだけど……)
砂月だけではなく、クラスが静まり返った。
教室の雰囲気など気にも留めない坊主頭は、昨日と全く同じだ。
重要事項であると言わんばかりの顔付きで話し始めた。
「えー、えー、三上からの提案で、劇の脚本が変更になりました」
独特な語り口と嗄れ声から発せられた恐ろしい発言を聞いて、砂月は思わず立ち上がって叫んだ。
「ふざけるのも大概にしなさいよ!これ以上悪い脚本なんて御免よ!」
砂月の激情と大声に、皆呆気に取られていたが、三上が立ち上がって砂月を宥めた。
「まあ、一旦座れ。かまぼこ姫より百倍良いから」
砂月は罰が悪かったが、黙って座り直した。
そして、心底後悔した。
(あーあ、愚痴るんじゃなかった)
昨日の放課後、帰り道で三上と会った。
ミハルと呼ばれて立ち止まったが、「過去に来たんだな」と言われて咄嗟に逃げてしまった。
「おい、待て!」と叫ばれたが、知るものか!本能が逃げろと言っていた。
(え、誰!?何で知ってるの?どうしよう。ブラックメン!?ミハルって誰!?)
砂月は、前を歩く二人を追い越して逃げた。
夕子が何か言う声が聞こえたが、それどころではなかった。
家に帰って、ひとまず安心していたら、佐助が心配して訪ねて来たのだ。
制服も着替えていなかったが、玄関を開けると、唐突に訳の分からない事を喋り出した。
「おまえ、そんなに劇が嫌だったのか」
「はっ?」
何の事やらチンプンカンプンだったが、この後とんでもない事を言ったのだ。
「安心しろ。三上って奴に、ちゃんと伝えといたから。血相を変えて逃げ帰るくらい、劇の脚本が嫌で滅入ってるんだって。おまえ、昔から強がりだからな。夕子も心配してた。気付いてやれなくて悪かった。けど安心しろ。三上が、もっと良い脚本を考えてやるって約束してくれた。安心して頑張れ。じゃあな」
佐介の背が見えなくなった後も、砂月は放心状態で、しばらくの間呆然と立ち尽くした。
それが、昨日の悪夢だ。そして、今日は、その悪夢が現実化した。
新しく配られたA4のプリントに目を落とすと、副委員長の茅野 奏が厳かに朗読し始めた。
「それでは、僕が脚本を読みます。ちゃんと聞いて下さいね。それでは、始めます。タイトルは、『三月三日に、三人官女が家出をしました。』です」
どよめきが起こったが、奏は、それを完全に無視して物語のような脚本を読み始めた。
『 庭に植えた白梅が、品良く咲いておりました。
雪の降る日も時折ありましたので、白粉を頭から被ったように茶色い小枝も木の幹も全身真っ白になっておりました。
その庭に、雛段という小さな村がありました。
雛段という村は、人の目には見えませんでした。
ただ、三月三日の雛祭りの夜だけは別でした。
また、小さな女の子にだけ見える事が、ごく偶にありました。
その村には、おとぎ話に出てくるどのお姫様よりも美しい三人姉妹が住んでいました。
彼女たちは、村人たちから三人官女と呼ばれていました。
たいへん美しい三人姉妹で、村人たちの自慢の種でした。
長女の名前は、銚子といいました。
彼女の舞いは、蝶が飛ぶように軽やかでした。
次女は、サンといいました。
サンの笑顔は、夏の太陽みたいに明るくて、見ているだけで心が温かくなりました。
三番目の娘は、永江といいました。
永江は、物静かな性格で特にこれといった取り柄はありませんでした。
二人の姉のような華やかさもありませんでしたが、やはり姉たちと同様に、雪のような真っ白い肌でした。
唇は摘みたての苺のように真っ赤でした。
よくよく見てみると、三人の中で一番美人であることが分かりました。
三人の娘をお産みになられたのは、由緒正しい家柄の出身で、お雛様と呼ばれる大変美しい奥方様でした。
お雛様は、三年前にご病気でお亡くなりになられました。
三姉妹のお父様、お内裏様は、新しい奥方様を三人の娘の為に迎えられましたが、二番目の奥方様は、漆黒の椿雛と謳われる、とても性格の悪い御方でした。
新しい奥方様は、お屋敷に越して来られたその日から、娘たちの事が大嫌いになりました。
それは、三人がとても美しいからでした。
奥方様も、とてもお綺麗な御方でした。
漆黒の椿雛と褒め称えられるように、カラスの濡れ羽色のような真っ黒な髪は床下まで垂れており、ガラスのような瞳は明かりの調子で緑にも黒にも見えました。
唇は、椿のように赤く輝いていましたが、三人の美しさの前では、その美も霞んで見えました。
永江が十になった時、奥方様は、家中の者を呼び集めて左手の着物の袖口から白い紙切れを取り出しました。
そして、それを尤もらしく読み上げました。
「これは、お雛様の遺言状です。これには、こう書かれてあります。三番目の娘が十一になるまでに、銚子、サン、永江の三人が婿を迎えなければ、雛段山の頂きに住む大ババ様の生贄に差し出さねばならぬと書かれてあります」
お内裏様だけではなく、全員呆気に取られました。
銚子、サン、永江の三人は怒りに燃えましたが、黙っていました。
そんなバカなと言ったのは、乳母のお菊でした。
「この漆黒の椿雛が嘘を申していると言うのですか?」
奥方様は、お菊を睨みつけました。
お菊は、お内裏様のお顔をちらりと見て、俯きながら答えました。
「いいえ、そうではございません。ただ、驚いただけでございます。我が子を生贄にする母親が、どこにおりましょう。とても信じられません」
奥方様は、演技がかった身ぶり手ぶりを交えながら言いました。
「おお、そなたの言う通り、この漆黒の椿雛も、初めは我が目を疑いました。けれど、悲しい事に真実なのです。ここにそう書かれてあります」
それは、月明かりがどこか寂し気に輝く三月二日の事でした。
この晩を最後に、漆黒の椿雛を見た者はおりません、突然消えてしまいました。
翌朝の三月三日、庭に植えた白梅の横に、椿が新しく植えられておりました。
その根元は、一体どういうわけだか、とんと見当もつきませんが、生き血が零れ落ちたように真っ赤に染まっておりました。
不思議な事ではございますが、心配ございません、これからも雪の降る日はございます、白粉を被って全身白くなる事でしょう。
三月三日に家出した三人姉妹の行方は、永遠に分からないでしょう。
けれど、雛段山の頂きに住む大ババ様の生贄に差し出される事もなく、きっと幸せにお暮らしでしょう。
めでたし、めでたし。』
「ちょっと!めでたし、めでたしじゃないわよ!全然めでたくないじゃない!悪化してるわよ!殺されてるじゃない!ホラーよ!」
砂月は立ち上がって叫んだが、今度は、坊主頭と三上、副委員長の三人を除くクラスメイトが、うんうんと頷いて、そうだそうだと口々に賛同した。
砂月の激情と大声に共感した皆は拍手まで始めたが、今度は副委員長が砂月を宥めた。
「ごめん、ごめん。説明不足だったね」
意味不明に謝ると、口元に微笑を浮べて答えたのだ。
「殺害シーンはないから安心してね。あ、最後の一文を読み忘れてた。えーと、春が来たら、白梅の横に植えられた椿が、赤く美しい花を、さぞかし恨めし気に咲かせる事でしょう。めでたし、めでたし」
「だから!どこが、めでたし?めでたしで終わってないでしょ!二番目の奥方様、義理の娘に殺されて埋められてるじゃない!」
今日は叫び通しだ。
でも、ここで引くわけにはいかない。
砂月が口を開いた時、右隣の蒼花が悲愴な顔つきで言った。
「砂月ちゃん、諦めよう」
他のクラスメイトたちも、うんうんと頷いて同意した。
(愚痴った私がバカだった……)
砂月は頭を抱えて座ると、窓の外を見て悲し気に呟いた。
「文化祭、休もうかな……」




